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みじん娘っ!りたーんず  作者: スタイリッシュ土下座
12/12

またあした

 彼女の放った一言は僕を混沌へと落とし込んだ。


「ディーナがリボソムを創った……?」


「えぇ、彼を完全なる生体として形作ったのは私、彼の誕生を許したのはゲノム様よ」


 彼女の話によるとまだゲノムが生存していた頃、強制的に命令され作らされたのがリボソムだ。

 そして彼をゲノムが人の記憶を操る生体兵器として組み替えたのが彼の始まりだという。


「だとしても、何故ゲノムは彼を復活させたんだ」


「リボソムは元々、光一に対して敵意を持ってませんでした。しかし、ゲノム様の死後、必然的に貴方に牙を向けることになったのです。彼にも色々と事情があるのはわかります。ですがあくまでも天界のルールはルール。裁きを受けなければならないのです」


 彼女は何か使命を負っているように見えた。

 それは激しく重く、一人の人間を守ろうとする果敢な兵士のようでもあった。


「だから僕は"冷静になる"ことにしたよ」


「……っ!」


 急に物言いが穏やかになった彼は表面は保っていても、裏面がまるで読めなかった。

 その裏の顔はドス黒く、今にも襲いかかってきそうな闇が彼にオーラとして渦巻いていた。


「いいか、光一?先程僕がリールを回して負けたのはお前に"精神操作"されたからだ、だからもう僕は迷わない」


「それを言うほどにお前は成長出来ているのか?馬鹿馬鹿しい」


「今に見てろ」


 すると彼はスロットのボタンを2回バシンと叩いた。どうやらこの時点で7は2個揃っている。

 まずい、このまま決め切られたら僕達の負けだ。


「やはり……ここまでか……!」


「終わりだ!光一!これで貴様の命を没してやる!」


 最後のボタンを決め切り、彼は嬉しそうに7が3つ揃ったスロットを見せた。僕の席の周りに死の影が這い寄ってくる。


「おい、待て……!」


「やはりお前は"完全敗北パーフェクトルーズ"の運命だったのだ!くたばれぇぇぇぇ!!!」


「何だと!?」


 その死の影はたちまち、僕らを精神ごとを押さえ付け、くい込み、内側から殺していた……はずだった。


「デ、ディーナさん……?」


「あのスロットをよく見てご覧なさい」


 既に光に満ちたバリアが僕を守っていた──にしてはあまりにも不可解だ。僕は7を揃えられて4対2を覆すことが出来ず、賭けに負けたはずである。

 僕は何も小細工をせず、ゲノムがスロットで7を止めないことを必死に懇願していただけだった。

 僕はふと見上げたその先にあったスロットを眺めた。彼が止めていたスロットの3番目は7ではなく、BARの絵柄で止められていたのだ。


「な……何ィィィィ!?確かに僕は7で止めたはず……!」


「申し訳ないけど、リボソム。お前が使ったその幻術を使わせて貰ったわ」


「まさか……お前!7を隠し、別の絵柄に7を……!僕より高度な事をするんじゃない!」


「わざわざイカサマ師相手に汚い手は使いたくなかったけど……これで低い次元で公平フェアよ」


 そう、ディーナはリボソムが3番目のスロットを押す時に僕の精神リンクを伝って彼の視界を操作していたのだ。

 それは僕やリボソムが気付けない程、精密でバレることがない高度なイカサマだった。


「おのれ……何が公平フェアだ!僕は健全に儀式ゲームを楽しんでいただけだ!」


「どの口が言う!リボソム!さっさと僕にスロットを貸せ!次に僕が7を揃えれば3対3で当初予定していたように僕の同点勝ちだ!」


 彼の頭は沸騰し、筋が浮かび上がっていた。

 この時点で彼にはもうどうする事もできない。詰みに入っていた。


