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大好きな婚約者、僕に君は勿体ない!◆は?寝言は寝てから仰って◆  作者: ナユタ


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*17* 君は凄腕研究者だよ!



 ――――この間の手紙から十八日目。


 久しぶりの封筒の感触にカレンダーを見る。前回あの手紙を受け取ったのが確か一月二十六日くらいで、今日はもう二月十四日だ。


 大雪の影響でこちらから花を贈ることも出来ず、王都からの手紙も途中の町で止まっていたのか、今日の朝、二週間分の手紙が届いた。


 まぁ、これ自体は毎年冬場に起こる事例なので、そう驚くようなことでもないけど。心配はその間のイザベラの体調くらいのもの……と、言いたいところだけど、前回も気になる部分で終わっていたからなぁ。


 それでも二週間の――たぶん天気の安定している今なら二、三日中にでも三週間目分が届きそうだ。こうなるとその間にイザベラに何があったのか、一気に読めるという楽しみもある。


 何となくだけれど、連載物の小説の続きを待たずに読む感覚に近いかもしれない。それに今回は連載形式なので余程のことでもない限り、途中で気になる終わり方もしないだろう。


 とはいえ――冬季の郵便配達は多少余分に日にちがかかるし、もう二月も半分と少し過ぎているから、この手紙を読み終えて返事が向こうに着く頃にはそろそろ三月も間近だ。


 今年に限って例年より時間の流れが早ければ良いのに、などと思いながらカレンダーを見つめていた自分に思わず苦笑が漏れる。そんなことになったらなったで、未熟者のままイザベラと結婚してしまうことになるのに。


「まだ、もう少しだけ僕が頑張れる時間をくれると嬉しいなぁ……」


 そうでないとイザベラを幸せに出来ない。彼女にはずっと隣で笑っていて欲しいから、それに足る僕でないと!


 カレンダーを眺めながら、暖かくならないと役に立たない自分の能力を嘆くよりも、コツコツとでも僕がこの領地を去ってイザベラの領地に婿入りするまでに、ここの土に一杯お願いしておかないといけないな。


 僕がこの領地を離れても、僕達の領民(かぞく)が飢えたりしないように。


 うん、と一つ自分の決意に頷き、二週間分の手紙を手にベッドに座って消印の古い方の封筒を切る。


 さて今回はどんなことが書いてあるのだろう? 期待を胸に少し薄れたスズランの香りがする便せんの一枚目に視線を落とす。



 “この間の花束は意外性に富んでいたわ。それにあれならこの季節確かに教会の祝福も必要ありませんもの。あなたにしては考えましたわね? これで普通の花束を贈ってきていたりしたら許しませんでしたわよ?”



 開始早々、素直でないイザベラの心配の仕方に小さく笑ってしまう。頭を精一杯悩ませておいて正解だったな。やっぱりここ一番の贈り物で心配させるのは良くないし。



 “部屋の窓辺に置いたら、目覚めて一番に領地の外を感じられるの。でもこれは良い点でもあるけれど、悪い点でもあるわ。何故だかお分かり?”



 喜びから一変、不穏な文面にドキリとする。


 何だろう……やっぱり霧氷の花束だと寒々しいとかだろうか? でもそれなら室内に置かないでおけば良いだけだし――そう困惑しながら先を読むと、



 “無意識に隣にあなたを探してしまうのよ。お陰で冬期休暇が終わったばかりなのに、もう夏期休暇のことを考えてしまうじゃないの。だから授賞式でも何が欲しいか訊ねられた時に、思わず長期休暇と口走りそうになって先生に怒られたのよ?”



 ……何その可愛らしい失敗談。昔から完璧主義者のイザベラが怒られているところはあまり記憶にないから、ちょっと当日その式典を近くで見学してみたかったなぁ。


 二枚目に続く内容はまだ式典の失敗談を引きずるイザベラの視点で、それこそ隣に僕がいたら抱きしめたくなるような内容だった。今までイザベラから送られて来た手紙は全部大切に取ってある。


 密かに婿入り道具にしようとため込んでいるんだけど……イザベラと結婚したら隣に座らせて音読してみようと企んでいる。そしてその時に今までの自分の無自覚さを悔いてもらおうかなぁ、と。


 ――幸い今回のこの手紙も良い感じの仕上がりだ。


「まったくイザベラは……このまま卒業までにどれだけ自分の弱味になる手紙を送ってくるんだろうなぁ?」


 その時には“自分だけが逢いたいと思っていたの?”と言ってやるつもり。でも、それにはイザベラが僕の手に届く場所にいてくれないと駄目だ。寂しかったと伝える時にはやっぱり顔が見たいから。


 そうこう読み進めるうちに、ついに一通目の手紙も最後の一枚になった。



 “合同研究チームに所属しているのだから仕方がないことですけれど、最近クリス様がよく話かけてこられるようになったわ。私はあの方の距離感と無駄に装飾過多な言葉に辟易しているのだけれど、相手は少しも理解してくれなくて。もしこれで一緒のチームにアリスがいてくれなかったらきっと扇で頬を叩いていたわね?”



