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61 発見

ちょいグロ注意です。

 グラント捜索のためドルヴァンと共に更なる奥地へと進んでいくエステル。


「ふむぅ、この黒マントの効果は凄まじいのう。一つわしに売る気はないかの?」


 これまで何度となくワイバーンなどの魔物とニアミスを果たしたが一度も察知されていないかった。

 どうやらステラが危惧する程には彼らの鼻は利かないようだ。


「申し訳ありませんが、在庫が少ないのでお断りさせて頂きます」


 開発者のステラならば作製方法を知っているので時間を掛ければ生産も可能だ。

 しかし素材や設備などの準備にそれなりの手間が掛かるので今は保留の状態であった。


『ボクが肉体を取り戻せれば、こんなのいくらでも作って上げるんだけどね』


 どうやらステラ的には相当な大昔に造った物らしく、今の彼女ならばより性能が高い物を簡単に作れるそうだ。

 そもそも私室に転がっていたほとんどがそんな感じで、開発や改良の半ばで投げ出され長期間放置されていた物ばかりのようだ。


「(ステラはどうも飽きっぽい性格のようですね)」


『……うるさいなぁ。飽きっぽいんじゃなくて単に好奇心が旺盛なだけだよ』


 拗ねたようにしてそう呟くステラ。


「しかし奥地へと来ただけあって、魔物の数が随分と多いですね」


 この一帯の支配者はワイバーンのようだが他にも魔物は何種類か存在している。以前、エステルが撃退したサンダーブレイドウルフの上位者たるインパルスガルムもその一種であった。


「狼型の魔物は嗅覚が優れていると思っていたのですが、案外気付かれないものですね」


『うむ……。あ奴らは嗅覚と同様に視覚もかなり優れておるからの。その所為で嗅覚による判断を信じきれんかったのじゃろうて』


 実際、近くを通りかかったインパルスガルムが、何度かエステルたちの方へと視線を向けた事があった。だがいずれもエステルたちの存在に気付く事はなかった。


 その原因は、姿を視認出来なかったせいで嗅覚による察知を何かの間違いであると判断したためらしい。


 生物とは一般に情報量や精度に優れた感覚に従って物事を判断する。人間ならば大抵の場面ではそれは視覚となるだろう。

 狼などが嗅覚や聴覚に頼るのは、単にそれらが視覚以上に優れているからに過ぎない。


 ドルヴァンの話を信じるならば、インパルスガルムたちはなまじ視覚が優れているせいで、そちらの情報をより重視するように判断基準が変化しているようだ。


「(やはり個々の魔物の生態を知る事は、冒険者をやっていく上で大変重要な事なのですね)」


『それはどうだろ? ボクなんかだと、力で何でも押し通せちゃうから特にそんな事気にした事なかったなー』


 折角、エステルが感心していたところにわざわざ水を差してくるステラ。


「(はぁ……。まあそんなステラだからこそ、頼り甲斐もある訳ですが……)」


 そんなやり取りを2人が内心で繰り広げているうちに早くも目的地周辺へと辿り着いたようだ。

 "認識阻害マント"のお蔭でハイペースで移動出来た事も影響しているのだろう。音を殺す必要が無い分、より素早い移動が可能となった訳だ。


 逃げ延びた冒険者らの話によれば、この先の平原でワイバーンの大群に包囲を受けたようだ。

 もしグラントが生きていれば――あるいはその死体は、この近くに存在する可能性が高い。


「大群がおるような気配は感じぬが、ゆめゆめ油断はせぬようにな」


 包囲された冒険者たちとて領域深くを行軍していた以上、十分に警戒はしていたはずだ。

 数の力をつかって警戒範囲の外からゆっくりと包囲網を狭めたのだと推測される以上、現時点で察知できなくとも決して予断は許されないのだ。


「ええ、分かっております」


 しかし油断などという言葉は、良くも悪くも常に全力のエステルにはあまり縁の無い言葉だ。

 実際、ステラとの会話に興じつつも周辺の警戒が疎かになった事は一瞬たりとて無いほどだ。

 

「グラントの奴め。どんな姿でも構わぬからせめて生きてさえおれば……」


 そうすればエステルの再生魔術によって救える。ドルヴァンはそう考えているのだろう。


 そしてそんな彼の願いは思わぬ形で確かに叶えられた。


「……あれは何でしょうか?」


 エステルの視線の先には、一本の巨大な避雷樹が存在していた。

 だがその避雷樹は通常の姿とは異なり、その葉を全てそぎ落とされてしまっていた。

 

