*20* 嬉しい“手紙”。
次から更新時間が18時~21時頃に変更になります~\(´ω`*)
“やぁイザベラ、まだまだ寒い日が続いているけど、君は元気にしているかな? こうして君にカードではなく、手紙を書くのは初めてだから緊張するよ。イザベラはいつもこんな気分で僕に手紙を書いてくれているのか。
それであの――今回に限ってどうして手紙なんだと思うかもしれないけど、ちょっと面白いというか、嬉しいというか……まだ僕自身よく理解が追い付かない出来事が起こってしまって……”
そんな書き出しで始まったダリウスからの初めての手紙には、彼の喜びと戸惑いが入り混じっていて――私にとってとても嬉しい内容だった。
詳しいことはまだ決まっていないと手紙にはあったけれど、この手紙を出してからこちらに来るまでの間に決まることでしょうね。
今はこっちにダリウスが来てくれる。ただそれだけで私の心はどうしようもないくらい浮き足立ってしまい、約束までの一週間は毎日ソワソワしながら一日が終わるのを待った。
――――そうして目まぐるしくも待ち遠しい一週間が経った。
浮き足立った気分で向かった校門に彼の姿を見つけた私は、下校していく整えられて見分けの付かない学園の生徒達の中に、幼い頃から見慣れたクシャクシャとした枯れ草色の頭を見つけてその名を呼んだ。
「――ダリウス!!」
生徒達の何人かが驚いた様子で私の方を振り向いたけれど、そんなこと構うものですか。私の学園での姿しか知らない生徒達に取り繕う顔なんて持っていないのよ。
声に気付いたダリウスの頭が、私を探してキョロキョロと落ち着きなく動いた。その動きが幼い頃かくれんぼの最中に私を探していた時と全く同じで、何だかとても幸せな気分になる。
だから私も当時と同じように駆け出して、油断しきったダリウスの背中に抱きついた。
「もう、私の婚約者なのに見つけるのが遅いわ。鈍いわね」
文句を言いながらしがみつく手に力を込めれば、困ったような優しい微笑みを浮かべて振り向いたダリウスが腰に回した私の手をソッと握る。
「ごめん、ベラ。この間より綺麗になってたから気付かなかったよ」
完全な不意打ちにカッと頬に熱が集中した私を見つめて、ダリウスは目許をさらに和らげた。そういうあなたの方が何倍も素敵になったわ、と素直に言えたら良いのに。
太陽と土と草の匂いが染み付いたダリウスの肌。前よりも厚くなった身体にドキドキしてしまう。
ダリウスが素直さが息をしていない私の言葉にも、柔らかく返してくれる人格者な婚約者で良かったわ。むしろそこが初めて逢った時から大好きなのだけれど。
ジッとダリウスの柔らかい微笑みに魅入っていると、ダリウスは急に落ち着かなさそうに視線を彷徨わせる。私が小首を傾げて見上げると、重ねられていたダリウスの手が離れた。
「ごめん、ベラ……嬉しいんだけど……僕達ちょっと、いや、だいぶ目立ってるみたいだ」
そう言うダリウスの耳が赤く染まる。目許も少し赤いかしら?
