第7話 タイトルは難しくなくていい
冒頭を書き直し始めて一時間半。
ようやく、満足のいく第一話が完成した。
「できた……!」
一生懸命に頭を悩ませて思いを込めて書いただけあって、完成の喜びもひとしおだ。
これならアオイも文句は言わないだろう。今回はそれだけの自信がある。
これを足掛かりに、人気の作品に仕上げてみせるぞ。
「それじゃあ、早速保存して……」
文章データをパソコンに保存し、WEB小説投稿サイトのページを開く。
小説管理のページから『新しい小説を作成』のキーを選んで、クリック。
呼び出された基本情報入力のページに、必要な情報を入力していく。
小説のタイトル。ジャンル。キャッチコピー。紹介文。
小説のタイトルはもう決めてあるんだ。人目を引くような格好良い言葉を一日かけて考えたんだぞ。
僕はタイトルの入力欄に小説のタイトルを書き込んだ。
『忘却の黒牙』
書き終えたところで、アオイの声がした。
「それが小説の題名?」
「うん。そうだよ」
キーを叩く手を止めて僕は頷く。
ふうん、とアオイは鼻を鳴らした。
「雰囲気のある題名だね」
「だろ?」
胸を張る僕。
「一日かけて考えた自慢のタイトルだ」
「それは頑張ったねぇ」
偉い偉い、とアオイは子供を褒めるようなニュアンスで言った。
「でも」
その口調が、一転して評論家のものへと変わる。
「それだけだね」
……何だよ。褒めるだけ褒めておいて結局駄目だしするのか?
雰囲気が出てるって、今お前も認めたじゃないか。
思わず口を尖らせる僕。
「それだけって何だよ」
「雰囲気はあるけど、逆に言うとそれだけってこと。これじゃ実際に中身を読んでみないとどんな話なのか分からないじゃない」
それは当たり前のことなんじゃないか? 小説ってのは中身を読んで初めて話が分かるものなんだから。
アオイの言葉を訝って小首を傾げる僕に、アオイは続けた。
「タイトルってのはね、作品の顔なんだよ。全員がそうだとは言わないけど、大概の読者はタイトルを見て中身を想像して、読みたいと思えるかどうかで読む作品を決めてるんだ」
多数の作家がいて作品が乱立しているWEB小説投稿サイトでは、特にそういう傾向にあるのだという。
此処では作品のタイトル以外にもキャッチコピーや紹介文といった作品を紹介する項目があるが、それでも作品のタイトルが読者を惹き付ける一番の要素であることに変わりはないというのだ。
「格好良い言葉を使うのもいいけど、これじゃあ何のことを言ってるのか分からないよ。それを知りたいと思って中身を読んでくれる人はいるだろうけど……やっぱり、タイトルは誰が見ても『読んでみたい』って思えるような言葉を選んで作らなきゃ。変に飾ったり難しくする必要なんてないんだよ」
タイトルだけで中身を読んでみたいと思わせる……
僕は今まで、小説のタイトルは格好良いと思える言葉を選んで作っていた。
それこそ、言ってしまえば厨二病全開なんじゃって思えるようなタイトルばっかりだった。
それが小説のタイトルらしいと思っていたからだ。
──思えば。
最近の人気作家の作品やコンテストに入賞した作品のタイトルは、これが本当にタイトルなのかと思えるような内容のものばかりだったような気がする。
ふざけてるんじゃないかと思ったりもしたが、確かにそれらは立派に作品のタイトルとして機能していたのだ。
現に、それらの作品には多くの読者が付いているのだから。
……ふう、と息を吐いて。
僕は、書き込んだタイトルを消去した。
そして、新たなタイトルを入力する。
たん、とエンターキーを押して。
「……これでどうだ」
分かりやすく、シンプルに。
砕けた形の文章でも十分にタイトルとして機能するのなら、きっとこれくらいの文章がタイトルとしては丁度良いのだろう。
『耄碌魔王に守らせたい十の公約』
あはは、とアオイは笑った。
「耄碌魔王って。何それ」
「お前、僕が書いてた小説の内容を見てたんじゃないのかよ」
半眼になった僕の呻きをさらりと横に受け流して、彼は満足そうに言った。
「うん。こっちの方がいい。僕は同じ作品でもさっきの題名よりはこっちの方が読んでみたい気になるよ」
「そっか」
僕は画面に書かれたタイトルをじっと見つめて、頷いた。
「タイトルはこれでいくよ」
これで小説のタイトルは決まった。
次はキャッチコピーだ。




