表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
大好きな婚約者、僕に君は勿体ない!◆は?寝言は寝てから仰って◆  作者: ナユタ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

25/48

*22* 優しさの距離感。



「本当に、何なんですの!? あの方達は!!」


 放課後のカフェ・テリアで、ダリウスに向かって声を荒げたって仕方がないのは分かっているのに、そうせずにはいられなかった。けれど当のダリウスは「偉い人はああいうものだよ。慣れっこだから、ね?」と困ったように私を宥めて微笑むばかり。


「それに……私も私ですわ。何故あの場で、貶められたあなたを庇わせて下さらなかったの? 私では頼りないから?」


 自分の言葉に自分で傷付くようで情けないけれど、私はそう訊ねずにはいられなかった。


「まさか……違うよ、ベラ。君がいるから、あの場で僕は格好を付けられたんだから。いつだって僕に勇気をくれるのはベラだけだよ。だけど――それで君がせっかく頑張って作った友人達を嫌うのは、僕は嫌だなぁ?」


 眼鏡の奥でヘニャリと垂れた目に見つめられると、今までの怒りが嘘みたいに引いていくのだから……私はダリウスに弱すぎるわね。


「それに僕が席を離れた後、あの二人に真っ正面からホットカフェオレを浴びせかけたんだって? 直後に冷却魔法を使って凍らせたから、大事には至らなかったみたいだけど……権力者の子息相手にベラは無茶するなぁ」


 あの時カフェ・テリアにいた生徒達の口から、あっという間に広がった情報をダリウスが知っているのは不思議ではないけれど――噂好きの生徒達を頭の中で三回は氷漬けにする。


「だってあの二人はあなたを大衆の前で貶めたのよ? それも、私の目の前で、私の、せいで……」


 グッと唇を噛みしめて、涙で視界が滲むのを食い止めようとする私の両手を包み込むように握り込んだダリウスの瞳が、少しだけ無謀な私の行動を責めているみたいで、つい俯きかけるけれど……。


「馬鹿だなぁ、それは違うよ。ベラのせいであるはずなんてないだろう? あんなのは領地にいる時だってたまにあるし、ベラのせいじゃないよ。だけどそうだなぁ……口では君を窘めるようなことを言っておきながら、実はそういう格好良いところも含めて、ベラの行動が嬉しかった僕も同罪だ」


 そう言って、握り込んだ私の指先に口付けを落としたダリウスに、私は一瞬見惚れてしまって――……続く言葉に目の前が真っ暗になったわ。


「今日は初日で目立ってしまったし、明日からはこうして放課後に会う以外はあまり顔を合わせないようにしよう。なるべく講義もベラと被らない物を選ぶから」


「そんな、でも、あなたこの学園には一ヶ月しかいられないのでしょう?」


「うん、だからだよ。僕はここに一ヶ月しかいないのに、ベラが僕と一緒に行動してばかりいたら、せっかく出来た友達が離れていってしまうかもしれないだろう? そうしたら僕が領地に帰れば、ベラはまた一人になってしまうじゃないか」


「私はダリウスがいればそれで構わ、」


 “ないわ!”と言おうとした私の唇にダリウスの唇が重なって、続く言葉を封じてしまう。


「――僕もだよ。でもベラは、来年には領地に戻って僕のお嫁さんになってくれるんだろう? だったら……あと少しくらい君の友達に時間を貸してあげても良いかなぁって」


 悪戯っぽく微笑んだその顔が憎らしくて。私は少しずれた眼鏡をかけ直すダリウスの鼻先を力一杯摘まんでやったわ。



***



 ……私はダリウスの婚約者を今日までずっと自負しているわ。


 だから彼の性格もしっかり理解しているし、一度自分で決めたことをやり抜こうとする芯の強さも知っているのよ? 言い出した言葉をなかったことにするより余程良いし、素敵だわ。


 けれど……けれどよ――?


「何もあそこまで徹底しなくても良いと思いませんこと……?」


 昼食のカフェ・テリアにあるいつもの一角で、私は気を抜けば今にもテーブルに突っ伏してしまいそうになる身体を、何とか気力だけで保つ。


 ちなみにあの一件以来、私達は再び三人だけでの昼食形態に戻った。理由は言わずもがな、ダリウスに対しての非礼に腹を立てた私に、二人が同調してくれたから。


 そんなこともあって――この席に向かって何か訴えたそうにしている男子生徒二人の視線と、それを面白がって観察している悪趣味な一名が遠巻きにこちらを窺っている視線など無視ですわ。


「え~っと……ま、まぁまぁ! 婚約者君もイザベラのことを思ってのことだし、放課後は約束通りちゃんと一緒にいてくれるんでしょ?」


「そ、そうですわよ。それにあそこまで有言実行を体現なさる男性は貴重ですわ。軽い口先だけの言葉に踊らされるよりもずっと良いのではないかしら?」


 目の前でアワアワとメリッサ様とアリスがそう取りなしてくれるけれど、今の私はそんな言葉に耳を貸す気には毛頭なれませんわよ……。


「でもさっきのは本当に偶然講堂を覗いただけでしたのに、ダリウスったら私の顔を見るなり出て行ってしまったんですのよ? 今回は本当の本当に先生を探して覗いただけの偶然でしたのに」


 三月十日にダリウスの一時入学が認められてから、初日の忌まわしい事件以来今日で一週間が経つと言うのに、私がダリウスと放課後以外の時間を共有出来たことはただの一度もない。