「ふ、ふざけるなよ!光一!」


 彼が渡してきたスロットが怪しく曇っていた。

 その紫色の曇りによって僕はリールを見ることさえも許されない。


「ハハハ!どうだ、光一!7を隠すのが無駄なら、全部隠してしまえばいい!勿論、そこにいる女神の視界解放も通用しない!」


「遂に本性出しやがったな、リボソム」


「最低……!」


 最早イカサマを隠すこと無く、不正を繰り返すリボソムに流石のディーナも怒りを隠すことができない。

 後1回、望み薄なそれに全てを賭ける他なかった。


「諦めてさっさと引け!光一!絶望に身を焼き、溺れるがよい!」


「その必要は無い」


「何?」


 そう言うと僕は引き金を引いた。勿論僕には絵柄が何も見えず、ただ無闇に押す以外には手段が無い。

 だが僕には"それ"が読めていた。3回押した後、僕はリボソムに結果を見せる。


「これでどうだ、失敗していたなら、煮るなり焼くなり好きにしろ」


 辺り一面が静寂と化した。僕の目の前には絶望の表情を浮かべる彼の姿があった。


「嘘だ……この幻術が敗れるはずがない……なのに……!」


「ということは……光一!」


「ああ」


 スロットのリールを包んでいた紫色の霧は晴れ、そこには7が三つ揃ったスロットが残されていた。


「今度こそお前の負けだ。リボソム」


「くっ……。そんな……!人間!お前のようなクズに……!僕が負けるはずがない!一体どんなトリックを使ったんだよ!?」


「まだわからないのか」


「さっさと言え!」


 テーブルを何度も叩き、怒りを顕にするリボソムに僕は答える。


「既に覚えていた、絵柄の位置とリールが回るスピードをな」


「何だって……!?」


「プロの"博打家ギャンブラー"はどの位置にどの絵柄があるかを確実に予測、いや、理解しているんだ。それを踏まえてリールの回る速度を計算して押しただけだ」


「お前はプロのギャンブラーでもない!ただの研究者だ!なのに……何故そんなことができたんだ!」


 リボソムは膝を付きながら尋ねる。それは激闘に疲れ果てしわくちゃになった老人の様に弱々しかった。


「だからこの精神世界は精神力が強い方が勝つんだよ、僕には背負っているものが大き過ぎた、だから負ける訳にはいかなかった」


「それだけの理由か!お前はそれだけの理由でわざわざ勝てるというのか!?」


「一応言っておくが僕はお前の父親を倒した人間だ、お前程度の餓鬼相手に恐れる必要は無い。間一髪だったがな」


 彼は狂った猟犬のように未だ僕を見つめている。それは冷酷で残忍だが、どうすることもできない焦りすら感じさせるほどであった。


「光一、早くリボソムを消滅させましょう。追い詰められた彼は何をするかわかりません」


「あぁ、わかってる。リボソム。僕の精神のリンクを外せ、そして2度と僕達を攻撃しないと誓って逃げるか、消えて無くなれ」


「……認めない」


「わかってるのか?お前、あくまでこれは賭けだ。代償は払ってもら──」


「認めないって言ってんだよぉぉぉぉ!!!」


 ディーナと僕は現実世界に引き戻された。車を止めたコンビニと次々と大事故を起こした後の地獄絵図が辺りを覆っている。

 その隙に、リボソムは僕の身体の中に溶け込んでいくかのように潜り込んだ。


「光一!これは一体!?」


「うぐああああああ!!!」


「光一!?」


 胸の奥が張り裂けそうな程に僕は苦痛を覚えていた。

 思い出したくもない今までの黒歴史や感情、その他諸々の全てのマイナスが僕を襲おうとしていたのだ。


「確かに僕はお前との儀式ゲームに負けた!だがな、僕がお前を精神的にズタボロにするという事実だけは変わらない!お前が"死ぬこと"や"絶望"を永遠に味わうまで、僕がお前を殺し続けることは変わりないんだ!」


