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83 戦都プロエリウム防衛戦

 大地を埋め尽くすような魔物の大群が、整然と列をなして戦都プロエリウムへと向かっていた。

 その総数は五千を優に超えている。


 数字だけ見れば絶望的にも思えるが、その大半はイエローゴブリンやパラライドッグなどといった領域浅部の弱い魔物で構成されており、平民の兵士や低位の冒険者たちでも対処可能だ。

 貴族の騎士や上位の冒険者ならば囲まれたところで、危機に陥ることなどほとんどないだろう。


 である以上、数はそれほど問題とはならない。

 いやまったくならないとは言い切れないが、より大きな問題が別にあった。


 群れの後方にてそれらを統率する強力な魔物たちの存在だ。

 ワイバーンクラスならば、騎士たちなら数人がかりで対処可能だが、その上位種たるスカイドラゴンともなれば、まともに戦える人間は限られる。

 それが20体近く。

 それだけでも十分に厄介なのに、その上をいく存在がこの群れには存在していた。


 リントヴルムが生み出せし2体のドラゴン――ヘブンリードラゴンだ。


 彼らの鱗はその大半が黄色で染まっており、強力な電気を帯びているのが遠目からでもうかがえる。

 見た目はワイバーン系統のスリムの形状だが、しかしスカイドラゴンよりも更に巨大でその全長は30mを超えている。


 またリントヴルムと良く似た姿を持つ彼らだが、分かり易い相違点が2つほど存在した。

 一つはそのサイズで、リントヴルムの方は全長50mを超えており、大人と子供ほどの差がある。


 そしてもう一つは鱗の色だ。

 彼らの持つ鱗だが一部が変色しており、赤色が混じった個体にシエロ、青色が混じった個体にカエルムという識別名が与えられている。


 もっともこの場においてその名を知るのは、エステルとステラの2人しかいないのだが。


『ふーん。精鋭っぽい騎士たちが後方に回り込んでドラゴンたちを先に仕留める作戦っぽいね。あーあ。予想通り過ぎて面白くないなー』


「(あの……こちらの想定通りなのですから、歓迎すべきことなのでは?)」


 エステルたちは、そんな防衛側の戦術を最初から予期していた。

 もっともそれは彼女たちに先見の明があるからではなく、単に状況的に他に選択肢が無いからだ。


 いくら前方の弱い魔物たちを屠ろうとも、後方のドラゴンたちを撃退しない限り、防衛側に真の勝利は訪れない。

 特にスカイドラゴンなどは、1体でもその侵入を許せば都市に壊滅的な危機をもたらしかねない危険な存在なのだ。

 そして、その中心を飛行する2体に至っては、それすらも遥かに上回る驚異なのだ。

 

 戦力が疲弊していない今だけが、彼らを打倒する唯一にして最大のチャンスなのだ。


 討伐隊の帰還を待つという手もあったが、そちらとの連絡が通じずにいた。

 魔導具による通信だけでなく、異常を知らせるための連絡要員さえ一人も戻って来ない。


 討伐隊側にもなんらかの異常が生じていることは明らかであり、指揮するブラッドはもはや援軍は無いもの割り切って、行動を始めていた。

 