 鋼の精神とでも評せそうな婚約者に惚れ直すと同時に、余裕のない私と違って涼しい顔をして日常生活を送っているのが許せませんわ。


「それに聴講生同士ですでに友人を作っているだなんて……ダリウスの癖に生意気ですわ。今日だって親しげにその友人達の中の女性と話していたり――誰なんですのよ、あの女性は……!」


「あ、あ、ちょっと待ってイザベラ! マフィンは握り潰す物じゃなくて食べるものだよぉ!」


 慌てた様子のアリスの声が耳に届いた時には、すでに彼女の作ってきてくれたマフィンが手の中で無残な姿に変わり果てていた。


 指の隙間からボロボロと零れるマフィンの欠片が、直前まで私の動揺していた心を少しだけ和らげてくれたわ。


「あぁ、そんな悲壮な顔をしなくても大丈夫よアリス。見た目は多少変わってしまったけれど、味の方は問題なく美味しいままなのだから……こうして、お皿にもってスプーンで掬って食べれば、ね? ちゃんと美味しいですわ」


 クランブルみたいになってしまったマフィンを一口食べてそう感想を述べたのに、アリスとメリッサ様が酷く痛々しい物を見る目で見つめてくるのは何故かしらね?


「――え、えぇ、そうですわね。アリスさんの作ってき下さるお菓子はどれも美味しいですもの。多少形が変わったところで……そう、多少……」


「ちょっと違うでしょメリッサ様! 無理にイザベラの暴論に納得しようとしちゃ駄目! お菓子は可愛らしい見た目も楽しむ物なの!」


 せっかく納得してくれそうだったメリッサ様を横から押し留めるアリスを横目に、私は澄ました顔のまま水でハンカチを濡らして左手を拭う。右手で持っていなくて不幸中の幸いだったわ。


「もー……大体ねぇ、イザベラが偶然装って何度も婚約者君のいそうな講堂に出没するから、向こうも意地になってるんじゃないの? あと、聴講生同士の友人達って言ってたよね? だったら女性の聴講生は少ないし、どんな感じの子だったか教えてくれたら分かるかもだよ~」


 そう言って立ち直りの早いアリスが、お皿の上に新しくまともな姿のままのマフィンを置いてくれる。今度のはアイシングを施してあるから握り潰したらベタベタになるわね……。


 そんなことをチラリと考えつつ、私はアリスの申し出にすぐさま情報提供をして相手の素姓を聞き出した。情報の全てを脳に刻みつける気概で意気込む私に、メリッサ様とアリスがやや引いている様子だったけれどサラッと流しますわよ?


 アリスの広い情報網に引っかかったお相手は、どうやらここ王都にある粉屋の娘さんでビオラさんというらしい。遠目からだから詳しい人物像は分からないけれど、私よりほんの少し低い背丈の黒目黒髪の女の子。


 目も髪も黒というのは珍しいので、聴講生の中でも目立つのだとか。何でもセミロングの髪を実家の仕事の邪魔だからという理由で、いつもキツく束ねているところは好印象を持てますわね。


「わたしも趣味で焼くお菓子用の粉はあの子の実家の店から買うけど、リスみたいな小動物っぽさが可愛いって街では結構人気なんだよ~?」


 さっきのマフィンの仕返しのつもりか、ニヤリと意地悪く笑うアリスを睨み付けていたら、近くの席に座るご令嬢方から、


「はぁ、みっともありませんわね」


「本当、これだから下級の者は」


「婚約者の心移り程度に目くじらを立てるだなんて」


「所詮婚約者なんて家同士の繋がりの為のものですのに」


 というさざめきのような悪言と嘲笑が聞こえてきた。一つの席から発されたそれは、飛び火の如く近隣のテーブルへと広がって行く。


 アリスとメリッサ様が明らかに気分を害した様子になるのを、手にした扇で制してから、私は一番最初にさざめきが起こったテーブルを振り返ってにこやかに応じてあげることにした。


「あら、皆様は最初から愛されない道をお選びになるつもりですのね? 家名の為に素晴らしい自己犠牲の精神ですわ。そうして結婚した暁には愛のない家庭を築いて、老いて死ぬまで家の為だからと納得されるのね? 確かにそういった未来もご立派ですわ。けれど私はそんなものは御免被りたいの」


 扇を広げて歪に笑んだ口許を隠すけれど、目は口ほどに物を言うというやつかしら。私が視線を向けたテーブルのご令嬢方の顔が、何だか怒りに引きつっているわね?


 ――でも、そんなことは私も一緒だから我慢なさい。


「私は幸せな未来が欲しくて得た婚約者を、今さらどなたかに差し上げるつもりはないの。それに仰るように我がエッフェンヒルドは下級も下級の辺境貴族ですから、みっともなく嫉妬して見せましてよ。羨ましくて?」


 私が尊大に見えるように胸を逸らすと、辺りはシンと静まり返った。ここにいるご令嬢方は皆どこかで分かっているわ。


 諦めなければならない愛も、この世の中にはきっとあるの。私だってそれくらい勿論分かっているわ。


諦観(ていかん)する前に将来を話し合う時間くらい、惜しまず作れば良いのですわ」


 ――だから、覚悟しなさいダリウス。


 私から一ヶ月間逃げるつもりなら……捕まえるまで追うだけよ?



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