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*16* 氷の花。



 他の生徒達よりも五日も早く切り上げた冬期休暇が終わり、学園の日常が始まって一週間と二日。


 今、私とアリスとメリッサ様の三人はカフェ・テリアの一角で、アリスが焼いてきたクッキーを摘みながら、反省会と言う名のお喋りに興じているのだけれど――お題がいまいち良くないと言わざるをえないわ。


 ちなみにこのクッキーは男性の心を掴む為の大切な技能らしいけれど、貴族のご令嬢が台所に立ち入るのは本来あまり誉められたことではない。


 でもアリスは元々平民の出だし、辺境領に住む私も雪深い季節は料理人が通えないこともあるので、一通り簡単な料理は出来る。この辺りは私とアリスはとても似ているわね。


 仮にも貴族の娘である私が、メリッサ様のような大貴族では確実に叱られることが黙認されるのも、そもそも人材という資源が有り余っている都会とは違って、田舎の若者は都会に出てしまうから。


 貧乏領主の屋敷に働きに来てくれる稀有な人材を探すよりも、自分で色々こなせた方が効率的だわ。流石にコルセット付きドレスは無理だけど、そんなに高級な物は年に一度着るか着ないかだもの。


 ――とはいえ……。


「いや、本当にわたしは出来の良い生徒を持ったよ……。まさかイザベラが他意なくわたしも一緒のメンバーに入ってるって、婚約者宛の手紙に書き忘れるなんて……指輪まで用意してくれた婚約者がちょっと気の毒かも? 教えてもないのに無自覚に【意中の男性をドギマギさせる応用編】を取り入れるだなんて、イザベラには悪女の素質がある!」


 ビシッと人差し指と中指でクッキーを摘まんだアリスが、人目も考えずに馬鹿なことを口にして私を指さすのは阻止しなければいけませんわ! こんなことなら猫を被る余地を残しておくべきでしたわね……。


「ちょっと、アリス、あなたねぇ――私は本当にそんなつもりじゃ……というか、そんな素質はいりませんわよ! それに、ゆ、指輪まで用意してくれたダリウスならきっと分かって下さいますわ」


 思わず扇を口許にあてがうのも忘れて感情的になる私の袖を、軽く引くメリッサ様が苦笑しながら、


「はぁ、もうお二人とも、はしたないですわよ? 人目のある場所なのだからもう少し淑女らしく恥じらいをですわね……」


 ――と、優雅な仕草で仲裁に入って下さる。


 お昼休みにこうして騒がしくテーブルを囲むようになってから、もう結構な時間を一緒に過ごすようになった私達のような三人を、世間一般では“親友”と呼ぶそうですけど。


 ああでもない、こうでもないと言いながらクッキーに手を伸ばしているうちに、いつの間にか最後の一枚になってしまった。せめて二人ならば半分に割ることも出来たでしょうが、残念ながら私達は三人。


「「あら、割り切れない場合は製作者の物ですわね」」


 何となく口をついて出た言葉はメリッサ様の声と重なってしまった。それを聞いたアリスが「双子みたい」と笑ったわ。そこで私とメリッサ様が顔を見合わせると、アリスはさらに笑みを深くした。


 そこでアリスが「じゃあ遠慮なく」と手を伸ばした最後の一枚を、横からサッと攫って行く不粋な……というには些か整いすぎた手が現れる。私達が最後のクッキーの行く末を確認しようと視線で辿れば、そこには胡散臭い笑顔を浮かべた美女と見紛う青年が立っていた。


「――声もかけずに、いきなり人の背後から食べ物を奪うだなんて……人間の、まして宰相のご子息のなさることとは思えませんわね? クリス・ダングドール様」


 私が不愉快さも露わにそう声をかければ、クリス様は少しも気にした風もなく、肩まであるご自慢の銀糸のような髪を耳にかけて微笑んだ。この人の計算されつくした唇の角度と目尻の下げ方が嫌いだわ。


 国の次期中心部を担うのにこの軽さはどうなのかと思うものの、成績だけで言えば常にトップクラスだからより腹立たしい。


 チラリとメリッサ様とアリスを振り返ると、アリスは直前まで脱ぎ捨てていた猫をすっかり被り直し、メリッサ様は全然違うところへ視線を向けて微笑まれている。


 メリッサ様の視線の先にはやや落ち着かない様子のアルバート様が立っていて、こちらには目もくれずにメリッサ様と見つめ合っていた。


 アリス曰わく「メリッサ様はイザベラより進んだよ~?」と休みが明けて開口一番に、ニヤリと人の悪い笑みを浮かべていたのを思い出す。何でもアリスは長期休暇の間はずっと学校に居続ける生徒側に入るらしく、メリッサ様はそんなアリスを休みの間に度々訪ねていたそうだわ。


 アリスのそんな情報を私は知らなかったけれど、メリッサ様はまたあの独自の諜報部(いえのもの)で入手したのかしらね?