 最初の一行で眉間に入った力が最後の一行で緩む。


 うん、そうだよ、そうなんだイザベラ――!


 この最後の一行みたいな情報が、手紙を書く上では大切なのではないかと僕は常々思っているんだよ。この部分を毎回忘れないでいてくれたら僕の胃も少し落ち着くと思うんだ……。


「もー……アリス嬢が同じチームにいてくれるなら、前回そう書いておいてくれたら良かったのに」


 ホッとし過ぎて一気に肺から息を吐き出してしまう。イザベラの無自覚さは、もしかしてわざと僕をヤキモキさせるのが趣味なんじゃないだろうかと疑ってしまうほど秀逸だ。


 二通目の封筒を触ると妙にデコボコしている。不思議に思って開けてみると、中から形の様々な、けれどどれも粒としては小さな宝石? が小分けにされて出てきた。


 石の色は赤、青、緑、黄と四色あり、触れてみるとそれぞれほんのり温かかったり冷たかった。そんなに数がないので封筒にも入ったみたいだ。


「これは魔法石の欠片……かな? へぇ、王都ではこういうお土産が流行っているのか」


 あまり魔力の高くない僕にはそれくらいしか分からないので、一旦その魔法石の欠片は元のように小分けしてある袋へと戻した。


 さっきの一通目の手紙で心配事の一つに片が付いたから、という訳ではないのだけれど、二通目の手紙の内容は楽しそうな学園生活が中心でほのぼのとした気持ちで読み進んでいただけに――……何故なんだ、イザベラ……。



 “クリス様が私達の研究している内容を夕食の席でお話になったところクリス様のお父様……現・宰相様ですわね。その宰相様が研究の代表者である私に興味を持たれたなどと仰るの。下手な嘘だと思わなくて? でも心配しないでダリウス。私はちゃんと“女性の気を引きたいのでしたら婚約者のいない方になさったら?”とあなたからもらった……こ、婚約指輪を見せつけて言っておきましたわ!”



 うん……ありがとう、イザベラ。婚約指輪と書くのに動揺してインクを垂らすとか、君のそういう可愛いところが好きだよ。


 だけど――……何だか話がおかしな規模になり始めていそうなことに、何で僕よりも賢い君が気付いていないのか……もしかしてそんなところだけ辺境領のお気楽設定なのかなぁ?


 そういう所は可愛い、いや、そういう所も含めて可愛いんだけど。


 何とも言えない不安な気持ちが膨らみ始める胸を押さえて、まだ読みかけだった最後の一枚に視線を戻す。



 “同封しておいた魔法石の欠片があったと思うのだけど、使い方を簡単に説明しておくわね? 本当はまだ持ち出し厳禁なんですけれど、ダリウスに贈ると言ったら先生も許して下さったの。“この研究は彼のお陰で始まったから”ですって。光栄に思ってよろしくてよ?”



 そこで僕はさっきの小分けしてある袋を手に、イザベラの説明書と照らし合わせて使用方法を確認していくけれど……。


「へぇぇぇ、これは画期的だなぁ……! 魔法を使える人材が多い都会ではあまり必要ないだろうけど、ここでは凄く便利だよイザベラ」


 確かにこの研究は都会ではあまり必要とされないかもしれないけれど、自然環境に左右される田舎ではとても喜ばれるだろう。僕は離れていても薄れないイザベラの領地愛を知れて嬉しくなってしまう。


 魔力のない人間でも、生活の中で魔法の恩恵を少しでも得られるようにという、彼女のそんな気持ちが嬉しかった。



 “赤の魔法石には火、青には水、緑には風、黄には土の魔力をそれぞれ封じてあります。使い方は簡単で、ようは使用条件に合わせた組み合わせですわね。火と風で温風、水と土で保水、火と水でお湯……といった風に使えますわ。使用する際は魔法石を若干量の魔力保有者に触れてもらうか、教会の牧師の方に触れてもらえば中に封じた魔力が動くから”



 なるほど、これなら余程小さな村でもない限り使える場所を選ばなさそうだな。祝福の代金もいらないし。でも魔力保有者の修道士に触れてもらわないといけないから、教会にはこれまで通り一定の寄付が集まる。


 教会も蔑ろにされないように、よく考えられていると感心してしまう。



 “こちらでは魔法石の欠片を屑石だなんて言って捨てるのよ? 領地では手に入らない貴重品が捨てられるのが勿体なくて――私、貧乏性かしらね?”



 有能な婚約者からの手紙を最後の一行まで読み終えて、僕は手許の手紙と掌で熱を持つ魔法石に視線を戻した。


「そんなことはないよイザベラ。ただ……僕の心配事と課題が増えただけだ」




 幸せにしたい。


 幸せになろう。


 どちらも君が隣にいてくれないと実現出来ないことばかりだから。




「――よし! それじゃあイザベラに贈る花を考えるのと並行して、僕もこれを使って少しだけ例年より早く使い物になる三男坊になろうかなぁ、と」


 パンッ!! と景気付けに両頬を力一杯叩いた僕は、思っていたよりも強かった自分の手の力に少しだけ涙目になりながら部屋を出た。



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