「がああああああっっっ!!!!」


 今までを遥かに超えるその苦痛は僕の全てを引き裂こうとしていた。

 今まで生きたその魂までは無くしてはいけない。

 僕は必死に守り続けた。しかし攻撃が止むことは決して無い。


「ディーナさん……何とかならないのか!?」


「貴方の精神はまだ、"それ"とリンクしています!無理矢理外すことはできますが、実行すれば貴方の精神が崩壊してしまいます!」


「畜生ぉぉぉぉ!!!」


 僕が僕で無くなる前に懸命に考えた。こいつを外に排除する方法。

 やはり何かを犠牲にしないと自分を守ることはできないのか。

 ここまで来て、僕はその"精神寄生体リボソム"を追い出す事ができないことを悟っていた。


「殆ど全ての記憶を破壊し尽くしたのに、まだ意識が残っているというのか。ならば今度こそ終わりだ!光一!その忌々しき人間の心を完全に潰してやる!」


 心の中でリボソムの怒号が鳴り響いた。僕を殺そうとする復讐の執念を僕はみくびっていたのだ。

 朦朧とする打ちひしがれそうな僕の心はこの上無いほどボロボロであった。

 遂に死にたい。消えてしまいたい。過去を無くしたい。と思ってしまい、彼に敗北の意思を見せてしまった。

 彼が最後の僕を繋ぎ止める何かを壊そうとする時、僕は外界を見ていた。せめてもの最後の世界を目の当たりにしておきたかったからだ。

 ディーナの後ろには……仁子?福利にバニラちゃんまで倒れている僕を見て必死に近づいてきていた。


「死ね!光一!」


 彼は最後の一撃を放ったらしい。だが僕にはわかった。

 その最後に繋ぎ止めていた僕自身はまだ折れていない。

 そうだ、僕は彼女らと約束したのだ。『僕は絶対に死なない』と。

 僕は立ち上がり、必死に車の中のある"薬品"を見つけ出し、注射器に入れ、その注射針を自分に刺した。


「光一、何をしている!?」


 僕の中で蝕んでいるリボソムは僕に向かって呼びかけた。僕の方は一向に答えようとしない。


「わかったぞ、さっきの薬は毒だ、お前は遂に敗北を決意した!その闇と!弱い心に敗北したんだ!ハハハハハァーッ!」


「違うね」


「何?」


 僕は押さえ込んでいた答えを吐き出した。抵抗を続ける僕に彼はまた尋ねる。


「じゃあ何を注射したんだよ!光一!答えてみろ!」


 僕は息を吸って、吐いて落ち着いてから答えた。


「"自白剤"だ」


「何!?自白剤程度で何になるというのだ?」


「お前の精神攻撃の原理が"記憶"から来るものであるならば、僕はそれについた記憶の全てを吐き出してしまえばいい」


「馬鹿な、吐いてしまったところでどうにかなるものではない!むしろお前自身がその罪の重さに耐えきれず、潰れてしまう自殺行為に過ぎない!本当に正気で言ってるのか!?」


