*幕間*これから、ここから。*アルバート*
今回はアル公と二人の悪友の話をお送りします\(´ω`*)
昼時のカフェ・テリアは当たり前だが、学生達で一杯だった。けれど俺はそんな中でも一際目を惹く燃えるような赤毛の婚約者と、その個性の強い友人達の座る席にジッと視線を注いだ。
すると俺の視線に気付いたメリッサが、ほんの少しだけ扇をずらして微笑みかけてくれる――が、すぐに友人の一人を気遣って視線を逸らされる。
幼い頃はそのキツめの顔立ちが俺を見て緩む瞬間を見るのが好きだった。
大人に対しての警戒心とは無縁の笑顔。親の重圧を感じていたのは、俺だけではなかったと当時は知ろうともしなかった。
あの頃は幼さの中にある虚栄心が“誇らしい”と思わせたが――今だと“愛おしい”の方が勝るのだがな……。
一度は完全に俺の愚かさのせいで失いかけたメリッサの心を、今あの席で荒ぶっている辺境領から来た変わり種令嬢、イザベラ・エッフェンヒルドのお陰で取り零さずに済んだ。
最初に彼女を目にした時、俺は身勝手にも“理想のメリッサ”だと彼女を認識した。自らは歯止めなく堕落して行くばかりの現実から逃げ、全てを自分を追って来ないメリッサのせいにした愚か者。
そんな腐りきった性根の俺の前に現れた彼女は、歪みきった性格を矯正する為に兄によって編入させられたばかりの俺の目から見ても、明らかに周囲の学生達から浮いていた。
身分の壁と出身地の辺境ぶり。
一個人を貶めようとするには充分な材料だ。
けれどそれを何ら気にした様子もなく、むしろそういった有象無象の悪意をばらまく者達を冷笑を交えて叩きのめしていく様は、いっそ王族の俺よりも王族らしかった。
そして……そんな彼女を強くあらせているのが、あの冴えない例の婚約者だということも――意外ではあったが、なかなか見かけ通りの人格でなさそうな食えないところを見せつけられてからは、妙に納得したものだ。
俺は自分の持たないその強さに惹かれ、一度は彼女を求めた。
婚約者に一途で気高い彼女を手に入れることが叶ったなら、この歪みと渇きが治まる気がして……醜く、最悪の方法で。
あの一件以来、ポインセチアに若干のトラウマが出来てしまったと言ったら、メリッサは「それはようございましたわ」と背筋の凍り付きそうな笑みを向けてくるしだな――。
あれは間違いなく婚約者に非道を働いた輩を殺す気だったに違いないと、強く感じる威力だった。しばらく半身に痺れが残ったくらいだ。
――――そして一週間前。
満を持して再び俺の前に現れた彼女の婚約者に、今までの非礼を詫びて、今あるこの幸福の礼を述べ、無論これまでの処罰を受けるつもりで当日あの場に同席したというのに――!
