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*15* 新学期早々過ぎじゃない?



 朝の仕事と食事を終え、さっき廊下でアルターから受け取ったイザベラの今年初の手紙を自室のベッドの上で開く。



 “無事に他の生徒達より一日早く寮に到着して、新学期が始まってからまだ一週間目なのに、何だか随分疲れたわ。それもこれもあなたのくれた婚約指輪のせいよ?”



 スズランの香りがする便せんの文字に視線を走らせながら、彼女らしい書き出しに頬が緩む。


 それにしても毎年思うことながら、王都の学園側は辺境地から来る生徒に便宜をはかってくれても良いのになぁ……。


 僕達の辺境領から王都の学園の新学期に間に合わせようとすると、王都近郊の生徒達よりも夏場の時期でも三日、冬場だと五日は日数に余裕を持って出発しなければならない。


 そのせいで実質の休暇日数が大幅に減ってしまう。夏期はまだ六週間あるから、行きの三日と帰りの三日で計・六日で良いけれど問題は冬期休暇だ。


 冬期だと三週間しか休みがない上に、さらに雪の影響を考えなければならないから、行きで五日帰りで五日の計・十日が無駄になってしまう。


 例に漏れず今回の辺境領(ホーム)滞在期間も、他の生徒達より五日間も短く切り上げる為、毎年その日が近付くと二人とも無口になる。けれど今年はお互いの気持ちを伝えあう機会も多かったからか、それほど塞ぎ込むこともなかった。


 例の人騒がせな第二王子の影が僕の不安を掻き立てたことが、結果として互いの“伝えなくても慣れていた部分”を見直すきっかけに一枚噛んだことは確かな気もする。


 ただそれ以前にイザベラにトラウマを植え付けたのは――……別。逆らうには不利な相手だけど、教会の祝福が持ち主を護るのは当然のことだから不可抗力だ。うん、きっとそうに違いない。



 “会話中に扇で顔を隠すと、右手の中指に付けた指輪に気付いた目敏い方達がヒソヒソ言っている姿を見ましたわ。お喋り好きなご令嬢方のことだから、きっとすぐに周囲に広まるわね。ただ、一番警戒していたアルバート様は冬期休暇の間に何があったのか、すっかり大人しくなっておりますわ”



 僕はご令嬢方のそのヒソヒソ声が、華奢なイザベラに不釣り合いな指輪の見窄らしさを嗤ったものでなければ良いと願うことしか出来ない。


 あと、第二王子が大人しいというのは朗報だ。以前会ったことのある婚約者殿のメリッサ嬢が上手く手綱を握ってくれたのだろうか? だったら是非ともこのまま僕達の平和の為にも乗りこなして欲しいものだ。


 少し話しただけだけど、有能そうなのに感情表現の不器用そうなところがイザベラにちょっと似ていた。


 この先向こうは大貴族様だから頼まれることはないだろうけど、もし頼まれたら助力は惜しまないつもりではある。一応僕の婚約者の初めての友人でもあるし。


 それにしても――あの後イザベラにも伝えたけれど、あの指輪には求婚者除けの意味合いと、冬期休暇が終わる三日前のイザベラの誕生日祝いを兼ねている。


 誕生日当日に渡したいのは山々なんだけど、五日前に王都に出立しないと間に合わないから仕方がないか……。それにもっと欲を言えば、“聖火祭”のプレゼントと別口で用意したかったんだよなぁ。


 三月生まれの僕より一足先に十七歳になってしまうイザベラに、何か婚約者として特別に贈りたかった。


 だから本当は少し領地から足を延ばしたところにある、ちょっと大きな町の彫金師に仕事を頼みたかったのだが……元手が全く足りなかったのだ。


 現状の祝福の借金という相反しそうな言葉がそれをさせてくれなかった。


 イザベラもあの婚約指輪を結婚式でもはめると言ってくれたけど、そこは流石に彫金師に頼んだきちんとした物の方が良いだろうし、今年は来年のイザベラの卒業までにもう少し貯蓄しないと! と、心を引き締める。


 そのまま二枚目の便せんをめくって続きに目を通す。



 “それと私、王国主催の新しい魔法の活用法を編み出す【フューリエ賞】の学生部門を受賞しましたわ。だいぶ前に専攻の授業中に実験してみたものが『まだ荒削りではあるが、この後の躍進を期待させる』と評を頂きましたの。今年中に仕上げて特許が取れないものかしらね?”



 ……相変わらず惚れ惚れする婚約者殿の有能さに、思わず溜息を吐く。


「あーもー……何それイザベラ、格好良すぎるだろ」


 王国側も何でこんな花の少ない時期にそんな賞やってるんだ。もっと受賞者を祝う側を考えてくれないものかなぁ!?


 受賞したとなると見栄えの良い物をあげたい。かといって今の時期に咲いてるのはカメリアぐらいだし、あの花は前にあげてしまったから目新しくはないだろう。


 一瞬何の花を贈るかということで頭を悩ませていた僕は、手紙がまだ続いていることに気付いて三枚目の便せんをめくった。



 “そのことで私の師事している専攻の先生が気を良くなさって、今回の魔法の活用法を確立させる為に、他の学科で魔力保有量と技術の高い生徒と合同研究チームを立ち上げるようですわ。けれど問題は……そのメンバーに名前が上がっているのがアルバート様の片腕である、宰相ご子息のクリス・ダングドール様なんですの”


 

 ――ちょっと待ってイザベラさん。また知らない名前が出て来たんだけど。それにあの王子様の片腕って……大丈夫なのだろうか。



 “私あの方とはほとんど接点がないから――……で、でも別に不安な訳ではありませんわよ! きっちり王国認可魔法として仕上げて、来年必ず私が我が辺境領に特許権と一緒に持ち帰ってみせますわ!”



 凄い決意と並々ならない熱意を感じるんだけど……ごめん、出来ればもう少しその新しい名前の人物について情報が欲しいんだよ。


 でもこの流れで行くと、どうせいつものオチが待っているんだろうなと思いつつ便せんの最後まで視線を走らせてみるけれど――、



 “それではまた新しい動きが出たら教えますわね。あなたも無理をしないで、それなりに頑張るとよろしくてよ?”



「うん、だろうと思ったよ、本当に君はもう……」


 イザベラらしいと言えばらしい手紙の終わり方に苦笑を漏らしながら、僕はお祝いの花を何にしようかと頭を悩ませる。


「取り敢えずは……そろそろ祝福の支払いの方法を分割払いに出来ないか、教会に相談してみようかなぁ」


 婚約者の悩みとはスケールと次元が違い過ぎる悩みに再び苦笑しながら、まだ雪深い故郷の自室で王都の学園にいるイザベラを想った。



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