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7 王妹リリアーヌ

本日更新1回目です。


続きは夜の予定です。

 ハインリヒの正妻であるリリアーヌは、自室にて人知れず怯えていた。

 

「話とは一体何なのでしょうか……」


 つい先ほどハインリヒより大事な話があるとの事で、人払いをして自室でその訪れを待っていた。

 だがその事を告げられた際に、これまで見た事が無いような緊張感に溢れた表情を夫がしていた事が、彼女を怯えさせていた。



 王妹として丁重に扱われるリリアーヌであったが、彼女はその立場をずっと疎んでいた。

 生来彼女は引っ込み思案な性格であり、本来ならば歴史ある侯爵家の末娘として、どこぞの二流貴族の元へと嫁ぐはずであった。単なる政略結婚の駒扱いだったが、しかし彼女はその運命を受け入れていた。むしろそれくらいが自分には相応であるとすら考えていたのだ。

 実際には彼女の魔術の素質は、ハインリヒのように飛び抜けて優秀とまではいかなくとも、侯爵家の娘としても十分過ぎる程ではあったのだが、本人の自己評価は決して高くはなかった。


 だが何の因果かリリアーヌの実兄ユリウスがユングヴィ聖王の座に就いてしまった事で、彼女の運命もまた大きく移ろい始める。

 大戦で親族を多く失った聖王ユリウスに残された唯一の妹としてその価値を見出され、英雄ハインリヒとユングヴィ聖王家の縁を結ぶ為の駒として扱われる事となった。それだけならばまだ我慢出来たリリアーヌであったが、事態は彼女にとって更に悪い方へと進んでいく。

 ハインリヒの本来の正妻であるローゼンマリアを押しのけ、彼女がその席に座るという話が飛び出したのだ。


「いくらなんでもあんまりですわお兄様! これではわたくしがハインリヒ様に恨まれてしまいます!」


 当時からハインリヒは人格者として知られていたが、同時に妻であるローゼンマリアとの仲睦まじさも有名であった。

 そんな夫婦の間に割って入るだけでも大変であるのに、それが正妻を押しのけてとなると、いくらハインリヒであってもその内心に不満を抱きかねない。この縁談自体が元々聖王家が半ば無理矢理にハインリヒへと押し付けたモノなのだ。その上、更にそのような無理を通してしまえば、縁談の本来の目的そのものが揺らぎかねないとリリアーヌは危惧しているのだ。


「私もそれは理解しているんだが、な……」


 当初はユリウスも、リリアーヌがハインリヒの側室となる事を認めていたはずであった。だからこそリリアーヌはこの気の進まぬ縁談を受け入れたのだから。それを今になってその前提を覆されては堪らないと彼女が考えたのは無理もない事であった。


「ローゼンマリア殿が平民出身である事を許せない老人達がどうにも多いらしくてな」


 困り顔でそう呟くユリウス。


「ですが今のあの方は、もう立派な貴族なのですよ!」


 ローゼンマリアが大戦の功績をもって名誉貴族の地位を得た以上は、貴族の一員として扱うのが本来ならば筋である。


「勿論それは分かっている。だがな、この国には血がなんだと口ばかり煩い連中が多く巣食っている。そして残念な事に、私の立場ではそんな彼らの声を無視する事は難しいのだ。その事をどうか理解して欲しいリリアーヌ」


 ユリウスのそんな言葉を聞き、なんともまあ愚かな考えを持つ者たちがいるのだと、リリアーヌはただただ愕然としてしまう。

 そもそも魔術を扱える以上は、貴族の――いや始祖達の血を受け継いでいる事はまず間違いないのだ。その上ローゼンマリアは非常に高い魔術適性を有している。彼女以上の魔導師ともなれば、双聖国においてもたった2人しか存在しないのだから。

 

 もしそんなローゼンマリアを貴族として認めないのならば、双聖国のほとんどの貴族は、その成り立ちを鑑みれば貴族足り得ないのではないか。そんな主張を兄ユリウスへと投げかけるリリアーヌ。


