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*14* 素朴な指輪。



 ――先日ついに実践してしまいましたわ。


 王都からこちらに戻る前に放課後の教室でメリッサ様と一緒に受けた、アリス直伝【意中の男性をドギマギさせる入門編】を!


 あれを入門編と言うわりには少々難易度が高すぎる気もしますけれど、彼女からすれば入門なのよね……?


 メリッサ様と私の攻略対象を分析して個別指導までして下さったことには感謝しているけれど、絶対面白がっていたわねあれは。


 まぁ、けれどお陰で結果としてはなかなか上々で、これでもう一方的にダリウスにドキドキさせられることなんてないはず! と、思っていたのですけれど……私が馬鹿でしたわね。


 肩が触れ合う距離にいればドキドキするし、少し身動ぎしただけでも意識がそちらに向いてしまう。下手をすれば以前よりも意識してしまいそうだわ。


 今夜は一年の最後を大切な人達と過ごす“聖火祭”。毎年のことだけれど、私だけお父様達よりも早くダリウスのお屋敷にお邪魔している。


 だから――今は毎年のように応接室で二人きり。暖炉の火がはぜる音を聞きながらゆったりとした時間を過ごしているのだけれど……。


「ん、イザベラ? 何だか静かだけど、どうかしたの?」


 人の気も知らないで暢気にソファーの隣に腰掛けて本を読んでいたダリウスが、こちらを向いて柔らかく微笑む。その笑顔に不覚にも勝手にときめいてしまう自分に腹が立つわね。


「あら、まるでいつもは騒がしいような言い方ですのね? あなたがさっきから本ばかり読んでいらっしゃるから、静かにしてさしあげた気遣いがそれですの?」


 悔しくてわざと棘のある言い方をすれば、ダリウスは苦笑しながら読んでいた本を閉じた。あぁ、違うのよ――閉じなくても良いの。


 本当はお土産に持って帰ってきた本を喜んでもらえて嬉しいのに、私は素直になれない自分の可愛げのなさを呪った。するとダリウスは私の顔をマジマジと見つめて、それからまた少しだけフッと笑ったわ。


「あぁ、それもそうだよね。何だかもうイザベラが年が明けてもいてくれるような気になってた。まだ一年先のことなのに気が早かったよ、ごめん。今こうして隣にいてくれる君と過ごすことが大切なのに」


 いつもと変わらない優しい微笑みと、穏やかな声。本当なら誰よりも傍にいて寛げる人のはずなのに、私の心臓は忙しなくて。せっかくダリウスの隣にいるのに前のように寛げないわ。


「――狡いですわね」


 思わずポツリと漏らした言葉に、ダリウスが苦笑する。それから膝の上に閉じていた本を、近くのサイドテーブルに載せて私に向き直った。


「僕はベラの方が狡いと思うよ」


「まぁ、どうしてですの? 私は別に――、」


 “狡い”と言い返されてムッとした私の右頬に、ダリウスが触れるようなキスを落としてすぐに離れる。眼鏡の縁が頬に当たって、そこだけがヒヤリと冷たかった。


「……そういう反応が、かなぁ?」


 照れくさそうな顔でそう笑うダリウスが覗き込んでくるけれど、頬がこんなに熱くては誤魔化す為に“どういう反応ですの?”とも訊けないじゃない。


 私が右頬を押さえてぼうっとしていたら、ダリウスは急に苦い物でも食べたときみたいに「ベラをこれ以上退屈にさせるのは色々と危ないなぁ」と呟いて、何事か考え込む。


 “危ない”って、ここは室内なのに何のことかしら? 窓の外は暖かなこの室内と違って一面の銀世界なのに。危ないと言うなら格段に凍死の危険性のある外だと思うわ。


 そんな私の心情を感じ取ったのか、ダリウスは「そういう意味じゃないよ」とまた笑った。それから一瞬だけ視線を窓の外にやって、再び私に戻してからこう言ったわ。


「うーん……本当はルアーノ様達がいらっしゃってから、イザベラを置いて一人で出かけようと思ってたんだけど。イザベラが退屈みたいだし、丁度雪も止んでるみたいだから――ちょっと早いけど、今から一緒に行くかい?」


 ダリウスの表情の変化に慣れている私は、他の人なら見分けられないような僅かな笑顔の違いも見分けられる。だから、この笑顔は何かを残念がっている時の物だとすぐに分かったのだけれど――。


「そ、そうね。ダリウスがどうしてもと仰るなら、一緒に行ってあげてもよろしくてよ?」


 自分の婚約者が大切な行事の日に、わざわざ一人でどこかに出かけるつもりだったなどと聞いて気にならない人がいるとしたら、婚約解消なさるべきだわ。結婚しても上手くいくはずがないもの。

 

 けれど、まぁ、もう少し可愛らしく素直に言えないものかとは、自分でも思っているのだけれど……。案の定、ダリウスは少しおかしそうに笑って、今度は左頬にキスをしてくれる。


 そんな幼い頃のようなキスにも昔とは違ったものを感じてしまうのは私だけなのかしら? ふわりと微笑むダリウスからは読み取れなかった。


 それから十五分ほどかけて防寒着を着込んだ私達は、今日の“聖火祭”の準備で忙しくしている町の方へと出かける。勿論徒歩で。


 ダリウスと領内にいるときは大抵よほど遠くでもない限り、徒歩での移動を心がけている。特に今日のような年の暮れには馬車が少ないし、常より慌ただしい中を煩わせることになるものね。