 そして露わとなったその先端に何かが括りつけられていた。


「あれは……まさか!?」


 視力強化によってその正体を確認したドルヴァンが驚愕に目を剥く。そしてすぐに湧き上がった怒りで全身を震わせる。

 それに僅かに遅れてエステルもその正体を悟った。


『あちゃー。あれって、もしかして人間じゃない?』


「(ええ、どうもそのようですね)」


「グラントッ!」


 エステルには人間だとしか判断がつかなかったが、どうやらドルヴァンには誰か分かったようだ。

 猛烈な勢いでそちらへと駆け寄るドルヴァン。エステルもそれに追随する。


「やはりグラントか……(むご)い事をするものじゃ……」


 そう呟くドルヴァンの声は、悲嘆と怒りに震えていた。


『うわぁ。すっごく痛そう。ああ、見せしめって奴かな? 趣味悪いねー』


 禿げ上がった避雷樹の先端には括りつけられていたグラントは、その四肢を全てもがれていた。

 端正な顔立ちは見るも無残に腫れ上がり、両眼は抉られ耳や鼻もそぎ落とされていた。

 歯もほぼ全てが折れており、顎さえも砕かれたのか口が開っきぱなしの状態だ。

 挙句に腹から引き摺り出されたらしい内臓の一部が肉体へと巻きつけられていた。


 そして何より悲惨であったのが、このような有様にもかかわらず彼にまだ辛うじて息がある事だった。


『うーん。敢えて簡単には死なないように変な治療を施したっぽいねぇ。ホント趣味悪いなぁ』


 ステラが嫌悪感も露わにそう吐き捨てる。

 これだけ滅茶苦茶にされながら、今はほとんど血を流しておらず、そのせいか苦しむばかりで死ねずにいたのだ。


「……ともかく下ろしてやろう」


 急いでグラントを縛り付けていた草縄を解き、その肉体を地面へと横たえるドルヴァン。

 こんな有様であっても仲間の気配を察したのか、瞳のない眼窩が何かを探すように微かに動く。

 同時に口も僅かに動いたのだが、僅かな呼吸音がただ漏れ出るだけだ。


「ここまで酷い状態では、もはや再生魔術でもどうにもならぬな……」


 四肢の損傷だけならばどうにかなったのだが、内臓の一部までもが引き摺り出されており、もはや手の施しようがない状況だ。


「少々お待ちを」


 せめてこれ以上苦しまないように、止めを刺そうとするドルヴァン。

 しかしそれをエステルが制止する。


「(この方の治療は、魔術によって可能ですか?)」


 流石のエステルでも、ここまで酷い状態の治療は行った事がない。故に出来るか治療できるか自信がなかったのだ。

 なのでステラへとそう尋ねる。


『ボクならまず余裕だね。君ならちょっと練習すれば出来るようになるんじゃないかな?』


 その問いを自分へと肉体の支配権を譲り渡す前振りだと判断するステラ。


「(なるほど、練習すれば可能なのですね)」


『まあそうだけど、練習してる暇なんて……』


 それ以前に練習台がまず存在しない。

 当然、目の前で今にも死にそうなグラントで練習する訳には行かない。ならばエステルに取り得る手段はただ一つ。


「少しだけお待ちを。今から練習してすぐに習得しますので」


「な、何をじゃ……?」


 ドルヴァンが怪訝そうな眼を浮かべたのも一瞬のこと。

 すぐさまその瞳は焦燥で一杯となる。


「なっ、何をしとるんじゃ!!」


 ドルヴァンが悲鳴のような叫び声を上げる。

 それもそのはず、エステルが自身の腹を掻っ捌いでその内部へと手をつっこみ、自らの内臓を引き摺りだしていたのだ。


『ちょっ、何してるのさっ!?』


 あまりにあんまりなエステルの行動に対し、ステラもまた悲鳴を上げる。


「これは……辛い、ですね。ですが……だからこそ身になる……のです」


 周囲が驚愕と焦りで混乱している中にあって、当の本人だけは脂汗と流血を垂れ流し真っ青な顔をしながらも、引き摺り出した内臓を撫でまわしてその形状の把握へと努めていた。


「大体……理解出来ました」


 分析が完了したのか手に持っていた内臓をその場へと放り投げ、流血まみれの自身の腹部へと手を添えるエステル。

 そこから柔らかい光が漏れ出て開いた傷が徐々に塞がっていく。

 またそれと同時に失われた内臓が復元していく様子も見えた。


『はぁ……。良かったよ……』


 治療が進むと共にエステルの肌に血の気が徐々に戻っていく。

 宿主が窮地を脱した事でステラもまた安堵の息を吐く。


「お主……」


 ドルヴァンに至ってはもう何を言っていいのか分からないらしく、ただ黙ってエステルの様子を眺めている。

 そんな混乱の極致にあって、それでも周囲の警戒だけは怠らない辺りは流石は歴戦の勇士なのかもしれなかった。


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