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大好きな婚約者、僕に君は勿体ない!◆は?寝言は寝てから仰って◆  作者: ナユタ


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*21* 友達の友達は友達……かなぁ?



 朝起きて真っ先に見るのは見慣れた天井か、そうでなければ塗装の剥げた古いチェストと物書き机と本棚、それでもないとすると色の褪せた壁紙と、毛の少なくなったタッセルと揃いの色をしたごわついたカーテン。


 それらが僕が起き出す前に有能な老執事によって用意された、骨董品のようなランプの明かりに照らし出されている。


 いつもならそのはずなんだけど――。


「……あぁ、うん、そっか……昨日王都に来たんだっけ……」


 目蓋を開けて真っ暗な闇の中にいることにほんの一瞬驚いて、けれどすぐに現状を把握した僕は自分に言い聞かせるように呟く。


 普段通りに五時起床をしたってやることの一つもないのに、習慣とは怖いものだなぁ。二度寝をしようかとベッドの上で寝返りを打つけれど……一度目覚めてしまっては、そうそう二度寝が出来る質でもない。


「あ~……僕のベッドより寝心地が良いなんて流石王都の学園寮。でも悲しいかなやっぱり……二度寝は無理だな、と」


 跳ね起きても軋まないベッドのスプリングに感心しつつ、まだこの季節は真っ暗な窓の外に目を凝らす。けれど外には白い塊のような雪はほとんど見当たらない。王都は辺境領よりもだいぶ雪が少ない印象だ。


 積もっている雪にしてもあまり硬そうではないし、辺境領でもこれくらいなら雪かきが楽そうで良いのに、などと明後日な現実逃避をしつつも、いま僕の頭の中を占めるのは――。


「昨日は到着早々にイザベラに格好の悪いところを見せちゃったなぁ……」


 冷たい窓ガラスに額を押し付けて溜息と共にそう零せば、昨日のイザベラの大胆な行動が頭の中で大写しにされる。


「――いやいやいや、可愛すぎるから。というか、その男前さは何なのさ……」


 イザベラのことは幼い頃から何だって知っていた。僕達の間に隠し事はなかったし、どちらかが隠そうとしてもすぐバレてしまったくらいだ。


 何をしてあげたら喜んでくれるのか、何をしたら嫌がるのか。僕達はお互いのことなら家族以上に知っていた。だからイザベラはずっと僕にとって可愛いたった一人の“女の子”だったのに……。


 ――なのに、昨日のイザベラは僕の知っている彼女とは随分違っていて、まるで知らない“女性”のようだった。


「――良いか、落ち着けダリウス。いくらイザベラが可愛くても……一ヶ月の間は勉強に集中するんだ。辺境領の三男が王都の学園で一月だけでも学べるこんな好機は、もうこの先二度とないぞ。イザベラの婚約者ならもっと相応しい男にならないと、将来彼女に苦労をかけてしまうだろ?」


 けれどいくら口でそうもっともらしいことを言ったところで、窓ガラスに映った僕の顔は情けないままだ。


「うぅ……今日イザベラに会ったら、一体どんな顔したら良いんだ……!」


 昨日の彼女を思い出して火照る顔を冷やす為に押し付けたはずの額は、窓ガラスから冷気を奪うばかりで一向に冷めることがなかった。



***



 午前中は昨日手続きをしてくれた受付の人から、今後の学園での過ごし方の説明を受けたのだが、それによると僕の身柄は“聴講生”扱いと言うことらしい。


 気になる講義をしていそうな講堂があれば、どこでも後ろの方の席に自由に座って学生に混じって講義を受けられるのだとか。


 ただし残念なことに途中で会った魔法学の先生によれば、今さら長年我流で扱ってきた魔力の操作方法を矯正するのは無理とのことだった。


 その先生が言うには精々が今まで使ってきた使用法で魔力の送り方を微調整出来るようにしたり、一度に影響を与える範囲を広げたりすることしか教えられないとのことだったけれど、僕にとってはそれで充分だ。


 これで一点に無駄な力を送り込み過ぎたり、小分けにして狭い範囲に“お願い”する必要がなくなる。そうなれば領地に帰ってから、イザベラに贈る花の本数を増やせる資金を効率的に稼げそうだ。


 その後は取り敢えず案内された先の講堂で、僕と同じ様に学生ではなさそうな人達との顔合わせをしたり、図書館の利用法や自習室の見学をしたりして午前中の授業が終わるのを待つ。


 午前の授業が終わったことを報せる鐘が鳴ったのを聴き終えたところで、前日別れ際にイザベラに来るように言われていた、あのカフェ・テリアに足を運んだ。


 カフェ・テリアには当然のことながら、お揃いの学生服に身を包んだ生徒達が大勢いて、僕のデザインの古いスリー・ピースは少しだけ浮いている。

 

 方々から好奇と不信の視線を向けられつつ、何とかそれらをかいくぐって指定されていた席に向かうと、そこにはすでにイザベラの姿があった。


 そのことに心底ホッとしてしまう情けない僕が声をかける前にこちらに気付いたイザベラは、駆け寄って来るとそのままの勢いで抱き付いてくる。


「もう、ダリウスが遅いから、私あなたがどこかで迷ったのかと思って心配していたのよ?」


 人目があるのでやんわりとその腕を引き剥がした僕に向かって、イザベラは輝くような微笑みでそう言ってくれるんだけど……。何だろうか、さっきから周囲の視線が痛いような気がする。


