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*幕間*わたくしの婚約者。*メリッサ*

今回はモブ・ストーカーの名前で親しまれる彼について。

イザベラの友人、ダメンズ・ウォーカーの彼女のお話です。


時系列的に“聖火祭”より前のお話。



 わたくしの婚約者は、学園内で誰もが認めるどうしようもない方だわ。

 

 出逢ったばかりの頃はああではなかったけれど、いつの間にか婚約者であるわたくしの言葉にすら耳を傾けて下さらなくなった。


 わたくしという婚約者がありながら、全く気にせず色々なご令嬢達と恋の逢瀬を楽しむ方。加えてわたくしを毛嫌いしている。


 わたくしへの当て付けのように花から花へと飛び回られるせいで、家からはわたくしが不甲斐ないからだと叱責される日々。けれどそれでも構わずにいられるのは、(ひとえ)に彼がどんな女性にも本当の意味で心を奪われないから。


 ――……昔は、こうではなかったわ。


 アルバート様は陛下の最愛の王妃様の忘れ形見として生を受け、陛下や国を支える臣下、実兄であられる第一王子の愛情を一心に受けて育てられた。


 王家の血を二代前に取り入れたカルデア家にわたくしを婚約者として迎えたいと打診があったとき、両親はとても光栄なことだと幼いわたくしを抱き上げてそれは喜んだのを憶えている。


『お初にお目にかかります。わたくしはカルデア家の――』


『あぁ、知っているから堅苦しいのは止めろ。俺はアルバート。これからは家名を名乗らずに、ただのメリッサとアルバートで構わないぞ。お前は俺の未来の妻だからな!』


『は、はい、アルバートさ『様はいらない』』


 少なくともあの頃のわたくしはアルバート様に嫌われていなかったし、わたくしも自身の身にこれから起こる出来事を露ほども知らずに笑っていられたわ。


 でも、今となってはそれも泡沫。


 変わってしまったのは、そう――……十二歳の魔力測定のときだった。王家の者やその婚約者に選ばれた者は、十四歳で魔力測定をする平民よりも早く測定する決まり事がある。


 “王族の血には魔力が溶け込んでいる”というその典型が王とその子供達。王家に代々多く現れるのは風の属性だとされ、事実、ここ百年以上王家の持つ魔力属性は風だ。


 当然陛下も第一王子もそうなのだから当然アルバート様もそうだと、誰も疑いもしていなかった。けれど――。


『何で、俺だけ……火属性なんだ……?』


 教会のステンドグラスから降り注ぐ光の下で、呆然と言い渡された結果を受け入れられない様子で立ち尽くしていたアルバート様。周囲の人間も固唾を飲んで見守る中、測定式は終わった。


 その後、影で王妃様の不貞を疑う声が密やかに流れ、陛下も第一王子もその噂の火消しに奔走され“根も葉もないことだから気にするな”と度々アルバート様にお声をかけられたわ。


 しかし……口さがない噂好きは多く、人の口に戸は立てられずにその嘘とも誠とも計り知れない噂は国の中枢に蔓延し、それまで闊達(かったつ)だったアルバート様は一人静かに膿んで行った。


 勿論わたくしもアルバート様を必死に励まして、何があっても傍にいると誓いを交わせば、アルバート様は少しだけ微笑んで下さったのに……。


 悪夢に限りはないと言うけれど、わたくしは後にアルバート様があのとき受けた絶望を我が身で感じることになる。


 あれから五年が過ぎ、今のアルバート様はわたくしを愛して下さらない代わりに、誰かを愛することもない。そんな歪んだ安堵感に縋るしかない“婚約者”がわたくしメリッサ・カルデア。


 だからかしら――初めてあの子を見たとき、尋常ではないくらいに心がざわついた。意志の強そうな紫紺の瞳に、媚びる姿勢を全く感じさせないその視線。いつもクッと少しだけ上げられた顎は、周囲からの陰口に視線を落とそうとしない彼女の気位の高さを現していたわ。


 この子の存在はわたくしを脅かす。今までもどれだけ他のご令嬢と遊んだところで、最終的にはわたくしの元へと戻ってきたアルバート様を夢中にさせてしまいそうな……女性、イザベラ・エッフェンヒルド。


