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みじん娘っ!りたーんず  作者: スタイリッシュ土下座
2/12

おみあい

 僕には配偶者という存在がいない。むしろ、これだけの幸せを貰っておいてこれ以上幸せを要求するのも不都合なのだと思う。

 何故なら、僕には既に2人の娘がいるからだ。人とは遠くかけ離れた存在である、微生物の進化体ではあるが。


「光一、おはよ」


「おはよう、仁子。そこに朝食あるから食べとけ」


 そう言うと彼女は真っ直ぐ食卓に向かった。素直に育ってくれた事は何より嬉しい。そう思いながら、僕はベランダで洗濯物を干す作業に没頭していた。

 周りからはイクメンだの、シングルファーザーだの言われることも多々あるが、気にしないことにしている。捉え方を変えればある意味その通りなのかもしれないが。


「おはようございます、光一様」


「おう、おはよう福利。仁子と一緒に朝ごはん食べてろ」


 10分くらい後になって、福利の方も起きたらしい。太陽は既に昇りきっていて、風が僕のすぐ横を吹き抜けた。まだ春とも言い難い、夏とも言い難い、そんな清々しい天気だった。

 穏やかな陽気に包まれ眠くなっていたその時、仁子が口を開いた。


「そう言えば光一ってさ」


「ん?どうした仁子」


「お嫁さんいらないの?」


 僕は思わず吹き出した。まさか僕の中で隠し続けていたタブーを一瞬で言い当てられるとは思っていなかったからだ。僕は慌てて弁解する。


「仁子、それは違うぞ。誰だって愛したいし、愛されたい感情を持つことが多いんだ。しかし研究者として多忙な毎日を過ごす僕が、1人の女性を幸せにできると思うか?そもそも……」


「光一、それは言い訳」


「ハイ、すみませんでした」


 一瞬で仁子に諭された僕は少しヘコんだ。とは言ったが、僕の人生にはまるで恋愛という経験が無かったのだ。

 出会いも無く、ただひたすら勉強に明け暮れていた毎日だったが、それ故に今ここで生きているのだと現状に満足していただけなのかもしれない。

 若干の沈黙があった後、福利がある一つの提案をしてきた。


「そうだ!光一様も今流行りの婚活をすればいいと思います!いくら多忙でも最近は短時間で探せるサービスも増えてるはずですし!」


「いや、福利。僕は現状で満足してるんだよ……そもそも僕は妻というものを作ったら何かしら行動を制限されるし、タダでさえお前らを育てるのに精一杯なんだ、勘弁してくれ」


「でも、若々しい今だからこそできる事じゃないですか……たまには私達の事だけじゃなく、自分の事も考えてみてはいかがですか?」


 やたらと核心をついてくるこの娘の意見に僕は少し困惑した。

 こいつらの事ばかり面倒見ていた為、視野が少し狭くなっていたのかもしれない。僕は少し心を入れ替えた。


「……わかったよ、ただし、今回だけで決めるとは限らないからな」


「やった!仁子さん、作戦成功ですね!」


「うん、私達にもママができる」


「いや、お前ら確信犯なのかよ」


 お見合いの登録をして数日、僕と話したいという女性が現れた。仁子と福利を置いていっても良かったが、何せまだ中学生程度の大きさでおる彼女らを置いていく訳にもいかないだろう。

 何より彼女らの方がお見合い相手を楽しみにしていた為、連れていく以外の方法でなだめることはできなかった。


「仁子さん!光一様の相手、どんな方なのでしょうね……!」


「うん、でもあんまり期待しすぎても駄目。あくまで光一を気に入った人だから」


「おいおい、失礼だな……あっ、着いたぞ」


 着いたのは所謂結婚披露宴等が行われる式場だった。ここはブライダル以外にもお見合いサービス等も兼用している高級感漂う場所であったが、僕は躊躇わずここでお見合いをすることに決めた。