『彼らも可哀想にねー。誘き出されているとも知らずにさー』


「(例えそれが分かっていても、どのみち他に打つ手はありませんけどね……)」


 ドラゴンたちを放置し、前方の弱い魔物たちの殲滅に専念するのは悪手だ。

 仮にその全てを掃討できたとして、その時にはブラッドたちにもかなりの疲労が蓄積しているだろう。

 そんな状況下で、無傷のドラゴンたちと戦うのは無謀に他ならない。

 下位の冒険者たちや兵士なんかではただの足手まといにしかならない以上、頭数を揃える事にほとんど意味はないのだ。


 かと言ってブラッドたち精鋭戦力を温存するのはまず不可能だと言っていい。

 彼らを引き摺り出すべくスカイドラゴンたちが動くからだ。


 手始めに前方で戦う兵士や冒険者たちをブレスで次々と屠っていく。

 それでも尚ブラッドたちが動かないようならば、今度は城壁の破壊へと着手するだろう。

 それを無視すれば、次に襲われるのは戦都の街並みだ。


 そのような状況を放置しておけるはずもなく、結局彼らは遠からず出撃する羽目になるのだ。


 ならば疲弊が少ないうちに、群れの統率者を一気呵成に打倒し、勝利の可能性を掴み取る。

 ブラッドたちに取り得る選択肢は、初めから一つしか存在しなかった。  

 

 幸いにして戦都の守りは堅い。

 兵士や下位の冒険者たちだけでは心許ないが、城壁には多数の強力な魔導大砲が備え付けられている。

 玉数に限りはあるもの、弱い魔物を一掃するだけの火力はあり、ワイバーン程度なら上手く直撃させれば撃ち落とす事だって可能だ。


 主力を後方のドラゴンたちへと集中させても、当分の間は持ちこたえるはずだ。


『さてと、そんなこんなでいよいよ戦いが始まったねぇ……』


 戦都防衛の戦力は主に3グループに分けられる。


 その1つは兵士や下位の冒険者たちを中心に構成される。

 一番数が多い彼らは城壁から少し離れた地点で防衛線を敷いている。

 より正確に言えば、そのラインは魔導大砲の射程のやや内側となる。


 彼らの役割は、陸上を這って押し寄せる魔物を足止めすることだ。

 そうすることで魔導大砲の効果範囲により多くの獲物を収めることが出来る。


 2つ目は騎士多くや上位の冒険者たちで構成されるグループだ。

 彼らは主に遊撃的な活動を行う事になる。


 その主な目標は上空を飛行する魔物――ワイバーンだ。

 城壁ではその侵入を防げないため、一刻も早く仕留める必要がある存在だ。

 だが飛行する魔物の相手は難しく、だからこそ魔術を行使可能な彼らが対処を行う。


 そして最後が最精鋭の騎士たち20名からなる一団だ。

 それを率いるはこの国最強の騎士王ブラッドその人である。また妻カトレアもそれに同行している。


 彼らに与えられた役割は、大群の統率者たる2体のヘブンリードラゴンの討伐または撃退であった。

 だが2体の周囲はスカイドラゴンたちが固めておりその抑えも必要だ。

 彼らの戦いの趨勢(すうせい)によって戦都の――ひいてはテイワズ騎士王国の命運が決まる。

 そんな気合いを――覚悟を背負っての出陣だ。 


「(……しかし困りましたね。まさか治癒魔術の腕前を喧伝し過ぎたせいで、後方に回されてしまうとは……)」


 卓越した再生魔術の腕を買われ、エステルは後方にて負傷者の治療の役割を与えられていた。

 これでは予定していた戦果を挙げられない。そう危惧するエステル。


 一方でステラの方は、この状況に対しあまり不安を抱いていない様子だ。


『うーん。別に問題ないと思うけどね。再生魔術をばら撒くだけでも十分に功績は稼げそうだし。それにぶっちゃけさー。普通にやったら、こっち側にまず勝ち目は無い戦いだよ? あの王様はそこそこ強いみたいだけど、あの2体相手じゃ荷が重いだろうし』


