2.仮住まいの準備(前編)―情報を得よう
海の彼方に向かって一言叫んだ綾斗は、王都であろう要塞都市に向かって道を歩いていた。道の向こうには大きく開かれている門と鉄の鎧に身を包んだ門番が2人ほど見える。常人ならここから門番の姿を捉えることはかなり難しい。が、能力が10000倍にもなっている綾斗にとって、そんなこと訳なかった。
「うわ、やっぱ門番っているんだな。面倒な質問ぶっかけられたらどうすっかな……」
そんなことを考えていた綾斗は、門番に聞かれそうな質問を考え、頭の中で一問一答を始めた。
兵:君、名前は?
俺:葛城 綾斗です!
兵:何歳?
俺:17歳になります。
兵:どこから来たの?
俺:あ、え、えっと…その…
兵:ん?なんだ?
俺:その……現実世界から……
兵:は?
俺:…………
(やべぇ! 3問目で詰まっちまった! うわぁもうこれ終わった)
門番が一番聞いてくるであろう質問に答えられない、ということに気づいた綾斗は絶望的になっていた。
気づけばもう門の手前数十m地点にいた。門番はこちらを見ている。しかし綾斗は兵士の方は見ずに下を見ながら、どうしたら門を潜れるか、超考えていた。
(やはりここは強行突破か? いや、そうすると都市の中で悪い噂が立つな……しかし……)
綾斗は悩みながらも少しずつ歩いていた。そして、結論を出した。
(よし、ここは強行突破だ! 街の中で情報だけ入手したらすぐ逃げよう。リスクは高いが今はこれしかねぇ!)
決断した綾斗は前を向いた。 が―――
「ん?」
そこに門は無く、さっき門の向こうに見えた街が広がっている。振り向くと、大きな壁と門が立ちはだかっていた。門の前には先程と同じ兵士がぼーっと突っ立っていた。
「はぁ!? 待て待て待て待て、質問は? 強行突破は?俺の考えは何だったの?」
この都市の門は、特に質問やボディーチェックもなく簡単に通過できることを知った綾斗は、何とも言えない気分になった。
「ハッ! そうだ、こんな気持ちになっている時ではない! 早く情報を得なければ!」
我に返った綾斗は前方に丁度良すぎる建物を見つけた。
「『アルディア・インフォメーションセンター』ねぇ……」
迷わずその中に入っていった。
中に入ると、
「4番窓口にどうぞー」
いきなりすぎて少し狼狽したが、迷わず一番右端にある4番窓口へ向かった。
そこに行くと、綺麗な黒髪の女性が窓口の向こうに座っていた。
「どうぞ、お掛け下さい」
「……」
「お客様?」
「はっ! あ、はい!」
見惚れていた。完全に見惚れていた。
「本日はどういったご用件で?」
「あ、そうだ、この都市について教えてくれ」
「はい、ここはレトニア王国の王都・アルディアです。人口は1万5000人ほど、面積は30平方キロメートルほどです。やはり王都ですので、この国最大の都市となっています」
(ということは人口密度は約500人、結構多い方だな……てかこの世界にキロメートルあんのかよ)
話を聞きながら綾斗はそう思った。
「他に用件はございますか?」
「レトニア王族について知りたい」
「王族ですか……ええと、外に見えるあの城に、レトニア王族は住まわれています。国王はネウリコ・リトニア様、妃はリリー・レトニア様です」
「娘は?」
「娘? リナ・レトニア様ですか?」
(お、王女がいるんだな。顔は知らないが候補にはアリだな)
「何歳ぐらいなんだ?」
「リナ様はつい先月17歳を迎えられました」
(17歳! 同い年か! うん、ますます気になる。早く逢ってみたいな)
綾斗の妄想が少しずつ大きなっていく。
「他にはありますか?」
「ん、ああ、じゃあ他の国について……」
「あ、はい。国についてですね、具体的には……」
綾斗の質問タイムは3~40分に及んだ。綾斗も疲れているし、窓口のお姉さんも大変そうだ。
「ほ、他にありますでしょうか……」
「じゃあ最後に……ギルドの場所と……家を買えるところを……」
「は、はい。ええ、ギルドはこの建物を出た大通りを右方向に進むと、外門の少し手前に国営ギルドセンターがあります。家を購入するなら、ギルドの真正面にある『ティオニス商会』へどうぞ」
「ティオニス商会……分かった、ありがとう」
こうして綾斗の人生史上、最も長い質問タイムは終了した。慣れない長話に二人は疲れ切っている。
「なんか……こんなに質問に答えてもらってすまない」
綾斗が申し訳なさそうに話すと、お姉さんは疲れながらも笑顔で、
「いいんですよ、これが仕事なので」
その言葉を聞いた綾斗はますます申し訳なくなった。
(どうしよう、なんか謝礼がしたいな……でも何を渡す? お、そうだ!)