まだじっくり観察していたいところだったけれど、誰かがダリウスに一目惚れしないとも限らないものね。
「良いわ、場所を移しましょう。この時間帯だったら学園のカフェ・テリアが空いているから、先に受付であなたが預かってきた手紙を渡して、臨時学生証の交付をしてもらいましょう?」
私の言葉にダリウスが頷いたのを確認して、手を差し出す。するとさっきまで周囲の視線を気にしていたダリウスは、何の躊躇いもなく条件反射の要領で私の手を握った。
農作業でゴツゴツとした手は、私にとって剣を握る手よりもずっと心強くて誇らしいものだわ。農具を握る指の節々に出来た豆の痕も、土に触れてガサガサになった掌も、とてもとても好きよ。
すり合わせるように指先を掌に滑らせれば、ちょっとだけビクリとしたダリウスの指先が、私の指先に絡められる。右手の中指の婚約指輪を一撫でした指先が、今度は私の手を握り込んだ。そのこそばゆい心地と感触に、自然と頬が緩む。
私に手を引かれて後ろを素直について来るダリウスを振り返れば、彼もまた眼鏡の奥にある榛色の瞳で優しく見つめ返してくれる。
そうして一時間ほどかけて無事に受付で手紙の内容を受理してもらい、臨時学生証の交付をしてもらったダリウスは、私と同じ一般学生の肩書きを得て、ようやく学生のまばらになったカフェ・テリアに腰を落ち着けることが出来た。
「思っていたよりも手続きに時間がかかったから、余り長くここにはいられませんけれど、そうなったらまた街に出てどこかでお茶にしましょう?」
何だか声が怒っているように聞こえるのは、嬉しくて興奮しているのがダリウスに知られてしまうのが恥ずかしかったからなのだけれど……ダリウスには隠し事が出来ないわね。
向かい合わせで座っているダリウスは、ずっとニコニコと私を見つめて微笑んでいるんだもの。
「えっと……そ、それで? 今日はもうあなたの手紙にあったように、こちらの大聖堂で魔力測定のやり直しをさせて頂けたのかしら?」
口にしながら胸の中で二十はダリウスに言いたい賞賛の言葉が過ぎったけれど、絶対にまだ言っちゃ駄目よ。もしもやっぱり田舎教会にいる責任者の勘違いでした――ってことだって……、
「うん、もう受けさせて頂いたよ。でもまぁ、やっぱりそこまで大幅に魔力の保有量が上がった訳じゃなくてこの年齢になって――というか、最初に測定を受けた後に伸びることが至極稀な症例だって。教会の人達からも一体どうやったのかって散々聞かれたんだけど、申し訳ないことにそれが僕自身にも良く分から――」
「あぁぁ、もうっ! あなた馬鹿ではないの? そんなのあなたが領地でどれだけ頑張っていたか知っていたら何も不思議じゃないのよ! むしろそれで増えない方がきっとおかしいのよ!」
ダリウスの自己評価の低さについ堪えきれなくなった私は、淑女にあるまじき行為ではあるけれど、バァン!! とテーブルを叩いてそう力説してしまった。目の前ではダリウスが目を丸くしているし、カフェ・テリアに残っていた数人の学生達も驚いてこちらを振り向いているけれど、知らないわ。
「あなたが頑張ったからよ。誰よりも私がそれを知っているんだから……例えあなた自身のことでも否定させたりしないわ。良いこと?」
ビシッとそのちょっとズレた眼鏡の鼻先に扇を突きつけてそう言うと、ダリウスはコクコクと小さく頷いた。頷いたせいでまた少しズレた眼鏡を、突きつけていた扇の先で少しだけ上げてあげる。
いつの間にか立ち上がって力説していたらしく、私はそのことが急に恥ずかしくなって椅子に腰を下ろして、突きつけていた扇を開いて口許を隠したけれど……やっぱり思い直して扇を開いていない方の手でダリウスを手招く。
一瞬私の扇を持つ右手の中指に視線を集中させていたダリウスは、こちらの合図に気付くのが遅れたわ。私はそれが面白くなくて、少しアリス直伝の何編になるのかは分からないけれど……。
ちょっとだけ席から腰を浮かせてダリウスの方へと身を乗り出して、彼の額に口付けた。驚いたダリウスが顔を上げたところを、扇で私達の顔が他人から見えないように遮る。
今度は少しはしたないけど――……メリッサ様の技をアレンジして、その日焼けしてカサついた唇に触れる程度の口付けを落とす。そうして呆然としたまま私を映す大好きな榛色の瞳に向かって、今度こそ素直に囁くの。
「……おめでとうダリウス。あなたの努力が実って、私もとても幸せだわ。これから一ヶ月間だけでも、あなたと同級生になれて嬉しいのよ?」
そう告げたダリウスの瞳が揺れて、水の膜をはるけれど……。
「水は私の思いのままだけど……勿体ないから止めてあげないわ」
扇で隔てた世界の“あわい”で、私はもう一度ダリウスに口付けた。