 家名を聞いたこともないような辺境領の出身者が、はるばるその能力の高さをかわれて王都までやってきただなんて、あの方の面白がりそうな子だと思い不安になっていたら……案の定。


 ――アルバート様はすぐに彼女の持つ魅力の虜になった。


 昔のわたくし達のように他者の言葉に振り回されて変質していかない、ダイヤモンドのように堅い意志を持つ彼女に。


 魔力の保有量は王族の直系ほどもあり、居丈高ではあるけれどよくよく聞いてみると筋の通った発言。魔力発動の調整も、魔法についての閃きも知識欲も、わたくしが今まで出逢った中で一番の才能を持っていたわ。


 授業でもその才能は時に教師を上回るほどで、わたくしも含め出自くらいしか勝ち目のないクラスメイト達は彼女を妬んだり、身分が低いと見下すことしか出来なかった。


 アルバート様はそんな風にクラスメイトや取り巻きのご令嬢達と一緒になって、他者を妬むことしか出来ないわたくしを軽蔑するでしょうね? ご自分の行いがどれほどわたくしを傷付けているか、気付きもしないで。


 田舎の領地に幼い頃から将来を誓い合った婚約者がいて、オマケに同性から見ても見惚れてしまう美しさ。ただ全てを持っている彼女は、しかし、地位と権力だけを持っていなかった。 


 逆を言えばそれ以外の何もかもを彼女は持っているわ。


 貴族階級に身を置く者らしくなく明け透けに物事を話し、美辞麗句で媚びる姿勢を全く見せないところから、家族からの愛情もきちんと受けているのだろう。


 家の者に探らせて得た情報によれば、毎週必ず花を領地から贈ってくれる婚約者からの愛情も。


 そうして、彼女は心得ている。ここが自分の居場所ではないことを。


 この学園で得た知識と技能を全部抱えて、彼女は彼女を待つ人間達の元へ帰る。その日を心待ちにするからこそいつだって真剣に授業を受け、何一つ取り零さないように吸収しようとする姿はわたくしには眩しすぎたのよ。


 だからいつもご一緒しているご令嬢達と“マナー”を教え込みに行ったときも、本当は勝ち目がない自分を痛めつけてやりたかったのかもしれない。


 そんな半ば投げやりな気分で周囲の求めるままに休み時間に彼女の元へ出向いては、記憶にも残らないような稚拙な嫌味を投げかけた。


 けれど――その日もいつも通り取り巻きのご令嬢達と共に、その姿を探して何か余計な嫌味を投げかけたのだけど……彼女はいつもなら鼻で嗤って扇を鳴らすだけなのに、そのときはジッとわたくしの目を見てこう言ったのだ。



『お一人で出歩くのが怖いようでしたら、私がそちらまで出向いて差し上げましょうか?』



 ――……と。


 わたくしの周囲にいた取り巻きのご令嬢達が口々に、


 “あなた無礼よ!”


 “何様のつもりでいらっしゃるの?”


 “メリッサ様に向かって……!”


 などと批判の声を上げていたけれど、わたくしは彼女達の言葉の方が何倍も、何十倍も嫌だった。


 ――だって、それはわたくしの言葉ではないもの。


 彼女達の誰もがわたくしの名を使って、我が家名を後ろ盾に、目の前の田舎貴族の才女を嫉んで罵ったとしても……その責任を彼女達は誰一人負わないのだと、目の前のイザベラ・エッフェンヒルドは気付かせてしまった。


 大勢で群れていれば心強いだなんて――馬鹿げた発想をしたものだとあの言葉で初めて分かったわ。わたくしの言葉がその中には一つもないことに、わたくし自身が気付かなかったのに。


 それからしばらく経って……わたくしはそれまで上辺だけで付き合っていたご令嬢達との付き合いを止め、同じような経緯で彼女と知り合った男爵令嬢のアリス・ダントンと行動を共にすることが増えた。


