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*12* 真っ赤なポインセチア+α。

学園パーティーの回はこれでお終いにしたかったのでちょこっと長めです。



 冬期休暇の前に催される学園のパーティー。


 所詮田舎者の私はこういった類の煌びやかで無駄の多い行事が二年経った今でも大嫌いだわ。きっと来年の今頃もそう言っているのでしょうけれど、来年はもうそれどころじゃないからどうだって良いわね。


 私は誰に気が早いと言われようと、もう来年の年末へと意識を飛ばして胸を高鳴らせる。もっと詳しく言うのなら再来年の春に卒業したら――だけれど……その足でダリウスのところへ駆けていけるのだから。


 あぁ、今が来年の今頃なら良いのに――。


 この一月と数週間。あの日のダリウスの顔が脳裏に浮かんでは一人で身悶えてしまう日々が続いている。ちょっと強引だったけれど格好良かっただなんて手紙に書けっこないわよ……。


 そんなことを考えながら、賑やかになり始めたホールのエントランスを無感動にぐるりと眺める。興奮した面持ちの男女、反響するざわめき、美しく着飾った令嬢達が動く度にサテンやシルクのドレスが煌めいた。


 毎年このパーティーに合わせてドレスや燕尾服を新調する上級貴族の令嬢や子息がいると言うけれど、その気持ちが知れない。領民の税を費やしての見栄の張り合いなど、みっともないことこの上ないわ。


 今夜の私の装いは淡いクリーム色の、肩口をほんの僅かに露出しただけのロングドレス。肩から流れるふんわりとした袖以外にポイントらしい物がないのは、シンプルなデザインが当時の流行りだったのでしょうね。


 当然かなり古臭いデザインなのは知っているけれど、お母様がこのドレスの話をするときの表情を思い出せば全く気にならない。普段口数の少ないお父様が宥めるほど長々と惚気て下さったものね……。


 会場の入口で扇で口許を隠しながらアリスとメリッサ様と待ち合わせをしている私を、物珍しそうに振り返りながら会場へと入って行く学生達の視線を無視しつつ、胸元を飾る真っ赤なポインセチアのコサージュに触れる。


 今回の花はいつもと趣向が異なり、“祝福”と“硬度強化”の魔法が施されていた。その茎にはほんの僅かにシルクが混合されたリボンが巻かれ、小さな金色のヒイラギの葉を象った留め具が付けられている。


 今夜の為にダリウスが張り切ってくれた“証”は、私のシンプルなドレスの胸元で燦然と輝く太陽のようだわ。


 どんなに美しいドレスも大振りな宝石も、今夜この胸元を飾る真っ赤なポインセチアに敵う物はないのじゃないかしら?


 私がそう扇の陰でこっそりと微笑んでいると、向こうの方からアリスとメリッサ様がやってきた。対照的な二人の装いに目を細める。


 アリスは瞳に合わせた紫色のドレス。甘めのデザインで小柄な彼女が着るとクロッカスの妖精のようだわ。


 対するメリッサ様は大きな胸を押し上げる形の最新ファッションドレス。


 シャンパン色を基調とした大人の女性らしさを押し出しているドレスは、胸元と背中がそれなりに開いているのに嫌らしくはなく、むしろ洗練された印象ね。それでも細い腰をさらに絞る必要はどこにあるのかしら?


 メリッサ様の方は当然アルバート様を連れているかと思って身構えていたのに、どうやらそれらしい姿が見当たらない。


 近付いてきたメリッサ様に小首を傾げて見せると、メリッサ様は口許を隠していた扇をたたんで後ろを指す。


 その呆れたような表情で察しがつくというものだけれど……。扇で指し示された方向を向くと、そこには例によってメリッサ様以外のご令嬢を侍らせて入口に近付いてくるアルバート様とその取り巻き二人を発見した。


 ご令嬢達の群れの真ん中には嫌味なくらい整っているけれど、メリッサ様には申し訳ないがその存在を生理的に受け付けられないアルバート様。


 その右隣に鍛えれば良いという問題でもないと言いたくなる、野趣溢れる浅黒い肌に真っ黒の短髪を後ろに撫でつけた騎士団長のご子息ハロルド・クライスラー。


 聞いた話では、アリスの恋の遊戯に陥落しかかっているそうだ。以前の会話もあながち間違いではなかったのじゃない。


 気を許した人間にはとことん甘く、面倒見も良いのだとか。反面声が大きく、がさつで、乱暴、なのに潔癖――と、場合によっては恐ろしく良いように扱われやすい人でしょうね。