何か思いついた綾斗は身に着けていたペンダントを首から外すと、
「これ、謝礼の意味で是非受け取ってほしい」
そのペンダントをお姉さんに差し出した。建前は謝礼であるが、本音を言うとプレゼントの意味もある。
「え? あ、いや大丈夫ですよ! そんな、謝礼だなんて……」
突然の出来事に窓口のお姉さんは困惑している。
「頼む、お願いだ。受け取ってくれ」
それでも綾斗は折れることなくガンガン行く。
「……分かりました。そこまで言うなら、有難く受け取りましょう」
ついに受け取ってくれた。綾斗は内心とても喜んでいた。
「ただし」
いきなりお姉さんが少し大きい声で言ったので綾斗はビクッとなった。するとお姉さんは小さな声になり、
「ただし、このことは絶対秘密ですよ」
「わかった、約束する」
綾斗はそう言うと、手元のペンダントを窓口のお姉さん手渡しした。この時、綾斗にはお姉さんが少し顔を赤らめているように見えたが、何も言わなかった。
謝礼(プレゼント)を渡し終えた綾斗は最後に、
「今日は本当に助かった。ありがとう」
少し照れ臭かったが、感謝の気持ちを述べた。お姉さんも少し照れながら、
「いえいえ、こちらこそ、こんなものまで頂いて……ありがとうございました」
この後少し無言が続いてから、綾斗は席を立ち、去り際、窓口の方に顔を向け、
「また何かあったら来るよ」
と少しいい声(のつもり)で言った。するとお姉さんは、はにかんだ笑顔を作り、
「ぜひ、またお越しください! 待ってますから!」
その言葉を聞いた綾斗の内心は超フィーバー状態にあった。だが、それは表に出さず、あくまでクールな表情で、
「ああ、分かった」
と台詞を残し、少し惜しみながら建物を出た。
この時、窓口のお姉さんが綾斗のハーレム候補に入っていたのは言うまでもない。
☆
インフォメーションセンターで綾斗が他に得た情報は次のようになっている。
『国』について
・「レトニア王国」「ラヴィア王国」「アウリス王国」「テオドーラ王国」
「ルアーナ王国」の5つの国が存在し、まとめるときは「五国」と呼ばれる
・大きな島を5分割して国はつくられている
・それぞれの国は山脈によって隔てられている
『通貨』について
・100ブロンズ(銅貨100枚)=1シルバー(銀貨1枚)、
100シルバー=1ゴールド(金貨1枚)、100ゴールド=1プラチナ(白金貨1枚)
・混乱を避けるため、通貨は五国で共通
『レトニア王国の主な都市』について
・アルディア … レトニア王国の王都であり、国内最大の都市
・ラフトン … ラヴィア王国に最も近い、最南端都市。アルディアに次ぐ
第二の都市
・フォルト … 北方に位置し、海に面している。貿易が盛ん、貿易額国内
1位
『ギルド』について
・ギルドセンターや民間からの依頼である「クエスト」を達成することで、
成果やランクに応じた報酬を受け取ることができる
・仕事内容は、モンスター討伐、資源採取、物品運搬、護衛など多くの種類が
ある
・ギルドランク(GR)は「ランクE」が初期値で、評価度や達成回数などでランクが上がっていく。ランクはE→D→C→B→A→Sの順に上がる
・依頼は一日に何回でも受けることができる
『モンスター』について
・モンスターは自然に発生するが、発生場所は大体決まっている
・同じ場所で数種類のモンスターが発生するところもあれば、同じモンスター
しか発生しない場所もある
・同じモンスターでもレベルや能力などには個体差が存在する。中には、何倍もの力を持った特異モンスターが生まれることもある
・モンスターは繁殖も行う
他にもいろいろと聞いていたが、「アルディアで一番美味い飯屋は?」「この国に可愛い娘は多い?」といった、くだらない質問ばかりであったのでここには記載しない。
☆
インフォメーションセンターを出た綾斗は、国営ギルドセンターに向かって商店街の中を歩いていた。
「しかし……人が多いな。まあ、それはいいことだとは思うけど」
アルディアは人が多いだけでなく、旅人や戦士なども多く訪れる。そのため、商店街は常に賑わっており、活気に溢れている。
そんな街を歩いていると、綾斗はこんなものを見つけた。
「りんご2個、1B……」
馴染みのある果物であるりんごがこの世界にあることには正直驚いたが、それよりも重要なヒントを綾斗は得た。
「現実世界だと、りんご2個は100円くらい……ということは1ブロンズ=100円ぐらいか?」
りんごの値段から、1ブロンズを円に直すことに成功した。また、1ブロンズの価値が分かれば、シルバーやゴールドなども円に変換できるため、すぐに計算した。
「えーと、100ブロンズで1シルバーなんだから、1シルバーは1万円。同じように変換すると、1ゴールドは100万円で、1プラチナは1億円……すごいな、コイン1枚が億の価値を持つなんて」
とはいえ、白金貨は存在はしているものの、流通することはまずない。現在ではもう発行していないため、国でも数十枚程度しか保有していないという。日本でいう弐千円札のようなものである。
「にしても、店多いな。もう20分くらい歩いてるけど商店街の終わりが見えない」