 だけど、あそこまで険悪化していた二人の関係がここまで急速に進展するだなんてどうやったのかしら。少しだけその手法が気になりますわ。


 別に私とダリウスは順調ですし、そんな手法が必要なわけでは……ただ後学の為に知りたいと思って……って、何を考えているのかしら。


 パタパタと扇で沸き上がってきた邪な考えを払うと、あろうことかクリス様は断りもなく私達の囲むテーブルについてしまった。


「やぁ、可愛らしい女性方の声が聞こえると思ったら貴女達でしたか。今日も麗しいですね? 三妖精のお姫様方。おっと、残念。お一人はすでに王子様をお持ちかな?」


 私の右手の中指に視線を落としたクリス様が、思わず頭部を開いて中身を確認したくなるような、軽薄な発言をする。


 そんなクリス様から距離を取ろうと、私はアリスの方へと席をずらした。


 アリスは席を寄せた私に猫被りな微笑みを見せてから、さり気なく「グラスが空になってしまったので、新しい物を取りについていらして下さいませんか?」とクリス様に聖母の微笑みを向ける。これは何編なのかしら?


 するとクリス様も「おや、麗しい人。貴女のお相手にボクを選んでくれるだなんて光栄です」と再び立ち上がってドリンクを取りに行ってしまう。


 その二人に紛れてメリッサ様まで「では、その、わたくしも少しだけ失礼しますわね?」と席を立ってアルバート様の元へと自ら歩いて行かれる。以前からは想像も付かない現象にアリスの敏腕さを見たわ……。


 アルバート様に甘えるような仕草を見せるメリッサ様は、以前の冷たい才女の印象から、普通に想いを寄せる恋人に甘える女性の姿になっている。


 アルバート様も以前までの下半身のだらしない遊び人の印象から一転、初恋をこじらせた身体ばかり大きくなった少年のようね? あれなら、前よりは印象を改めてあげても良さそうですわ。


 受けた無礼の数々は全く許しませんけれど。


 カフェ・テリアの中でもその変化に驚いているのは私だけではなかったようで、数人の生徒達が呆然と立ち止まって見ているにもかかわらず、本人達は二人だけの世界に旅立ってしまった。


 冬期休暇が終わったばかりなのに何ともいえない寂しさを感じていたら、ドリンクコーナーの方から遅れて登場したハロルド様が、アリスを挟んでクリス様と少し揉めている姿が見える。


 ――あれが“恋の嵐”とアリスが前に言っていたやつかしら?


 けれど一瞬だけ――賑やかな二人の間に挟まれて楽しそうに笑っていたアリスが、ふと二人から視線を外して哀しげに目を伏せたように見えた。


 私は見てはいけない物を見た気がして、すぐにドリンクコーナーの三人から視線を逸らす。あの姿を見られることは、アリスの誇りに傷をつけそうだもの。


 ――ダリウスは、今頃何をしているのかしら?


 知らず知らずに溜息が零れて、そんな自分を慰める為に中指にはめた指輪をくるりと撫でる。


 きっと花の到着が少し遅れているから気弱になるのだと、自分に言い聞かせる間に席を離れていた面々が戻ってきた。席を立った時よりも膨らんだ人数でテーブルを囲んだ昼休みは賑やかに過ぎ去った。


 午後の授業も全て終え、これから私達の知らない相手とデートだとアリスが帰ると、メリッサ様もアルバート様と約束があるからと教室で別れる。


 けれど一人寂しく戻った寮の入口で、寮母さんが私を見て「ちょっとそこで待っててねぇ。あなた宛てに良い物が届いてるよ」と笑った。しかしそう言い残した寮母さんは何故か一度、雪の残る寮の外へ出て行ってしまう。


 その場に残された私が首を傾げていると、両手一杯の花束? を抱えた寮母さんが戻ってきて「ロマンチストな婚約者さんねぇ? 受取人への注意書きに、花が弱ったら霧吹きで水をかけて外に出してってあったわよ」と悪戯っぽく微笑んで手渡してくれた。


 私が花束? とカードを受け取るとそこには、ダリウスの文字で――、



 “授賞おめでとう!! 今回はどうしても花束を届けたくて。こちらで満開の花を贈るよ。――大切な君へ”



 とカード一杯に書かれていて……また無理をして贈ってくれたのだと思うと素直には喜びにくかった。


 けれどともかく花の種類を確認しようとブーケの包みの中を覗き込んだ私は、意外性と驚きで小さく歓声をあげてしまう。


 中に包まれていたのは――確かに、今の季節は領地内で満開になっている霧氷で出来た儚げな氷の花だった。


「ふふ……これならいつもの花よりも、ずっと長く楽しめそうね?」


 冷たく儚い花弁に唇を寄せて、私はソッと魔力を注ぎ込む。


 触れると溶けてしまう儚い氷の花は、私の魔力を込めた口付けに、パキリと小さく花開いた。



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