 時間の経過と共に魔物側へと天秤が傾いていけば、いずれエステルにも出番は回ってくる。そう主張するステラ。


「(あの2体はそれ程強いのですか?)」


『まあねぇ。2体合わせてもリントヴルムにはまず及ばないだろうけど、その足元くらいには迫れるかも? って感じだね』


「(……なるほど? 正直良く分かりませんね)」


『まっ、今の君じゃ足元にも及ばない存在って事さ』


「(……なんとなく理解は出来ましたが、少し不愉快な事実ですね)」


 珍しくエステルが少し拗ねたような表情を浮かべている。

 以前よりも情緒が育ったのか、彼女の中にも自尊心らしきものが芽生え始めているようだ。


『ふふっ、やっぱり君は可愛いねぇ』


 そんなエステルの姿を微笑ましく思うステラ。


 そうして2人が呑気に過ごしている間に、戦場の熱はドンドンと高まっていく。

 それらは後方にもすぐに伝わる。


「エステル! こっちに来て手伝って! 負傷者がドンドン運ばれてくるわよ!」


「分かりました。直ぐに向かいます」


 同じく後方へと配置されたカレンの呼ぶ声に応じて、エステルもまた与えられた戦場へと向かうのだった。



 魔物の大群との戦端が開かれ、多くの兵士や冒険者たちが戦都を守るべく死闘を繰り広げていた。

 そんな中、ブラッドに率いる20名の精鋭騎士たちが群れを大きく迂回し、その後方へと辿り着きつつあった。


「カトレアよ。あれの相手は任せられるか?」


 ブラッドの視線の先には、隣り合ってゆっくりと飛行する2体のヘヴンリードラゴンの姿があった。


「当然……と言いたいところだけど、残念ながら厳しいと言わざるを得ないわね」


 常に自信に満ち溢れたカトレアだったが、この時ばかりは流石に見栄を捨てて事実だけを述べる。


「そうか……。やはり兄者とリオンの不在が痛いな」


 アンズーの存在は目下の最大の懸念事項であり、だからこそ2人の投入をブラッドは決断した。

 一時的に戦都プロエリウムの守りが薄くなることは織り込み済みだったが、近隣諸国への備えは十分にしてあり問題はなかったはずだ。


 だがそんな彼の予想は容易く覆される。

 魔物の領域からこのような大侵攻が発生する事などまるで予想しておらず、結果として彼らは窮地に陥っていた。


「そうね。でも2人が――いえ例え討伐隊の全員がこの場にいても厳しい相手よ、あの2体のドラゴンは……」


「……うむ。一瞬かの星雷竜かと見紛う程の圧力を感じたからな」


「2体いる以上、あれがリントヴルムって事は無いんでしょうけど。だとしたら本物は一体どれだけ凄いのかしら……」


 カトレアがウンザリした表情でそう呟く。

 彼女とて義務を背負っていなければこの状況を楽しんだのだろうが、今はそれが許される立場にはない。


「だとしても我らが王族である以上、あれらは必ず打ち倒さねばならぬ」


「ええ分かってるわ。雷鳴剣の名に懸けて片方をどうにか抑えて見せるから、その隙にもう1体を頼むわよ」


「ああ、わしも騎士王の名に懸けて誓おう。お前たちも援護を頼むぞ」


「はっ、お任せあれ!」


「我らその一命を賭してでも、連中を抑えてみせます!」


 この場にいる騎士たちは2人には劣れど皆が精鋭中の精鋭だ。

 上級魔術さえも操り、ワイバーン程度ならばみな単独で撃破可能な実力者ばかりが揃っている。


 だがそんな彼らであっても眼前の2体のドラゴン相手では大した戦力にはならない。

 目下の彼らの相手はヘブンリードラゴンではなく、その周囲を飛行するスカイドラゴンたちであった。

 その数およそ20弱。

 

 数の上ではほぼ互角だが、その戦力までは互角とはいかない。

 命を賭さねば抑えることさえ困難な相手だ。


 それでも彼らは戦う。

 故郷の都市を守るため、そしてテイワズ貴族としての義務を果たすために。


戦ってTUEEEするつもりが、後方行きとなったエステル。


どうしても再生ばかりに目がいきがちな彼女の治癒魔術ですが、実は治療速度の面でも超優秀なのです。

属性魔術を使えないため、数を潰すのには不向きという事もあって、実はそれほど的外れな運用でもなかったりします。

もっともそうなった最大の理由は、ドルヴァンさんの気遣いではありましたが。


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