アルディアの商店街は五国の中でも最大級であり、全長は2キロメートルほどある。インフォメーションセンターは商店街の一番東側にあり、国営ギルドセンターは商店街の最西端に位置している。つまり、綾斗は商店街を端から端へと移動してるのである。加えて人も多いため、時間がかかる。
「ったく、なんでこんなに長くしたのかよく分からん」
商店街を造った誰かに向かって愚痴をこぼしながら歩いていると、やっとギルドセンターに着いた。所要時間は約30分。インフォメーションセンターの質問タイムと同じくらいの時間だ。
「はあ、やっと着いたぜ。時間がかかったが……まあいい。ここが俺の職場だ。仕事全部片付ける気で稼ごう」
そんなことを呟きながらギルドセンターへと足を踏み入れた。
ギルドセンターの中は、思っていたより綺麗で、整理されている。例えるなら、病院などの待合室だ。奥には窓口がいくつも並んでいて、そこには鎧に身を包んだ剣士や、杖のようなものを持った魔法使いなどがいろいろと手続きをしている。左奥の掲示板にはメモのような紙がいくつも貼られている。掲示板の上には『現在受付可能なクエスト』と書いてあったため、それがクエストの内容であることはすぐに分かった。
「さてと、入会手続きをするには……3番の窓口か。よし行こう」
窓口の前にはイスが置かれ、その奥には受付嬢らしき女性が座っている。仕切りはないものの、インフォメーションセンターとそっくりだ。
そんなことを思いながら綾斗は窓口まで行くと、受付嬢が「どうぞお掛け下さい」と言うのでイスに座った。
「新規ご入会ですね。お待ちください、資料を持って参ります」
座った途端に入会手続きが始まったのには少し戸惑ったが、顔には出さない。
数十秒ほどで、さっきの受付嬢が戻ってきた。手には水色とピンクの2枚の紙を持っている。すると、その紙を窓から出してきた。
「水色の紙には、名前や生年月日等を記入してください」
「ああ、分かった。」
そう言うと、綾斗は記入を始めた。ただ、能力10000倍の効果が効いているので、一瞬で書き終えた。
「このピンクの紙はなんだ?」
「そちらの紙は、入会に当たっての誓約書になります。全文に目を通していただき、最後にサインをお願いします」
確かにピンクの紙には黒の文字がびっしりと書かれている。しかし、綾斗は読解能力も10000倍なため、数秒で読み終えた。もちろん、内容は頭に入っている。サインもしっかり書いて、2枚の紙を提出した。
「確認しますね。えーと……はい、全て記入されていますね。では、会員証をお持ちしますので、少々お待ちください」
そう言って受付嬢はまた席を立った。
「これで俺もギルドの仲間入りか。よし、会員証を受け取ったら早速仕事しよう」
独り言で呟く。自分がモンスターを倒しているところを頭に思い浮かべていると、受付嬢が戻ってきた。さっき書類を持っていた手には、銀色のカードがあった。受付嬢がイスに座ると、そのカードを丁寧に差し出した。
「これであなたはギルドの会員です。もうクエストを受けることができますので、その際には1番の窓口へどうぞ」
「ああ、ありがとう」
感謝の言葉を述べると、綾斗は席を立ち、1番の窓口へと向かった。
1番の窓口は、ちょうど誰も並んでいなかったので、すぐに話ができた。
「ようこそ、クエスト窓口へ。今回はなんのクエストを受けますか?」
(あ、やべ、クエストの掲示板見てねぇ……)
張り切りすぎて掲示板の存在を忘れていた。チラッと後ろを見ると、すでに列ができている。
(ここで戻ったら長い列に並ばなきゃならないからな……よし、いっちょこれでいこう)
「あの、おすすめのクエストってあります?」
大胆な行動である。しかし受付嬢は戸惑うことなく答えてくれた。
「最近のおすすめは『猛獣狩猟クエスト』ですかね。報酬もそれなりですし。あ、でもこれ推奨ランクはB……」
「それにする」
即決。決め手は報酬の量、それだけだ。今はとにかく金が欲しかった。なにしろこれから家を買う予定だからだ。例え家を買わずとも、食べたりするには金が必要である。街で生きていくには最も重要なものだろう。
「でもお客さんランクEですよ? 大丈夫ですか?」
「問題ない。早く行きたい」
「はあ……そうですか……」
受付嬢は呆れ気味にそう言うと手続きを始めた。なにやら紙にいろいろと記入している。
「準備整いました。はい、こちらがチケットです」
初めて見るものだ。ザラザラとした紙に、読めない文字が刻まれている。
「あの、これどうするんだ?」
「あ、お客さん初めてですね? クエストに行く際にそのチケットを破ってください。するとその場所にワープしますから」
それに続けて、
「それと、クエスト中の事故や怪我について、こちらは一切責任を負いかねますので、ご了承下さい」
少しトーンを落として受付嬢は言った。忠告のつもりで言ったのだろう。しかし綾斗は聞いていない。早くチケットを破りたい、それしか考えていない。
「では、頑張ってくださーい!」
受付嬢がそう言った瞬間に綾斗はチケットを破った。