 ……それに、滑りやすい雪道を「イザベラ、大丈夫?」と少し歩くごとに心配してくれるダリウスの手をずっと握っていられるから、たまには良いわ。


 目的地まではダリウスの正面を向いた横顔を見るよりも、私を気遣ってこちらを見てくれることの方が多かったくらいね。


「はい、到着。ここにちょっと用事があったんだ。……イザベラが心配するようなおかしなところじゃなかっただろ?」


「――えぇ、その……そうね?」


 ダリウスが少し彼にしては意地の悪い言い方をして案内してくれたのは、素朴な木彫りの看板を掲げた木工工房だった。


 王都とは違い冬は雪深いこの土地で、雪に押し潰された窓が割れないように極力小さな窓があるだけなので、パッと外から見て業種を当てるには上の看板しかなさそうね。


「よし、それじゃあ中に入ろうか?」


 分厚い手袋をしたまま重ねた手に物足りなさを感じつつも、私は大人しくダリウスに誘われるまま店内へと入った。


 店内に入るとすぐに「あれ? 坊ちゃん、約束の時間より随分早いじゃねぇか」と顔のほとんどを髭で覆われた熊のような男性が声をかけてくる。


 私が思わず驚いてダリウスの背後に隠れると、ダリウスは「大丈夫。彼は見た目より良い人だから」と微笑む。それはそれでフォローになるのかしらと思ったけれど、ダリウスが大丈夫というのなら平気よね?


 おずおずとダリウスの背後から熊のような男性の前に姿を現すと、男性は顎が外れるくらい口をあんぐりとさせて私を見る。


 そんな顔をされるほどおかしな格好をしていたつもりはなかったので、心配になってダリウスを見上げれば、彼は珍しくムスッとした表情になって熊のような男性を見ていた。


「早く来すぎたのは謝るよ、ごめん。でもガルの腕なら、約束の時間より早いけれど、注文していた“アレ”は出来てるだろう?」


 ダリウスはそう言うと、手袋をしている手をガルと呼ばれた熊のような男性に差し出す。


 ガルと呼ばれた男性も「あたりめぇだろ。しかしまぁ、こんな綺麗なお嬢ちゃんにあげるならもっと凝ったデザインのにすりゃ良かったな!」と残念そうに言いながら、ダリウスの手に小さな箱を載せた。


 一瞬ダリウスは私から隠すように箱の中身を確認して、ガルに向かって頷くと、私が昔贈った財布の中から代金を支払う。


 視界の端に映ったくたくたになった財布。まだ使ってくれていたことに嬉しくなって、思わず笑みが浮かんだわ。


 それからダリウスはガルの方をチラチラと気にしながらこちらへ向き直ると、私に手袋を外すように言って、自分の手袋も外した。


 向き合ってみて驚いたのは、ダリウスが滅多に見せない緊張した表情をしていたから。一体これから何が起こるのかと私まで不安になるわ。


 何故かギャラリー気分でニヤニヤしているガルが「口笛いるか?」と軽口を叩くのに対してダリウスも「気持ちだけで良いよ。というか、ちょっと黙ってて」と軽口の応酬をする。


 何か良く分からない状況に私が戸惑っていると、ダリウスが苦笑しながら

「……ベラ、その、右手を出してくれないかな?」と言うので、私は素直に右手を差し出した。


 するとダリウスは緊張した表情のまま、ガルから受け取った小箱の蓋を開けて中から何かを取り出すと、私の右手を取って薬指に滑らせたの、だけれど……直後に眉根に深いシワを刻む。


「――……サイズが、合わない」


「え?」


「ごめん、イザベラ。何だかもう、本当に情け「破棄ですわよ?」ちょっと今それは冗談にならないかも……!」


 後ろではガルがお腹を抱えて笑い転げ回っているし、目の前ではダリウスが沈痛な面持ちを浮かべているし……だから一体何ですのよ!?


 事態が飲み込めない私が、ダリウスの左手に重ねられるように隠れていた右手を引き抜くと、そこにはモザイク柄をした少し大振りな木の指輪がはめられていた。


 ――けれど指輪は私の薬指には少し大きすぎてクルクルと回る。ダリウスはそれを目にして悲しそうな溜息をつく。


「ダリウス、これは……あの……こ、婚約指輪という物かしら?」


 震える左手の指先で少し大振りな指輪の表面をなぞると、ひんやりとした中に、木が持つ独特の温かみがあるわね?


 私の上擦った問いかけに、うなだれたダリウスが小さく頷いてくれる。


「君が、婚約している最中だと知っていても……声をかけてくる人が、出てくるだろ――というかもう、その、いるみたいだし。うちは家名も全然だけど、そんなのは嫌だなぁって」


 いつの間にか後ろで笑っていたガルの姿は見えなくなっていて、二階から椅子をひく音が聞こえる。


「イザベラは……僕の婚約者だから、婚約中だって分かるようにと思ったんだけど――肝心のサイズを間違うなんて……」


 そこでダリウスはまた大きく溜息をつくけれど――。


「ねぇ、ダリウス。中指なら少し緩いけど回りませんわよ?」


「うん、慰めてくれてありがとうイザベラ……でも、」


「でも、何ですの? 私が気に入った物にあなたが文句を言うのは筋違いではなくて?」


 そこまで言って初めて顔を上げてこちらを見てくれるダリウスに、私は込み上げる幸せを隠しきれずに囁くの。


「結婚式では、ちゃんとこれを左手の薬指にはめてくれますわよね?」


 キョトンとした榛色の瞳が愛おしくて。


 私はダリウスを支えに爪先立ちになり、その両頬に口付けた。


 あなたも私と同じように、幼い頃とは違う気持ちを味わって?



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