 彼女が落ち込むのはいつも田舎にいる婚約者のことで、わたくしとアリスさんはずっとどんな人物なのか教えて欲しいとせがんでいたのに、彼女は決して教えてくれなかったわ。


 そんな彼女の初めて見せる強い独占欲と愛情に、わたくしとアリスさんは俄然興味をかき立てられ、先日ついにその婚約者と会える機会に恵まれた。


 わたくしとアリスさんが思い描いていたような姿をしていない地味な彼女の婚約者は、けれど少し話しただけでもとても人当たりが柔らかく誠実な印象を受けたわ。


 この彼女の誠実な婚約者にならわたくしの秘密を教えて、彼の口からわたくしと同じような悩みが聞けるかもしれないと期待したの。


 わたくしが……いいえ、カルデア家が必死になって隠したがっている秘密、それは――。


「ふふふ、宜しくてよ。ではちょっとお訊ねしたいのだけれど――……」


 当たり障りのない会話の流れをソッと誘導して、わたくしは痛いほど脈打つ心臓を抑えながら言葉を続けた。


「わたくし、十三歳の頃からどんどん魔力の保有量が落ちていて……今ではほとんど平民と変わりありませんの。何故こんなことになったのか、その理由も分かりませんわ。そこであの、失礼だとは思うのですけれど……アナタは魔力がイザベラさんよりかなり少ないのだと……一緒にいてお辛くはなくて?」


 扇で口許を隠して声を潜める。もしも彼女に聞かれては友人でいさせてもらえなくなりそうだもの。


 わたくしの無礼な質問に一瞬考える素振りを見せた彼女の婚約者は、すぐにまた柔らかく微笑んで口を開いた。


「あぁ、そういったお話でしたら多少は僕にも憶えがありますね。辛いかそうではないかと問われれば、正直に辛いです。……彼女の力になれない自分の不甲斐なさが。けれどお互いに補える部分は必ずあります。だったら僕は諦めてしまう前に、より彼女を理解して支えあえれば良いと思っています」


 ふわりと優しく細められた眼鏡の奥の榛色の瞳に、わたくしはいつかのアルバート様を思い出す。魔力がなければ王家に嫁がせる機会をなくすと恐れた両親によって、秘密にするように口止めされていた十五歳のとき……。


 わたくしはこれ以上偽っていることが堪えきれずに、アルバート様に魔力が枯渇しかかっていることを告げた。あのときは自分が重圧から楽になりたいばかりで、アルバート様のことなど何一つ考えていなかったわね。


 けれど――……婚約破棄を言い渡されるかと思っていたわたくしの耳に届いたのは、とても意外な言葉だった。



『メリッサ、俺は、お前の魔力目当てでお前と幼い頃を過ごした訳では……』



 あの言葉をどう受け取れば正解だったのか、今となっては分からない。


 ただ確実に言えるのはあのときまで、わたくしは正しくアルバート様の婚約者ではなかったのかもしれないわ。


 ――――あのとき、わたくしは本当の意味でアルバート様に恋をした。


 家では魔力なしの家名汚しと叱責されて、肩身の狭かったわたくしに……あの言葉は天恵のように降り注いだわ。


「――メリッサ様?」


 ふと意識が記憶の波にさらわれていたわたくしの耳に、彼女の婚約者の労りに満ちた声がかけられる。


「……わたくしの無礼な質問に答えて下さって感謝致しますわ」


「いえ、とんでもない。……お心にかかった靄は晴れましたか?」


「えぇ、お陰様でとてもスッキリと」


「それは良かった」


 そう言ってフッと、さっきまでよりも少しだけ力の抜けた微笑みを彼女の婚約者が浮かべた直後、背後でアリスさんにからかわれた彼女が大声を上げるものだから、この話はそこで終わってしまったけれど。





 今なら、はっきりとわたくしの言葉でアルバート様にお伝え出来ますわ。


 例えアルバート様がこの先どれだけの過ちを犯して、その度に答え合わせを間違えようとも“婚約者”である、わたくしだけは――。


 “アナタのことを心から、お慕い申し上げております”と。



まぁ、でも……あれだ。

結局メリッサに対して不実なことには何ら言い訳出来ませんね!(オイw)


この終わり方でも“聖火祭”では流石に激オコになりましたがwww

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