 元々乗り気では無かった為、成功しても失敗しても、この1回きりでケリを付けようと思っていた。だからわざわざ敷居の高い所へ足を踏み入れたのだ。


「もっとお洒落してくれば良かった」


「十分恥ずかしくない格好だよ、仁子。自信持ちな」


「確かにここまで綺麗な所だとは思ってなかったです……感激」


 少しばかりテンションが上がっている2人と話しながら階段を昇り、2階の受付で確認を済ませるとすぐに部屋に案内された。

 これが人生最初で最後のお見合いか、と思うとやはり緊張する。


「申し訳ありませんが、ご本人様以外の方の入場はお控えください……」


「えぇ!?何で!?」


「私達は光一様のお見合いの付き添い人です!そこを通してください!」


「ですが、あの……一応決まりは決まりとなっておりまして……」


 若干後ろで案内スタッフと揉めている彼女らを少し不憫に感じたので、少しばかり助け舟を出した。


「あの、その娘達は僕の娘なんです、部屋に入れてあげてください」


「お客様の娘様でしたか、大変失礼しました……お入りください」


「何とか入れました……光一様」


「ありがとう光一」


 相変わらず緊張感無さげな2人をよそに僕は心を落ち着けていた。心臓が張り裂けそうな程、緊張が止まらなかったが、それでも当たって砕けろの精神で望むことにした。

 準備が整った所でいよいよお見合い相手が入ってきた。


「わぁ……すっごく綺麗」


「光一様!こんな綺麗な方とは聞いてないですよ!?少し興奮してきました!」


「福利、落ち着け」


 今まで以上に興奮している福利をなだめつつ、部屋に入ってきた彼女をまじまじと見つめた。

 さらさらの黒髪をたなびかせながら、この人以上に合う人がいないのではないかと思わせる白色のドレスを身に纏い、清潔な色白の肌は手先や身体の美しい曲線をより一層目立たせていた。

 顔は人形とは少し違う、気品のある顔立ちでシャープな部分もありながら程よい可愛さを集めたような方だった。

 あまりの美しさに流石の僕も思わず赤面してしまった。


「キャー!いや待ってください!何かもう見てるこっちまで胸がはち切れそうなんですけど!?もう最高ですよ最高!」


「光一とは似ても似つかないレベルで綺麗」


「あのなぁ……一応僕のお見合いなんだから少し黙ってろ」


 雰囲気をぶち壊していく娘らに少しばかり嫌気が差したが、先に口を開いたのは彼女の方だった。


「はじめまして」


「あっ、は、初めまして……」


「貴方が光一さんですか?」


「はい、そうです……」


「そちらにいる2人の方は……お子様ですか?」


「あっいえ……それは……」


 いずれ来るだろうと予定していた質問を唐突にされ、僕は頭が混乱した。

 自ら進化させた微生物なんて言い訳はできる筈もなく、考えている間に答えを戸惑っていた。


「私のぼーいふれんどです」


 突然口を開いた仁子の言葉に思わず絶句した。

 いや、お見合いしている最中にその発言は僕がロリコン認定されそうじゃないかと冷や汗がダラダラ流れた。僕は血眼で仁子を問い詰める。


「いや、誤解です!仁子、お前……!何てこと言ってくれたんだァァァァ!!!」


「だって本当のことだし」


 胸ぐら掴まれながら仁子は煽り顔でプッと笑った。こいつ、家に帰ったら2時間くらい説教してやると思いつつ今の気まずい雰囲気を察した。

 終わった。品性の欠片もない僕は愛想を尽かされるだろうとその場に座り込んだ、その時だった。


「アハハッ!面白いお方ですね、少し気に入っちゃいました」


「えっ」


 どうやらこの茶番劇のような話がお気に召したらしく、彼女はまた品格良く笑った。

 お嬢様属性を持っていても笑いには弱いのだろうか、僕にもあまりよく分からない。


「結果オーライだね、光一」


「あのなぁ……お前少しは反省しろよ?」


「あぁ……このシチュエーション現実で見れるとは思いませんでした……尊い」


「お前絶対楽しんでるだろ!しかも、またネットで変なもの漁って情報得てるし」


 2人のお陰(?)で何とか窮地を切り抜けた僕はどうやら掴みはOKだったらしく、彼女との話が続いた。

 昔はそうでは無かったらしいのだが、見た目通りの気品の高さで、現在はファッションデザイナーをやっているという。

 遠い縁のような気がしたが少しずつ心が惹かれていく、そんな気がしていた。

 僕らが仲良く話していた最中に突然彼女が話を切り出し始めた。


「実は私、光一さんの事をお見合い前から知っていたんです」


「それってどういうことですか?」


「2年前くらいのことでしょうか……テレビで生中継されていましたよね、東京大崩落の事」


 突然言われた彼女の発言に僕は耳を疑った。確かにゲノムとの闘いで東京が一時的に機能しなくなったのは多くのメディアで取り上げられ、注目を集めた。

 しかし、そのニュースの数々どれを見返しても僕の名前や情報は書いていなかったはずである。

 少なからず僕は救助された重傷者と紹介されただけなのに、何故この人は僕の事を知っているのか、僕の中で謎が謎を呼んだ。


「どうして僕の事を……?」


「たまたまあの時の生中継をニュースで見て、貴方が禍々しいオーラを放つ誰かに果敢に挑んでいたのが一瞬だけ見えました。私はその時就職活動中で全く元気が無く、自決まで考えていました。そんな時に一瞬だけ東京を守るために必死になって闘う貴方が見えたことで私は少しだけ勇気を貰ったんです。そこで私は覚悟を決めて、当時夢であったファッションデザイナーになることができました」