「今更お前に正気で倒そうとしても無駄だってことが分かったんだよ!ここからが正念場だ!」


 僕は今まで犯した過ち、絶望、全ての感情を洗いざらい口に出した。

 肉体的にも本当に吐いてしまいそうな程に精神状態が悪く、限界はすぐそこにまで近づいていた。


「お前、悪足掻きもいい加減にしろ!いくらここで自供したところで、お前の罪は軽くならない!大罪だ!お前が生きてるだけで大罪なんだ!」


「違う」


 僕は重い体を引き摺る様に再び立ち上がった。

 この戦いを終わらせる為に、今まで僕を助けてくれた全ての者達の為に。決意で満ち溢れていた。


「僕が生きるのは決して過ちなんかじゃない!僕には家族がいる!親友がいる!今までずっと助けてくれた仲間がいる!」


 僕は皆の前に立ち、大声で叫びあげた。その光景はまるで大統領演説かのように白々しく、馬鹿けているかのように思える。

 だが、逆に僕はそれでも良かった。今まで生きてきた僕の人生には誇りがあり、決して馬鹿げてなんかいない。

 自白剤は更に僕の心の扉を開き、悪い記憶も良い記憶も全て修復してくれていた。

 全ての罪を受け入れたが故にその記憶の片鱗は彼の精神攻撃をもってしても、完全に破壊されなくなっていたのだ。


「ば、バカな!?僕は生体化学兵器だ!人の心につけ込んで壊した記憶が復活する事など、あるはずがない!僕の精神攻撃が通用しないなどと……!」


 僕の精神にいたリボソムは耐えられなくなり、僕の胸から姿を晒した。僕を助けた全ての者達の前で。


「何……既に光一の仲間に囲まれている……!四面楚歌だと……!?」


「言い切ったぞ……!ほら、次はお前の番だ」


 僕は自白を全て終え、疲労困憊のまま、彼に自白を言い渡した。


「フン、崇高なる僕がお前に命令されて発言するはずなど……ん?」


「まだ僕とお前のリンクは繋がっているんだ、そして今は僕が主導権を握っている」


「ま、まさか……!」


「言え!お前の犯してきた罪を!今度はお前が言って償う番だ!」


「うおぉぉぉぁぁぁ!!!!!い、言えないっ!苦しいッ!光一っ……!貴様ぁぁぁぁ!!!」


 リボソムは気が動転し、目が飛び出ている。

 こんな残虐な奴でも彼の心の中では罪の意識が存在していた。彼は悶え苦しみ、段々と身体の形が崩壊を始める。

 彼は悲鳴を上げるも一言もものを発すること無く、その場に精神体がボロボロと崩れ落ちてしまった。


「やったか……!」


「光一!」


「光一君」


「光一様!お怪我はありませんか!?」


「肉体的には何も無いよ、精神的には既に壊れそうだけど」


 僕を心配した娘達に支えられ、僕は倒れた。

 ディーナも心配した表情で僕を覗き込む。


「光一様、勇気ある討伐に心より感謝申し上げます」


「いいんですよ……意識が朦朧としていてあまり上手く答えられないですけど、これは元々僕の因縁でしたので」


 僕が言い切ると彼女は急に険しい表情に変わった。


「いいえ、彼を止めることができなかった私共の力不足です。お許しください」


「いえいえ」


「彼の精神物体はまだそこにあります、今から彼を裁き、また別次元へと昇華させます」


「はぁ、よくわからないですけどお願いします」


 薄目を開けながらそれを見ると、彼女はリボソムの死体の方へ行き、魔法陣を使ってその遺体を天に召した光景が見えた。

 あまりにキツい戦いだったからか、僕は彼に少しばかりの経緯を払いつつそれを見届けて、意識を失った。


 目が覚めると病室の中だった。自白剤の副作用により、2、3日間目を覚まさなかったらしい。

 言葉も上手く話せない中、目を開けた僕は3人の娘達に抱きつかれていた。


「光一!死ななくてよかった」


「光一君!」


「光一様!ご無事でよかった!」


 3人とも大粒の涙を流し僕が生死の狭間にいることを見届けていた。

 流石に一斉に抱きつかれると少し苦しいが、涙が出そうになるほど、嬉しかった。すると、突拍子もなく急にドアが開く。

 そこには息切れを起こした巨漢と緑色の肌をした奇抜な彼らが立っていて僕は驚いた。


「光一、無理するんじゃねぇよ!一体何があったか言え!」


「山中、光一君に無理に喋らせようとするな、入口にいた看護婦にも言われたじゃん」


「ごめん、緑ちゃん」


 何故か、仕事で海外にいるはずの山中と緑ちゃんまでそこにいた。

 驚きを隠せなかったが、声を出すことができない為、事情を聞くまでは到らなかった。

 だが、彼らは少なくとも仕事を休んでこちらに来たことは間違いない。


「だけど俺に何も言わず1人で戦ったのは事実だ。無理せず俺に頼れって言ったよな?何で頼らなかった!?」


「山中、だから今は光一君喋れないって」


 僕は目を疑った。厳しい言葉を投げかける彼の目にはごく細かったが、一筋の涙が流れていた。

 僕は山中の涙を今まで見たことが無かった分、自分の自分勝手さを恥じ、彼の男気の強さに感動して、少し泣いてしまった。


 あれから2ヶ月が過ぎた。娘達や山中の必死の看病によって僕は無事に回復することができた。

 どさくさに紛れ、ディーナにお礼を言うことは出来なかったが、多分彼女自身も僕の気持ち自体はわかっているはずなので、僕からは何も連絡しないことにしていた。


「光一、お帰りなさい」


「ただいま、寂しくなかったか?仁子」


 僕はからかってそんな事を言ってみたが、彼女は頬を膨らまし言い返す。


「私、もうそんな子供じゃない」


「悪い悪い」


「福利ちゃんとバニラちゃんがいるから平気だった」


「そうか」


 僕は靴を脱ぎリビングに戻ると、久々の我が家の雰囲気に少し困惑した。

 ずっと見慣れていた光景なのに懐かしいような寂しいような、そんな感覚を覚えていた。


「光一様!お帰りです!」