「そんな事を其方が考えていたとはな、リリアーヌ。静かな娘だとは思っていたが、存外その内に秘めた想いは熱いようだ」


 そう言いながら子供をあやすようにして妹の頭を撫でるユリウス。


「だがこれはローゼンマリア殿の希望でもあるのだよ。平民出身の彼女にはハッキリとした後ろ盾が無いからね」


「それならばアレクシス様はどうなのですか?」


 三英雄の一人アレクシスは、ローゼンマリアを見出した人物であり、かつての彼女の上司でもある。彼ならば後ろ盾としては十分ではないかと、尚も言い募るリリアーヌ。だがそれを諭すようにしてユリウスは語る。


「おいおい彼はヴァナディース聖王なのだよ。そんな彼にユングヴィ領の人間の後見など許される訳がないじゃないか。それにだリリアーヌ。ローゼンマリア殿は、ただでさえ先の大戦において臆病風に吹かれていた無能な連中のやっかみを買ってしまっているのだ。これ以上の無用な恨みを買うのを避けたいという彼女の心情もどうか汲み取ってやっては貰えないだろうか?」


 そこまで兄に言われてしまえば、本来気弱なリリアーヌにそれ以上の抗弁は難しかった。


「……分かりましたわ、兄上」


「どうか、ローゼンマリア殿のことを頼む」


「……はい」


「……それと、その……なんだ。まあハインリヒは優しい男だ。きっと其方の事だって大切にしてくれるだろう。だが、それでももし何かあったらいつでも私を頼りなさい。王である前に私は其方の兄なのだから……」


「お兄様……っ」


 ユリウスの言葉に感極まったリリアーヌは思わず兄へと抱き付いてしまう。そうして彼の胸の中でむせび泣くのだった。



 そんな覚悟をもってハインリヒへと嫁いだリリアーヌだったが、しかし現実は悪い方へとばかり転がっていく。

 ローゼンマリアの意思に沿ってハインリヒの正妻となったリリアーヌだったが、なぜか彼女がローゼンマリアを押しのけたという噂が流れてしまう。それでも当のローゼンマリアとハインリヒの2人が理解を示してくれていたので、最初のうちは特に目立った問題は生じなかった。

 

 事態が明確に悪化し始めたのは、彼女が嫁いでから1年近く経った頃だ。


「そんな。一体誰がこのような惨い事を……」


 ローゼンマリアが何者かの手によって白昼堂々惨殺される事件が発生してしまう。産後の体調がどうにも優れないローゼンマリアではあったが、それでも彼女の実力は本物だ。そう易々と暗殺出来るような相手ではない。何より彼女が抵抗した様子が無かった為、顔見知りによる犯行の線が濃いと判断された。

 そうなるとまず疑いの目が向けられたのは、当然ローゼンマリアとの不仲の噂が流れていたリリアーヌであった。もちろんリリアーヌの犯行ではなく、その疑いは事実無根なのだが、ローゼンマリアが警戒を緩める相手など家中にもそうはいない。噂に反してローゼンマリアとリリアーヌの仲が実は悪くなかった事が裏目となって、ハインリヒの疑心さえも呼んでしまう結果となってしまったのだった。


「なぜこのような事になってしまったのでしょうか……」


 ハインリヒはその事でリリアーヌを問い詰める事は無かったのだが、しかし信じ切る事も出来なかったらしく、以来2人の仲はギクシャクしたものとなってしまう。

 外からは不仲の噂故に、内からは逆にその仲の良さが原因で疑いの目を向けられてしまい、徐々に憔悴していくリリアーヌ。

 近年の彼女は、シュヴァイツァー伯爵家の正妻の身にありながら社交の場へと赴く事は殆どなく、一日をただ屋敷内で静かに過ごすだけの日々を送っていた。夫ハインリヒとの会話も徐々に少なくなっていき、娘と息子、2人の子供を産んで以降は閨を同じくする機会さえも無くなっていた。



 コンコンコン、と扉をノックする音が響き、リリアーヌは現実へと引き戻される。


「失礼するよ。リリアーヌ」


 そんな声と共にハインリヒが部屋の中へとやってくる。

 この後、ハインリヒの口から一体どのような言葉が紡がれるのか。その恐怖とリリアーヌはたった一人で戦っていたのだった。


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