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*11* 君を輝かせる魔法を。



 柔らかで透き通るピンク色の花弁を持つ、大輪のツリーダリア。


 子供が描いたような花らしい花の形をした遅咲きの赤いガーベラ。

 

 黄色の元気な花色で周囲を明るく照らすユリオプスデイジー。

 

 濡れたような紫色が輝くばかりのダイヤモンドリリー。


 暗くなり始めた庭で妖しく浮かび上がる早咲きの深紅のカメリア。


 一週間に一本ずつ。僕は突発的な王都訪問から戻ってからも、黙々とイザベラに花を献上している。


 最終日にイザベラに対してとんでもない行動を取った自分へのショックで、領地に戻ってから三日ほど知恵熱を出して寝込むという失態を冒して家族に迷惑と心配をかけた。


 幼い頃からお世話になっている老医者に心当たりを訊かれても、言えるはずもないので黙っているしかないしなぁ。


 イザベラの両親であるハンナ様とルアーノ様のお屋敷を訪ねて“彼女は元気でした”と報告をする間も、ちょっとだけ後ろめたい気分になった。


 二人で歩いた大通りで、イザベラにぶつかった男性が惚けたように彼女を凝視したときに湧き上がった、あの独占欲とも焦燥感ともつかない感情に振り回された直後のあの行動。


 良識のあるイザベラにとって往来でのあんな行為は、きっと耐え難い屈辱だっただろうと今更ながらに気付いて、嫌われたのではないかと悶々と手紙を待つことになったんだけど――。


 実際に事件後最初の手紙が届いたときはかなり怯えながら封を切った。


 しかし……そこに書いてあったのはいつものように贈った花への感想とお礼の言葉だけで、文句どころか、あの行為自体がなかったことのように扱われていた。


 その後も届く手紙の内容は十二月の二週から始まる今年最後のテストの話や、新しく挑戦し始めた魔法のこと、メリッサ嬢とアリス嬢がしつこくお茶に誘うからお茶菓子で少し太ったこと――……。


 どれも本当に微笑ましくて、友人を得たことでイザベラの生活が充実しているのだと思えば、素直に嬉しい。そしていつも必ず僕が贈った花の出来を褒めてくれる一文を忘れずに添えてくれている。


 彼女は今までどこか少し僕以外の他人を寄せ付けることを端から嫌がっていた。それが嬉しくなかったかと問われれば、絶対にそんなことはなくて。


 けれど――そんな僕の考え方が彼女の交友関係を狭めていたのではないかと、王都の学園でのイザベラを見て思った。


「こんな風に考えたくはないけど、もしかしてイザベラの中で僕達の関係がマンネリ化してる? いや、でも前にメリッサ様と何を話してたか気にしていたし、イザベラに限ってそんなことは……」


 こうなると今度は違った意味で新たな不安にかられるのだから、人間とは難しいものだとつくづく思う。


 僕はふと視線を寝転んだベッドの天井から、机の上に置いた卓上カレンダーへと移す。そこには三週目の日曜日に大きく赤い円が描きこんである。簡単に数えて冬期休暇まで後二週間。


 イザベラが帰ってくるのが待ち遠しい反面、前回のこともあるので少し怖くもある。嫌われてたりしませんように……。


 とは言え――あまり一人であれこれ思い悩んでも仕方がない。手許には今週分の手紙が届いている。さて、今回の手紙の内容はどんなものだろう?


 不安と期待を半分ずつ、僕は一枚目の便せんに視線を落とした。



 “この間のカメリア、とても妖しい美しさがあって素敵だわ。学園から暗い部屋に帰っても、花の気配がするの。香らなくても感じるだなんて、何だかあなたと似ている気がするわ”



 ……あぁ……うん。


 イザベラらしいというか、本当、前回注意したのに自覚のないところが全く治っていないんだものなぁ。僕はいつになったら婚約者のこういう不意打ちに慣れるんだろうか?


 取り敢えずイザベラが冬期休暇に帰ってきたら、彼女の口から直接手紙に書ききれなかった色々な出来事を聞かせてもらおうと決めて、続きに視線を戻す。



 “冬期休暇は楽しみなのだけれど、その前にある学園主催の“聖火祭”パーティーに出なければならないのは憂鬱だわ。十五歳未満だった去年までは出ずに済んだのだけれど、今年は“十五歳以上の生徒は全員参加”とあるから、そうもいかないみたいね”



 “聖火祭”といえば本来は冬期休暇に家族と過ごす四週目にある。古い年に見立てたランプの明かりを消して、新しく用意したランプに新年の明かりを迎え入れて新しい年を祝うものだ。


 全員参加の強制に不満が見て取れるけど、学園側にしてみれば良かれと思っての計らいだろうな。卒業後は本格的に貴族社会に放り出される訳だから、どこに出ても恥をかかないように実践を積ませる為だろう。



“ドレスは一応お母様の若い頃の物を持たせてもらったけど……。どうせ当日嫌々出たところで田舎者の私に居場所なんてないでしょうし、こうなったら仮病を使って欠席しようかしら?”