「お前……本当に大事にしているなら久々の主人の帰宅ぐらいせめて玄関先でお出迎えとかしないのかよ……」


「すみません!そこまで気が回らなくて……」


 相変わらずドジな福利にため息を吐き、部屋を見て回った。

 何の変哲もない、ずっと娘達と過ごしてきた自分の家。

 バニラちゃんが来る前は一体どんな気持ちだっただろうか?僕の心の中ではまだ気持ちの整理はついていなかった。


「光一君、おかえり」


「お前……!ゲームしてるし……この家に馴染み過ぎだろ」


「まぁ折角リボソムも倒してくれたし都合いいかなって……」


「お前なぁ……」


 バニラちゃんの方もこの家にすっかり慣れてしまったらしく、僕の事を気にすらしないほどくつろいでいた。

 段々と部屋を見ていく内に、僕は仁子と初めて会った時の様な空虚さを感じ始めていた。


「光一、どうしたの?」


 仁子は気を遣ったのか、僕に問いかける。僕は何も包み隠すこと無く答えた。


「本当に……終わったのか……」


「何が?」


「もう、心配しなくていいのか……?あの脅威に怯える毎日を……」


 僕の人生は彼らに支配されていたと言っても過言ではない程、不安視していた。

 それが無くなってしまった現在、逆に不安が無いことに不安を感じてしまうのだった。


「うん」


「でも、またアイツの部下がやって来るかもしれない、その時は──」


 仁子はクイクイと僕の顔を近づけろと合図した。僕はそれに乗ると、彼女はその人差し指と中指を僕の唇に押し当てた。


「大丈夫」


「どうして?」


「光一は絶対に負けない。人間だから。私達の恩人だから」


 彼女の一言は僕の心を貫いた。僕はまだ大人になりきれていないその幼子を抱きしめ、嗚咽を漏らして泣くことしかできなかった。この僕こそこの世で一番弱い人間だったのだ。


「本当に大丈夫だよ。光一、今まで私達の為に戦ってくれてありがと」


「仁子……!僕は……!僕は……!」


 その小さい肩は僕を大きく包み込んでくれていた。

 あの時の出会いから随分大きくなり、成長していた仁子は僕をずっと支え続けていたのだ。

 喧嘩したり、笑いあったりした記憶が僕の背中を後押ししてくれていた。


「もう泣かなくていい、光一」


「でも、抑えようと思うと……溢れてくる……!これ以上ない程に幸せで……怖くて……!」


 堪えても、堪えても今目の前にある平穏に耐えられず、僕の心は自分でも分からないほど混沌と化していた。


「落ち着いて聞いて」


「えっ……?」


「光一の痛みは私の痛みでもあるから、だから無理に抱える必要ない」


「でも、仁子に重荷は課せられないから……!」


「違う、私達は家族だから。共に助け合って、共に生きていくの。だから、光一が辛い時は一緒に傷つくし、私達が助ける」


「仁子……!」


「だから、約束」


 そう言うと彼女はハグを止めて小指を差し出す。


「仁子……?」


「これからもずっと一緒に過ごすおまじない」


 僕は彼女の突然の提案に一歩踏み出せなかった。言葉では形容できない、重みがあった。


「おまじない、しよう?」


 ただ、このまま1歩を踏み出せなかったら、僕はいつも通りの僕のままだ。僕は決心して、彼女と小指を結んだ。


「はい、指切りげんまん」


 彼女のその穏やかな笑顔に僕はまた泣き出しそうになっていた。ただの純粋な子供だましなのかもしれない。

 だが、今まで味わうことが無かったその温かさに僕は救われていたのだ。これまでの全てが輝いて見えた。


「あれあれ~?こんな所でアツいですよね、お2人さん~?」


「福利!お前見てたのか!?」


 突如として現れた福利に僕達は顔が真っ赤になった。仁子の方は既に顔を覆っている。


「いやー光一様のことが気になって覗きに来たのですが、まさかあんな大胆にハグしてるとは思わなかったですよ~」


「まさか、お前最初から全部見てたとか言わないよな……?」


「えぇ、見てましたよ?オマケに動画も撮っておきました」


 その一言に仁子と僕は顔色が変わった。


「「今すぐその動画消せぇぇぇぇ!!!」」


「い、いや!これは貴重映像なので……あー消えたぁ!」


「何かとお騒がしいですねぇ、皆さん。どうかしました?」


 一連の騒動を聞きつけたのかバニラちゃんまでこちらの方にやって来た。


「いやぁ、べべべ、別に何でもなくて……」


「凄かったんですよ、特に光一様が……むぐっ!」


「今度余計な事を言うとおやつ抜きにするぞ」


 僕は福利の口を手で抑え、半強制的に鎮圧した。流石におやつ抜きは言い過ぎだが。


「フフフ……実はわかってますよ、私にも」


「嘘でしょ!?」


 遂に仁子の方は耳の方も真っ赤になり始めた。それをいい事に彼女は続ける。


「私達、本当に素敵な家族なんだなぁと思いました」


 バニラちゃんの一言に僕達は皆の顔を見合わせる。

 一人一人何か事情があってこの世に生まれ、一緒にこの一戸建てにすんでいる。


「あぁ、その通りだ!」


 僕は福利とバニラちゃんにも抱きついた。


「すみません、私そういう年齢過ぎたので……!」


「まぁ、そういう日もあるよね。光一君」


「これで、皆一緒の家族だ」


「光一、誤魔化しても無駄」


「おいおい、まだ赤くなってるし」


 彼女達に元気を貰った僕は彼女らにある提案をする。


「よし、今から僕と競走だ!勝てたら好きなもの買っていいぞ!」


「ほんと?」


「やった、私張り切っちゃおうかな」


「仁子さん、バニラさん、共に頑張りましょう!」


「っていきなり走るな!危ないからやっぱ中止だ中止!」


 こうして何の変哲もない僕の日常は始まることも無く、終わることも無く、儚く流れていくのだった。

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