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72 雷平原の最深部

 刻印の儀式を恙なく終え、あっさりと雷の小聖印を入手したエステル。

 そして今度こそムジョルニア雷平原の最深部へと移動を開始する。


『魔力切れの心配はこの際しなくていいからさ。ともかく常時隠形状態を維持することに線ねんするんだよ』


「ええ、分かっていますよステラ」


 雷鳴轟く平原を一人突き進む進むエステル。

 漆黒の大鎌――ハルパードゥンケルの持つ権能の一つ"隠形"の力のおかげで、今のところ魔物との戦闘は避けられている。

 そして以前にドルヴァン達と共にやってきた付近までへと無事に辿り着く。だが問題となるのはここから先だ。


『もう落雷の回避は考えずに行こうか。下手に避けようとして道に迷っちゃう危険を考えれば、魔力防壁を使った方が君の場合はましだしね』


「ええ。どの道ここから先の避雷樹の分布なんてわかりませんし、そのようにしましょう」


 ここまでは前回と全く同じルートを辿る事で落雷を極力避けながら安全に進む事が出来た。

 だがこの先がどうなっているかをエステルはほとんど知らない。


 一応ステラは来た事あるはずなのだが、もう千年は昔の事であった上、落雷をわざわざ避ける必要がない彼女はそんな事など気にしたことが無かったのだ。

 ならばと割り切って目的地へと直進する事で、道に迷わない事を最優先にすることにしたのだ。

 当然、落雷による被害は避けられないだろうが、エステルの魔力量ならばそこまで問題にならないはずだ。


 そうして落雷が降り注ぐ中をエステルはひたすら真っ直ぐへと進んでいく。落雷が何度も彼女の身体へと突き刺さるが、それらはエステルの魔力と引き換えに魔術防壁によって全て無力化される。


「肉体にダメージは無いのですが、やはりどうも落ち着きませんね」


 落雷による直接的な損傷はなくとも、その轟音はエステルの心をざわつかせる。


『君が属性魔術を使えるなら取れる手段もあるんだけどね。まあ現状は我慢するしかないね』


「……そうですか。本当に早く属性魔術を覚えたいものです」


 ポツリとそう本音を漏らすエステル。


 絶え間なく降り注ぐ落雷の煩さに悩まされながらも平原を駆けて行く。

 その後も目立った問題は発生せず、彼女はドンドンと奥地へと突き進んでいく。


「あれは……」


 ワイバーン達の生息域を抜けて、いよいよ最深部付近へとやって来たエステル。

 そんな彼女の前に現れたのは、上空を優雅に飛行する巨大なドラゴンの姿だった。シルエット自体はワイバーンに近いものの、翼とは別に前足を有する点で異なっている。


 その姿を認めた瞬間、エステルは思わず武器を身構える。強敵に対する咄嗟の行動だ。


『ああ、スカイドラゴンだね。あれが居るって事はリントヴルムの住処までもうすぐだよ』


「はい? あれがリントヴルムでは無かったのですか……?」


 そんなステラの答えに対し、珍しくエステルが驚愕で表情を固めていた。


 エステルの視線の先で悠遊と空を泳ぐスカイドラゴンだが、そのサイズは遠目からでもワイバーンよりも随分と大きい事が窺える。

 ワイバーンでさえそこらの馬車よりも遥かに大きい巨体を持つのだ。だが頭上を泳ぐドラゴンはそれすらも上回る巨体なのだから、その大きさの程は察せよう。


『ノンノン。リントヴルムはあんなのよりももっとずっとおっきいよー』


 だがそんなスカイドラゴンでさえ最上位の魔物ではなく、更にその上に君臨する魔物が存在するのだ。


「それはまた……なんともスケールが大きい話ですね」


『そだねぇ、とは言っても聖域の長たち全部が大きいって訳じゃないけどね。メタトロンやルシファーなんかは割と小さいからね。ああでも逆にベヒモスやリヴァイアサンなんかは、あんなのとは比較にならないくらいに大きいよ』


 身体の大きさは強さを示す分かり易い指標のようにも思えるが、魔術や魔力があるこの世界においては決して絶対のものではない。

 現にまだ子供のエステルが、巨大なワイバーンを容易く打ち倒しているのだから。


 とはいえ、巨躯が与える威圧感というのはやはり拭い難いものでもある。


「なるほど……本当に世界は広いのですね。あの国を飛び出してやはり正解でした。いずれそのような魔物たちを打ち倒せる魔導師へと私は成らなければなりませんね」


『そだねぇ。君の努力次第ではあるけれど、きっと出来るさ』


「……そうですか。では、あのドラゴンなら今の私でも倒せますか?」


 エステルが上空をゆっくりと旋回している巨大な影へと目を向ける。


『そだねぇ。その武器を上手に使えば、もしかしたらいけるかもね』


 エステルが手に持つ漆黒の大鎌――ハルパードゥンケルは複数の優れた権能と、何より刃物として優れた切れ味を有している。

 ワイバーンよりも更に強固な鱗を持つスカイドラゴンであっても、マトモに受ければ流石に無傷では居られない。


『それで、もしかして戦うつもりなの?』


「……いえ、やめておきましょう。今は当初の目的を優先します」


 エステルとしても強敵と戦ってみたい気持ちは多分にあったが、今は自重する。


『大人だねぇ。じゃあ行こうかリントヴルムの下へ』


「ええ。かの星雷竜がどれほどか。とても楽しみですね」


 かくしてエステルはスカイドラゴンとの交戦を避けて、雷平原の更なる奥地へと進んでいく。

 そうしてついにその最深部へと辿り着くのだった。


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