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大好きな婚約者、僕に君は勿体ない!◆は?寝言は寝てから仰って◆  作者: ナユタ


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*19* まさに天国から地獄だよ……。



 結局、前回の三週間目の手紙は、二週間目の手紙が到着してから二日後に届いた。うちの領地の一つ前にある村から犬ぞりを使って届けられたので、郵便馬車より早かったのだろう。


 寒冷地では道が雪で覆われると、郵便馬車が使えなくなるので村や町の郵便配達所では犬ぞり便も併用されている。


 今の時期にうちの屋敷に郵便物を届けてくれる大型でモフモフの郵便配達犬を、幼い頃はイザベラと一緒に良く撫でさせてもらったなぁ。


 当時を懐かしみながら開けた封筒の中には、二週間目の手紙に入りきらなかった魔法石の追加分が少しと、研究が楽しいという趣旨の内容がびっしり書き綴られたスズランの香りの便せんが入っていた。


 うちの領地やイザベラの実家であるエッフェンヒルド家の領地でも、王都のような高等魔法の授業などはなかったから楽しいみたいだ。


 便せんに踊るイザベラの文字。魔法に関しての専門的な知識がまるでない僕には、イザベラがはしゃぐ授業内容の半分も分からないけれど、それでも良かった。


 アリス嬢とメリッサ嬢との日常が楽しげに綴られ、時折あの第二王子や宰相の子息、騎士団長の子息などとのやり取りも活き活きとした学生生活の一頁として輝いている。


 ……そのことが少しだけ僕を羨ましいような、寂しいような気分にさせた。モヤモヤとした何かが重苦しく胸の内に広がるようだ。


「――イザベラの世界がせっかく広がったのにちょっとだけ寂しく感じるだなんて、心が狭いにも程があるよなぁ」


 苦笑混じりにそうごまかしてから、今回の手紙はどんな内容だろうかという思いで胸を満たして封筒を開けた。


 この冬場で一番強くスズランの香りが残る便せんに笑みが零れる。まるでさっきまでほんのちょっとだけ遠くに感じたイザベラを、また近くに感じるみたいだ。


 

 “この間は赤いチューリップの花を二輪も贈ってくれたけれど……無駄遣いしてはいけませんわよ? あなたが頑張って手にしたお金なのですから、たまには自分のことに使うと良いわ。いつもあんな草臥れた服装ではみっともなく思う人もいるでしょうし。でも……もしもそんなことをダリウスに言う輩がいたら私に教えると良いわ。優しいダリウスに代わって叩いて差し上げます”



 相も変わらずな書き出しと、ようやく僕の知っているイザベラらしい内容に胸に湧いたモヤモヤが僅かに薄れる。


 あのチューリップはイザベラが贈ってくれた魔法石を、まだ雪で覆われていた花壇の土ごと球根を植木鉢に移して、その中に数粒埋め込んで春らしい土中温度に調節しながら一つずつ魔法石を取り出してみた実験作だ。


 一気に底に敷き込んだ鉢は途中で根腐れを起こしたし、上に置いただけでは雪を僅かに溶かすだけに留まってしまった。


 最終的に細い試薬用のアンプルに石を入れて、それを差し込む形が一番回収もしやすくて理に適うという結果を得られたから、今は屋敷の敷地内で検証中。


 この実験が成功したら魔法石の力がどのくらいの使用回数で失われるかを纏めて、王都のイザベラに送ってみようと思っている。僕は婚約者であるのだから、例え微力でもイザベラの研究の力になりたいし。


 もっとも、この研究がもっと広がれば助けられるのは僕の方だけれど。今回の魔法石実験が上手く行けば、領地内の冬場の農産物獲得への大きな一歩を踏み出せそうだ。


 この領地で冬場に領民の食卓に上がるものと言えば、ジャガイモと干し肉、固い黒パンばかり。


 これでは栄養価が偏るし、年配の人には食べ辛く、若い人には味気なさすぎる。それに春の雪解けに合わせての意欲向上にも繋がらないしなぁ。


 それは僕達領主の屋敷だってあまり代わり映えはしない。貧しい土地で領主家だけ贅沢をするなど言語道断だ。


 それに――まだ考えてある魔法石の利用方法の一つに、大きな通りの舗装に使用するのはどうだろうか? というのがある。


 これがもしも上手く行けば冬場でも主要な大通りの通行が確保出来るし、そうなれば馬車も行商人も行き来が可能になり、冬場の劣悪な領民の食卓も潤うだろう。



 “ダリウスの考え出した魔法石の利用方法を、専攻の先生やメリッサ様達にも話したのですけれど、皆さんとても感心していらっしゃったわ! でもあなたは“私の”こ、婚約者なんですもの。本来ならあれくらい褒められて当然ですわね”