「あぁ、ごめんイザベラ。ここに来るまでに興味深い物がいくつもあったから、つい気を取られちゃって。だけどこれでも鐘が鳴ってからすぐにここに向かったんだよ?」


 苦笑混じりにそう言うと、イザベラは「私は待ちきれなかったから、講義が終わる直前に隙を見て講堂を出たのよ?」と笑った。


 シッカリシロ――ボクハベンキョウノタメニココヘキタンダ。


 駄目だ……思わず頭の中で片言になるくらい可愛い……。


 そんな僕の心の葛藤を全く知りもしないイザベラは「ほら、早くなさい」と僕の手を引っ張って席に向かう。そうして向かった先の席が……また、何だろうか――この煌びやかな集団はと思わせる神々しさだった。


「えぇと……そこのお二人は前回無理やり顔合わせを済ませたかと思いますけれど、一応改めてご紹介致しますわね? こちらが私の、こ、こん、婚約者のダリウス・エスパーダですわ」


 そう噛み噛みで可愛らしい紹介をするや否や、引っ張っていた手を解いたイザベラが僕の横に立って腕を絡めてくる。


 すると、以前顔を合わせたメリッサ嬢とアリス嬢意外の――……やたらと家格と顔面偏差値の高そうな男子生徒三人の視線が一斉に僕を見た。その内の一人、あの第二王子には見覚えがあったものの、他の二人は全く知らない。


 片やアイスブルーの瞳に肩までのプラチナブロンドという、一見すれば美女と見紛う綺麗な男子生徒。片やもう一方は浅黒い肌に真っ黒な短髪を撫でつけた野性味溢れる男子生徒。


 どちらもタイプは違えど気圧される美男子っぷりだなぁ……。


 この席での関係性を鑑みるに、恐らくあの第二王子の幼なじみか何かだろうか?


 思わず派手な三人に視線を集中させていたら、隣で腕を絡めているイザベラがグッと腕を引っ張ってきた。たぶん“早く挨拶して”との催促だろうと感じた僕が頷き返して、三人の方へ挨拶の為に手を伸ばしたのだけれど……。


「――オイ、あんた。そいつの婚約者らしいが、オレは最初っから女に頼りきりの野郎と握手を交わしてやる趣味はねぇぞ」


 いきなり浅黒い肌の男子生徒がそう言って威圧的に睨みつけてくる。


「ボクも可愛い彼女が頑張って作った“輪”に最初から楽して加わろうとする婚約者殿と交わす挨拶は持っていないかな?」


 今度はプラチナブロンドの男子生徒から笑顔だけは親しげに、けれど言葉の内容はとんでもなく辛辣な発言をされたなぁ。第二王子は驚きに目を見開いて両者を眺めているから、この人の指示ということではないのだろう。


 席についているメリッサ嬢とアリス嬢も顔色を失っているし、うーん……家格が違いすぎて握手を拒否された経験はあるものの、これはまた新しい拒否の仕方だなぁ。


 ――などと暢気に考えながら三人に差し出していた手を引っ込めた僕の横で、イザベラが怒りに肩を震わせていた。


 そのまま飛び出して手にした扇で二人を打擲(ちょうちゃく)しかねないイザベラの腕を、しっかりと絡めて動けないように拘束したら、イザベラは“何故ですの!?”と言わんばかりに僕を見上げて唇を噛みしめている。


 それでも叫ばないのは、周囲の視線がこの席に注がれているのを理解しているからだろう。


 だったら僕はそんな意地らしい婚約者の前で醜態を晒す訳にはいかない。


 ――それは要するに、


「……そうですね、それは丁度良かった。僕もお目付役でありながら本来の役目も果たさずに、婚約者のいる彼女に対して粉をかける将来の主を諫めない無能と交わす手は持っていませんから」


 僕を信じて怒ってくれるイザベラの前で、僕が他人に舐められる訳にはいかない――と言うことだ。


「なんだと……っ!?」


「……おやおや、これは手厳しい」


 両者の反応に違いはあれど、結構怒らせたみたいだ。でもそれでも――隣で嬉しそうに微笑んでくれるイザベラがいれば、僕は何も怖くない。


 メリッサ嬢には少し悪いことをしたけれど、本来婚約者である彼女のせいも少しだけあるだろうから許してもらおう。


「ただ、確かにお二人の言い分にも頷けることがありますので、僕はこれで失礼します。イザベラ、君はご友人方との昼食を楽しんでね?」


 言い含めるようにそう言ったら、今度こそ「何故ですの!」と返ってきたので思わず笑ってしまった。ギュウっと僕の服を握る姿が可愛くて、直後に言葉を翻してしまいそうになるのを何とか堪える。


「これは彼が言うように君が頑張って作った“輪”だから、僕は入れない。でもその代わりに放課後を僕にくれないかな、ベラ?」


 僕の言葉に反論出来ない雰囲気を感じ取ったイザベラが、不承不承頷いてくれるのを見届けてからその場を立ち去る。


 背中にイザベラの視線を感じながら、僕は午前中に案内された場所のどこでなら静かに昼食を取れるか頭を悩ませた。



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