 ちらりとメリッサ様の隣にいたアリスを見やると、彼女は肩をすくめてニヤリと笑った。その男爵令嬢らしからぬ笑みに少しだけ気分が軽くなる。


 アルバート様の左側にいるのはハロルド様とは全く真逆の風貌をしたクリス・ダングドール。ガラス細工のような繊細な美しさの中に、油断ならないものを感じさせる現・宰相家のご子息だ。


 アイスブルーの一見優しそうな瞳は微笑みのまま動くことはなく、薄い唇にも淡い笑みを貼り付ける様は以前のアリスのようではあるけど、全く違う気がする。プラチナブロンドの肩までの髪を耳にかける仕草に、一部のご令嬢達が“尊い!”と騒いでいるのを見かけたわね……。


「お二人共、パートナーは良いのかしら?」


 一応そう訊いてみるも、


「良いのかと訊かれても、あれですから。それにファーストダンスとラストダンスは大嫌いなわたくしと踊るほかないのですもの。それまでは放任で構いませんわよ」


「そうだよ。別に今ここでパートナーなんていなくても、会場の中で適当に見繕えば良いんじゃない?」


 二人からはにべもない答えが返ってきたので、それもそうかと三人で笑い合って会場内に入る。壁際に移動しながら二人が口々に今夜の私の装いを褒めてくれて誇らしい気分になった。


 すでに中は生徒達で一杯で賑わいを見せていたけれどそんな中、入場して真っ先に壁際に陣取った変わり者は私達だけだったわ。


 けれどアリスはさっきの宣言通り、壁紙に寄ってからすぐに声をかけてきた男子生徒に「まぁ、わたしなどでよろしいのですか?」などと猫を被り、頬を染めてホールの真ん中に行ってしまった。


 エスコートされる彼女は振り向きざまに残された私達に向かって“ほらね?”とばかりにウインクを投げかけて……。


 それからすぐ後に、周りにご令嬢達の垣根を作ったアルバート様が酷く不機嫌な様子でメリッサ様に近付いてきた。義務的に仕方なくといった様子でメリッサ様をファーストダンスに誘う。


 メリッサ様も当然この失礼な男に対して義務的に答えるものだと思っていたら、メリッサ様は蕩けるような微笑みを浮かべてその手を取った。


 壁際を離れるメリッサ様が私に向かって「すぐに戻るから待っていらして」と言い残してエスコートされていくのを見送っていたら、アルバート様の視線とぶつかってしまう。とんでもなく不愉快な事故だわ。


 あからさまに視線を無視したら、メリッサ様の「女性受けのよろしいお顔が台無しですわよ?」という声が耳に届いた。


 二人が去った後、私は壁の花になってダンス会場を眺めていた。一曲目のファーストダンスが終わっても、二人は戻ってこない。


 アリスはすでにさっきとは違う生徒と踊っている――って、あれはハロルド様かしらね? 嬉しそうにアリスをリードするハロルド様に彼女も可愛らしく微笑みかけている。


 猫被りの男爵令嬢は数いるご令嬢達の中で、他にはない一等奔放な美しさを伸び伸びと見せ付けていた。あの分だと今夜だけでもかなりの犠牲者が出そうね。


 一方のメリッサ様もアルバート様ではなく、クリス様と踊っている? 宰相の息子から申し込まれては断りきれなかったのでしょうけれど……これは。


 その近くで他のご令嬢と踊っているのでは……という期待を込めてアルバート様の姿を探すけれど、当然のようにダンスホールにその姿はなかった。


 ――このままここにいては拙い。そう確信した私は壁際を離れようとした。


「どこに行くつもりだ? パーティーはまだ始まったばかりだぞ?」


 身体を出入口の方角へと反転させた直後――そう声をかけてきた人物に手首を掴まれた。いつの間にここまで接近を許してしまったのかと悔やんだところで、もう遅い。自分の迂闊(うかつ)さに歯噛みする。