 便せんから視線を上げて、一度目蓋を閉じる。それからうっすらと、この間イザベラの近況報告のために屋敷にお邪魔したときのハンナ様のドレスを思い出してみるけれど――。


 イザベラの出席を渋るもう一つの理由に思い当たる節はあったものの、今更それをどうこうする時間はない。


 仮に時間があっても僕はこの間の王都行きで貯蓄を使い果たしてしまったから、どうにかしてあげられる元手もない。……要するに、ドレスのデザインがとても古いのだ。


 勿論ハンナ様に悪気はない。


 キビキビとした性格のイザベラとは違い、おっとりとした性格のハンナ様は、可愛い末娘の為にとっておきのドレスを出してくれたのだと思う。


 イザベラの両親であるお二人も、今の僕達と同じように幼い頃に婚約したと言っていたから社交界デビューの時にルアーノ様から贈られた物だろう。


 婚約者が贈ったドレスでデビューするというのは一種女性の夢だと、幼い頃に母から聞かされた僕達三兄弟の内でこれに成功したのは、長兄であるリカルド兄上だけだ。


 残念ながら次兄のオズワルト兄上と三男の僕にはそんな甲斐性はない。


「うーん……物がない以上どうしようもないけど、かといってこのままだとイザベラは当日欠席するだろうな……」


 別に無理強いして彼女をパーティーに送り出したい訳ではないけれど、こちらに戻ってきたら、恐らくはもう二度とそこまで華やかな世界を見てみることは出来ないだろう。


 本来貴族の娘は十五歳で社交界デビューをするものだけど、生憎と僕の記憶の限りではイザベラが両親と一緒に社交界デビューを果たしたとは耳にしたことがない。


 これは貴族の社会ではそれなりに致命的で、特にイザベラは傍目にはあの性格だから……。


 僕にとってのイザベラはスパイスの入ったボンボンのような女の子。一口目はスパイスが効いてるけれど、二口目はとても甘い、そんな婚約者殿だ。


 そんな良さを知っているのは僕だけで良いと思う反面、それではいつかどこかでイザベラが恥をかいてしまうかもしれない。


 例えば僕との結婚後いざ付き合いで急にどこかに出席することになっても、ずっと僕と一緒にいたのではパーティーの参加者はイザベラを馬鹿にするだろう。それにそういった場所で僕が彼女から離れなければいけない場面があるかもしれない。


 結局のところイザベラは“作法”は完璧でも“実地”をしたことがないのだけれど、そんなことで彼女を知らない人間に彼女を嗤われるのは絶対に嫌だ。


 とはいいつつも、田舎の貴族というものは領地の収穫祭には出かけても、都会の貴族達が集うような夜会に出席することはほとんどないからなぁ。


 それでも年に何度かは一応招待状は届くこともあるものの、大抵が“情けをかけて出してやった。常識があるなら出席はするな”という暗黙のルールが存在する。いわば良い格好をしたいが為の自作自演だ。


 聞かされた話だとそんな毒に気付かず若い頃に出かけていって恥をかいた我が家の両親と、イザベラの両親の友情はそんなところで育まれたらしい。

 

「せっかく学園でそんな催しがあるなら、これからの練習場として丁度良さそうだし……この間の二人と参加したら卒業して疎遠になっても将来良い思い出話になるんじゃないのかなぁ?」


 ――うちの両親とイザベラの両親のような関係の友人。それは彼女にとって悪い存在ではない気がする。

 

 ……うん、悪くないな。


 問題は会場でドレスが浮いてしまうことだけれど、それなら少し何とかなりそうな策を思いついた。


「周囲のご令嬢のドレスに負けないような、鮮やかで大きな花、か――……」


 しかもドレスの色が書かれていない以上、鮮やかな中にもやや万人受けするような要素を含んでいる物でなければならない。けれど今の季節の花は切り花に向かない上に華やかさも少ないから、だいぶ候補が限られてしまう。


 それでも――……。



 “どうせこういった催しでファーストダンスをするなら、あなた位に垢抜けない方が丁度良いわ。ドレスとの釣り合いが取れますもの。……ダリウスも一緒なら出席を躊躇ったりしなかったのに。エスコートしてくれる相手がいないパーティーは惨めだわ”



 そんな不安の見え隠れする可愛い婚約者の為に僕が出来ることは、いつもたったの一つだけ。“大切な君へ”今回はそれに“心だけは君のエスコートに向かわせるから”と書き添える。


 そうして結局ギリギリまでこれを花と言っても良いものか悩んだ結果。


 一番“聖火祭”の前にある学園のパーティーに良さそうな、見事に真っ赤に染まった葉をピンと張り、その中心に僅かな黄色の玉を散らしたようなポインセチアの花を一本。


 今年最後の花として贈ることにした。


 

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