「それってつまり……」


「えぇ、貴方は私の命の恩人でした。だからこそ一生ついて行きたいって思ったんです」


 正直そういう感情論は本当にやめて欲しい。あの戦いは東京を守るためにした訳でもなく、邪智暴虐の生態神を抹殺する為に行った訳でもない。

 元はと言えば僕の生み出した大切な何かを守る為に引き起こした事柄なのである。

 自分自身の勝手な判断で大崩落を起こしてしまったことで多くの人々が犠牲となり、今でさえあの影響で社会復帰ができない人々だっているはずである。

 それなのに英雄の様な言い方をされてしまっては申し訳が立たない。僕の心の中にまた黒い大きな不純物が蠢いていた。


「光一さん……?どうかされましたか?」


「いえ、本当の事を言わせて貰います……実はあれは」


 今にも折れそうな心を引き摺って本音を言おうとした瞬間、2人が言葉を上書きし始めた。


「私が世界を救う為に自ら悪い奴と闘いました」


「貴女の様な正義感の強い方にこの想いが伝わってくれると幸いです」


「仁子……福利……!違う!僕はそんな事を言おうとしたつもりじゃないぞ!」


 罪悪感を隠せない僕に彼女達は心なしか真剣な表情をしていた。娘達は娘達なりに僕のしていたことに感謝しているのかもしれない、だが僕の本心は違った。


「やはり、そうだったんですね……私、光一さんのことがもっと好きになりました、良かったら今度ご飯にでも……」


「い、いえ!本当に違うんです!僕は本当に世界を救った訳でも……」


「光一」


 仁子の言葉に僕はハッとした、本当はそうじゃないのかもしれない。でも、真実がどうであったのかはあれだけの事が起こった以上誰にも分からないのではないか。

 決して僕は良い事をした訳でも悪い事をした訳でもない。

 ただ、結果的に大切な娘と東京の住民を守ったということは変わらない。僕の頭の中はまたしても混沌に包まれていた。


「……そうかもしれないです、僕は東京を救いました」


「やはりあのお方だったのですね!私、ずっと貴方を探していて感激です!」


 やるせない気持ちの僕は仁子の方を向くと彼女は少しだけ穏やかな表情をしていた。

 それは自分の事をもっと大切にしろという気持ちの表れなのか、それともたまには嘘をつくことも必要だという慈悲の表れなのかはわからない。

 ただ、その表情だけがずっと僕の心の中に焼き付いて離れないという事だけは理解していた。


「すみません、白熱してしまいました……昔から親に素の気持ちを抑えて生活しなさいと言われていたので今なら本当の気持ちを吐けるような気がして……ごめんなさい」


「いえいえ、お気になさらず……元々気品のある方なので大丈夫ですよ」


 少しずつ打ち解けていく僕達に仁子と福利は顔を見合わせて、笑った。

 どうやらこのお見合いは成功しそうだ、と安心しきっていた。


「あっ、そういえば私の名前を言うのをすっかり忘れていました」


「そうですね、お名前の方を伺いたいです」


「私の名前は山中 智子と言います、由緒正しき山中家の長女です」


 僕は思わず少しだけ顔をしかめた。おかしい。

 確かに山中という苗字は何処にでも存在するはずだが……嫌な予感が頭をよぎり、もしかするとと思い彼女に訪ねた。


「えーっと、失礼かと思いながらお聞きしますが、貴女の姉弟に山中司って方はいませんよね?」


「え!?何でご存知なんですか!?あの人は私の弟です!貴方のお連れしているその子達の様に、1人の娘さんがいますよ!」


「嘘ぉ!?」


 僕は唖然とした。どうやらこの人、僕の大学時代の悪友である、山中の姉である。

 遺伝的にアイツとは天と地ほどの差があるのにどうしてこの人だけは美しいのか、全くわからない。

 そもそももし僕がこの人と結婚した場合、あの山中が僕の義理の弟になってしまう。

 七転八倒し、色々考えた末、出した結論を彼女に伝えた。


「す、すみません……今回の縁談は全て無しでお願いします」


「何でですか!?ちょっと、急に席を立たないでください!いや、本当に待って……折角会えたのに」


 完全に今日の事を全否定して部屋を後にした。

 彼女には少しばかり残念で申し訳ない気持ちだったが、今後の事を考えると流石に山中に合わす顔が無かったので計画通り、もう2度とお見合いはしないと心に誓った。


「光一、何で断ったの?凄く美人さんだし、可愛かったじゃん」


「光一様、少しあれは勿体ないと思います……まさか私も山中様の姉だとは思っていませんでしたが」


 慰める2人をよそに僕は大きくため息をついた。

 あの2人はどうやっても似ても似つかない別人レベルなのに姉弟なのは有り得なかった。少し歩いて会場の外へ出た後、自分でも驚く程、大声で叫び倒した。


「いや、絶対認めねぇから!!!!!!」


 風がまた少し騒がしくなる、昼下がりの出来事だった。

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