「……えぇ、そうですわね。ですが私、こういった場所は気後れしてしまう質ですの。ですからもうお暇しようと思っていたところですわ」


 手首を掴むアルバート様の手に冷ややかな視線を落としてそう言った私の言葉を、残念ながらその顔の両側にくっついているだけの耳は拾わなかったようだわ。


「ほぅ、そうか。確かにそんな流行から外れた格好であれば気後れもするだろう。その胸の植物も気が知れんな。大方お前にドレスも買い与えられん婚約者の苦し紛れだろう? 俺がもう少しまともな衣装を用意させる」


 どれだけ整った顔であっても、言っていることが気持ち悪い上に腹立たしい。私はその顔に扇で一撃加えようと自由な右手を振りかぶった。

 

 ――けれど……、


「二度も大人しく叩かれてやるはずがないだろう」


「な、キャアッ……!?」


 ぐるりと身体の向きを変えられて強引に抱き寄せられた。制服のときとは違って露出した肩にアルバート様の唇が触れた瞬間、体内の血が凍り付きそうになって、不覚にも泣きそうに――……、


「――う、ぐっ!!」


 なっていたはずの私の肩から唇を離したアルバート様が、胸の辺りを押さえたまま急に後退った。私は訳も分からないまま距離をとる。


「クソ、田舎者が手の込んだ真似を……!」


 そう言ったアルバート様の憎々しげな視線が、私の胸元に飾られたポインセチアのコサージュに注がれる。“硬度強化”されたポインセチアが潰れていないことにホッとしつつ、ある違和感に気付いて触れてみたところ――。


「放電、してるの?」


 一瞬チリッと指先に走った刺激はすぐに失われ、そこには何事もなかったように真っ赤なポインセチアが咲いている。そういえば、教会の祝福の中に“貞淑”というものがあった。


 だとしたら、これは……ダリウスが、私の身に何かあるかも知れないと考えて加えてくれたのだわ。この一晩の為だけに三種の効果を付け加えるだなんて。


 それに“もしかしたら”程度のことに発動しないかもしれない祝福を……と考えたら、今度はさっきとは違った意味で泣きそうになる。どれだけ出費したのかしら?


 微笑む私の前でゆらりと体勢を立て直したアルバート様が、忌々しそうに私からポインセチアを奪おうと手を伸ばしたそのとき――。


「あらアルバート様、こんな会場の隅で婚約者のわたくしを差し置いて、そのような田舎娘に手を伸ばすだなんて……陛下のお耳に入れたらどうなることでしょうね?」


 シャンパン色のドレスを身に纏った声の主が、私とアルバート様の間に滑り込む。


「ハッ、家の言いなりなお前にそんなことが出来る訳が――」


「結婚までどこのご令嬢と何をなさろうが構いませんけれど、この子はわたくしの気に入りですの。彼女に何かしたら……お分かりでして?」


「――出しゃばる女は好かん」


「ふふ、おかしなことを。貞淑なだけの女もお嫌いでしょうに」


 私からは背中しか見えないメリッサ様の肩は小刻みに上下して、彼女が慌てて駆けつけてくれたのだと分かる。


 すると今度はホールの方からぞろぞろと煌びやかな一団が近付いて「アルバート様がいらっしゃいましたわ」と棒読みのアリスが先頭に立っていた。私と目が合うと、唇の端を持ち上げて笑う。


「あぁ、ほら、アルバート様と遊びたい女性があんなにいらして……選びたい放題でよろしかったですわね?」


 ほんの一瞬、そのたおやかな声に異様な圧力を感じて彼女の影からアルバート様を盗み見れば、何とも形容しがたい表情をしていたけれど、自業自得だわ。


 その後――アルバート様がご令嬢の群れに連れ去られて静かになった壁際で、私達は今度こそ壁の花として、会場内に溢れるご令嬢達のドレスの品定めを楽しんだ。


そしてよほどご立腹だったのか、メリッサ様はアルバート様からのラストダンスを断り、アリスは自分を足留めしようとしていたハロルド様のお誘いに、表面上は淑やかな表情をしたまま「違う方と踊りますわ」と留めを刺していた。


 ――……とても面倒で騒がしい夜だったけれど、私は多分いつかこの夜を懐かしむ日が来るわ。



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