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*1* 僕の可愛い婚約者。*ダリウス*



 辺境地の冴えない三男に生まれついた僕、ダリウス・エスパーダには、勿体ないほど美しい婚約者がいる。


 貴族といっても田舎領主の三男坊。生活はたぶん中規模商家にも及ばない程度。唯一の得意分野は土いじりくらいのもので、はっきり言って取り柄らしいものは何もない。


 おまけに上に兄が二人いるので、就学時期が来ても他家の子息や子女のように王都の学園に編入することもままならなかった。


 けれど家族は好きだし、特に王都まで行くような才能の片鱗もなかったので片田舎の貴族を相手にしてくれる家庭教師や、王都で学んだことのある兄達からの教えで事足りる。


 そんな何もかもにおいて平均値な僕とは違い、年々輝くように美しくなる僕の婚約者――……イザベラ・エッフェンヒルド。


 今年で僕と同じ十六歳の彼女は、田舎貴族の娘というよりは王族の血筋だと言った方がしっくりくる。


 ふんわりとうねる豊かな夜色の髪に、切れ長な紫紺の瞳。聞く人によっては傲慢に取られる物言いも、自分の意見をハッキリと述べられない僕には好ましい。


 年中領地の畑を行き来するだけの僕と王都の学園で上流貴族の子女と肩を並べる彼女が婚約者として出逢ったのは七歳の頃。出逢ってすぐの彼女の発言に驚いた両親の顔を今でも思い出せる。


 物事を順序立ててキビキビと行動できるイザベラと、取り敢えずのんびりと結果を待ってから次の行動に移る僕。正反対の僕達は周囲の大人達の心配をよそに、大きなケンカもせずに大きくなった。


 けれど強気な子猫のようなイザベラが十四歳になり、年頃の子供にとって初めて大人の仲間入りを果たす教会の魔力測定で、魔力の保有量が上流階級の貴族に匹敵することが判明したのだ。


 イザベラに発露したのは水の魔力。きちんとした師について学べば、癒やしの力に派生させることも出来る稀有な属性だ。


 対して僕は極々微弱な土の魔力。きちんとした師についたところで、どうにもならないレベルだった。それでも僕が触った土は若干フカフカになるので、こんな田舎でも役に立てるのはまだ救いだったと言える。


 この国で魔力を持つ者は貴族だけではないけれど、代々の血統にこだわる貴族の間に出やすい。稀に平民から出る亜種は、元を辿れば上流貴族のご落胤であったりもする。


 魔力がある人間は大体王都に留め置かれ、あちらで就職、そのまま結婚、出産と進むことが多い。実際に名誉なことなので断る人間があまりいないし、田舎貴族の僕でもそれは当たり前だと思う。


 今でも田舎の生活は手作業だけ。けれど王都の方では輸送や製造、治水や医術にと、色々な分野の物事が魔法で簡略化されているらしい。


 そんなこんなで、イザベラが王都の学園に行ってしまってからは僕達の関係性も少しずつ変わり始めた。


「おぉー……“この間のテストでも学年一位になりましたわ”か。イザベラは相変わらず頑張ってるみたいだなぁ」


 一週間に一通届く彼女からの手紙には、日々の学園生活で身の回りに起こる些細な出来事や、王都で季節ごとに行われる行事のことなど、忙しいだろうにこうして僕に送ってくれる。


 ……昔からあの居丈高に見える振る舞いのせいで、未だに歳の近い友人どころか知人すらいない彼女が、都市部の学園で上手くやっているのか心配だ。


 以前こちらに戻ってきた時にそれとなく質問したら、閉じた扇で頬を張られたのであれ以来訊けない。我ながら婚約者のくせにチキンだとは思うけど、あまりしつこく訊いて彼女の自尊心を傷つけたくもないし、ならもう良いかと最近では放置している。


 ともあれ――面白い手紙のお返しに僕が返せる物と言えば、今も昔も自分で育てた花と幼い頃に約束した“大切な君へ”と綴ったカードくらいのものだ。


 それだって王都まで花束のまま美しく贈ることは出来ないから、特別見事な一本を見繕って教会で寄付をする代わりに祝福を与えてもらう。状態維持の祝福は安くはないので、僕の収入では情けないことに一本が限界。


 それにその収入も領内の土壌改良で得られる僅かなものだ。それでも一人王都で頑張っているイザベラに、自分で得た物の対価を贈りたい。


「“この間のバラはそれなりの出来映えでしたわね。私の部屋に飾っても見劣りしなくてよ?”……ということは気に入ってくれたのか」


 僕の渾身の作だった真っ赤なバラは、イザベラのお気に召したらしい。


 彼女らしい素直でない文面に頬が緩む。夏と冬の長期休暇の時には帰ってくるけれど、それ以外はなかなか会うことが出来ないので昔のように花束を贈る機会がなかなかない。


 今日も今日とて領地の土いじりに精を出す僕とはかけ離れた華やかな世界。ぼんやりと見渡す田園風景に不満はないけれど、ほんの少しだけ彼女と同じものを見られないことが寂しいと感じる。


 ――そのとき一陣の風が吹いて、甘い香りが僕の鼻腔をくすぐった。


 まるで自信を無くしかけた僕を叱咤するように木々の青葉が揺れる。


 この領地は長兄のもので、次兄は婿入り先の後を継ぐ。僕の家は男児しかいないが、イザベラの家は逆で女児しかいない。


 彼女の二人の姉達はすでに他家に嫁いでいるので、僕はイザベラの卒業と同時にエッフェンヒルド家に婿入りすることになっている。


 ゆっくりと深呼吸をして緑と花の香りを肺に送り込み、さて春バラが終わったら何を贈ろうか? そんなことを考えながらめくった次の便せんに、サラリと何でもないことのようにとんでもないことが書かれていた。



 “そうそう、最近学園で第二王子を騙る不届き者に声をかけられましたわ。軽々しく「俺のモノになれ」だなんて、仮にも王都の学園内で大胆(バカ)だと思いません?”



 ――――は? え?? ちょっと待って、何それ詳しく!? 


 そう思って次の便せんをめくろうと指を動かすのに、指先は無慈悲にもこの便せんが最後の一枚なのだと物語る手応え。


「……嘘だろ……普通こんな気になるところで手紙終えるか?」


 せっかく前向きに物事を捉えようとした矢先に――僕は幼い頃からずっと振り回してくれる婚約者に、今日も今日とて悩まされるのだった。



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