……馬鹿な幼なじみ二人による突然の横槍で台無しになってしまった。
「くそっ……一週間前にお前達が考えもなくあの婚約者を怒らせるから、俺までメリッサと一緒にいられなくなったではないか。そもそもあの場に無関係なお前達がいる必要はなかっただろう?」
もうメリッサがこちらを向くことがないだろうと判断した俺は、何故だかまた同じ席に陣取った幼なじみ二人に恨みがましい視線を投げてそう言ったのだが……。
「おぉ、何だよオレ達だけのせいだって言うのか? お前だって今まで散々メリッサ嬢に手酷く当たってただろうが。ちょーっと誤解が解けたからって都合が良すぎんだよ、都合がよぉ」
「そうそう、ハロルドも偶には頭を使って物を言うじゃないか。ボクもその発言に賛成するよ。それにそれを言うなら、あの場でボク以上に国の将来を視野に入れて同席した人間はいないんじゃないかな?」
こちらが一つ文句を口にしようものなら、それまでお互いにいがみ合っていたとしても途端に強力な連携を見せる。厄介な奴等だ。
片や騎士団長の息子というよりは、その粗暴な物言いと王族を王族とも思わない街のならず者。
片や宰相の息子でありながら、その表面上は穏やかで常識的に見える皮を被った詐欺師。
メリッサとの婚約が成された時と同じくして学友にと付けられた、この全く方向性の違った二人の幼なじみには助けられた記憶……があまりない。
基本的に面倒ごとは腕力にものをいわせるハロルドと、少しでも自分を虚仮にしたと思った相手には裏からどんな汚い手を用いても潰すクリス。
当時持て余し気味だった重鎮の息子達を、スペアの第二王子である俺にあてがった――いわば寄せ集めだったはずが、蓋を開けてみればこの歳までの腐れ縁になった訳だな。
「あぁ……全く俺は良い幼なじみを付けられたものだな」
ふてくされた気分の中にも、メリッサを遠ざけ始めた頃でも傍で余計な遊びに連れ回し続けてくれた二人には、口には絶対出さんが感謝してもいる。
卒業後は次期国王となる兄上のスペアとして国政に関わり支える、その時に俺の両脇に立つのはこの二人をおいていないだろう。
――――が、
「何だよ急に気色悪ぃ。第一俺はアリスの友人だって言うから、あの気の強い女に肩入れしたんだぜ? アリスの話じゃ当初は随分大変そうだったって聞かされたからよ。それを……あの婚約者と一緒になって急にキレやがって、何だってんだよ」
「フフフ、それはアリス嬢にしてやられたのでは? ボクが見ていた分には当初はアリス嬢も加害者側でしたけれどね。きっとハロルドに知られるのが怖くなって、先にまだ聞かれてもいない情報を漏らしたんでしょう」
「――……あぁ? お前アリスが俺に嘘ついてるってのかよ?」
「おや、嘘ではないでしょう。恐らくアリス嬢は素直に、完全でない情報を、都合良く解釈してくれるようにハロルドに教えたんです。良かったですね? どうやらアリス嬢の中でハロルドの順位は、他の男子生徒よりは一歩リードと言ったところですよ?」
人がせっかく珍しく礼とも取れるような言葉で場を和ませようとした瞬間これだ。
ちなみに信じられないことに、クリスはこれで悪気が全くないのだから手に負えん。おまけに血の気の多いハロルドは、すでに拳を握って臨戦態勢に入ろうとしている。
毎度これだから、この二人に助けられた記憶があまりないと思ってしまうのだろうな……。
突然不穏な空気に包まれたこのテーブルの周辺に座っていたうち、勘の良い生徒達がソッと席を移動する。
俺もそれを合図にいつもの如く仲裁の為に口を挟もうと……いや、そもそも毎回のことながらこれは第二王子の仕事ではないのではないか? ふとそう思い直して椅子から浮かせかけた腰を、再び下ろそうかとしたその時。
「やれやれ本当に……ハロルドもアルバートも、いつまでたっても女性の心の機微に疎いですね」
――カチン、と来た。
「ほう? そう言うクリスは遊びの女の機微には敏いが、いざ婚約者殿の前だと相変わらず苦虫を噛み締めたようになると聞くが?」
「あー、そうだったなぁ。十代後半の女の相手は得意でも、七歳の純粋にお前を慕う婚約者の相手は逃げ回ってるんだったか?」
すぐさまハロルドが俺の言葉に続く。すると旗色が悪くなったと悟ったクリスが整った顔を歪めて「あれは、歳が離れすぎて意志の疎通が、そもそも家の取り決めで仕方なく……ですね」と言葉を濁したところでハロルドとの共同戦線を展開する。
俺達がそんな風にみっともなく足の引っ張り合いを繰り広げる視界の端で、メリッサ達の席からあのイザベラ・エッフェンヒルドの高らかな宣言が、周辺の席にいた上級貴族の令嬢達を凍り付かせているところだった。
あぁ――どこまでいっても、俺はあの辺境領から出て来た二人に敵いそうにないなと苦笑を漏らしていると、不意にこちらを向いたメリッサと視線が絡んだ。
かつて向けられたのと変わらぬ優しい微笑みに、俺は今この幸福を噛み締めた。