 この前付け足したカードの一文を引用してくれたイザベラの気持ちが嬉しくて、不覚にもちょっと泣きそうになった。いくら何でもマリッジブルーには早すぎるし、そもそもあれは結婚前の女性がなるものだと聞いていたんだけどなぁ……。



 “――私のダリウス。大好きよ”



 便せんの最後、本当に、本当に分かり辛い場所にその一文はあった。


 一瞬自分でも何で今日に限ってそんなことをしたのか分からな――……いや、違うか。多分まだ読み終えてしまったと閉じるのが勿体なくて、イザベラの手紙の余韻をもっとしっかり感じていたかったのかもしれない。


「――っふ、ははっ! こんな殺し文句、もっと大きく本文に書いてくれたら良いのに。三枚ある便せんの二枚目裏の角とか……僕じゃなきゃ気付かないところだよイザベラ」


 それでも目の悪い僕が見つけられたのは、きっとこれがイザベラの本心からの言葉だったからだと思いたい。


「だけどイザベラ……僕は自分で思っていたよりも、ずっと欲張りだったみたいだよ」


 スズランの香りの便せんに綴られた小さくか細いその一文に、僕は冬季休暇中に何度も彼女の頬に交わしたようにソッと口付けてみる。


 好きじゃ足りない、大好きでもまだ物足りない。僕は彼女を“愛してる”みたいだ。


「……結婚式まで暇がある間に、何か気の利いた台詞を考えてみよう」


 自分の今とっている行動がかなり端から見たら危ない奴なのでは、と正気に戻って居住まいを正す。まぁ同じ行動でも、イザベラみたいに綺麗な女の子がやっていたら違うのかもしれないけどね?


 それでもまだ手紙を封筒に仕舞う気にはなれなくて、締まらない顔のまま二枚目裏を眺めてベッドに仰向けに寝転んだ――と。


 控えめに部屋のドアをノックする音が室内に響く。僕は慌ててベッドに座り直し、ドアに向かって「誰?」と訊ねる。


 考えてみれば家族である兄上や父上はこういうことに頓着しないで勝手に入ってくるので、アルター以外にはまずありえないんだけど。


 するとやはりすぐに、


『ダリウス様、教会の方がお会いしたいとおいでになられておりますが、いかが致しましょうか?』


 と、いつもの落ち着いた老執事の声がそう答えてくれる。


 この季節に来客は少ないし、あったとしても父上か兄上のお客人なので僕が呼ばれるのは最初の挨拶ぐらいなんだけれど……名指しで、しかも相手が教会の人間だとなれば、それだけで緊張が走った。


「ん……教会が僕に用事だなんて……まさか祝福代金の取り立てかなぁ」


 というか、教会が僕に用事だなんてそれ以外に考え付かない。最近の分は少しずつだけど返しているのに……催促に来たのなら教会側でも入り用なのだろうか?


 正直今はどこを叩いてもお金は出てこないし、我が家の教えは【ご利用は計画的に。借りた金は一年以内に精算。自分の出費は自分で賄え】だから誰も助けてはくれない。


 教会かぁ……絶望的にお会いしたくない現状ではあるけれど……。


「――分かった、すぐに向かうから応接室でお待たせしてくれるかな?」


 僕の気弱なお願いにも『御意に』と返して去っていくアルター。彼のあの重々しさというか、仕事に対してのブレなさを見習いたい。


 直前までのふわふわとした心地を脱ぎ捨てて、僕は全く気乗りしないままクローゼットから少しでも見た目のマシなお仕着せを漁ることにした。



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