6 古の大魔導師
本日更新2回目です。
続きは明日となります。
「目的の本は中々見つかりませんね」
何の偶然か図書館の隠し書庫へと迷い込んだエステル。
これ幸いと双聖国の秘奥たる魔導書が数多く眠るこの場所で、自身が抱える保有魔力0という問題を解決する手掛かりを探していた。
「大変興味深い内容ばかりなのですが、今の私では宝の持ち腐れにしかなりませんね」
心底残念そうにそう呟くエステル。
実際この隠し書庫に収められている魔導書は、図書館の蔵書と比較してもどれも貴重なものばかりだ。
禁呪に関する記述に始まり、貴重な魔導具の作成方法などや国家の最重要機密である刻印の儀式や継承の儀式に関する書物まで存在していた。
だがそのどれもが多くの魔力を有する事を前提とした内容であり、今のエステルの助けとはなりえないのだ。
「ですが貴重な知識である事に変わりはないのです。いつか役立つと信じて少しでも多くを学ぶとしましょう」
どのような理由があってこの場所へ入れたかは不明ではあるが、再度の入場が叶うなどと根拠の無い確信を抱く程、エステルは楽観的な人間ではない。彼女は今自分に出来る最善を尽くすべく、ただ努力を続ける。
「何でしょうかこの箱は?」
片っ端から魔導書を読み漁っていると、本棚の隅に金属の箱が置かれている事に気付く。
「なんでしょうか、これ?」
周囲を金属の鎖で雁字搦めにされており、如何にも中には大事なものが入っていますと言わんばかりだ。
「怪しいですね。……鍵はどちらでしょうか?」
ダメ元で隠し書庫内を探索するも、それらしきものは見つからない。
「仕方がありませんね。力でこじ開けさせて頂きます」
音もなく懐から短剣を取り出したエステル。母の形見のその短剣の切れ味は、魔力を持たないエステルが用いても十分すぎる程に鋭い。扱い方次第では、下級魔術師の張る防壁程度ならばあっさりと切り裂いてしまう程の威力を発揮する事も可能だ。
シュッ!
眼にも止まらぬ速さで短剣が振るわれ、一瞬の内に鎖ごと金属の箱がバラバラに解体される。
「中にも箱ですか。これはもしかして当たりなのでしょうか?」
物理的に厳重な封がされた箱の中には、また別の小さな箱が入っていた。その表面には複雑な紋様が刻まれており、見るからに怪しい代物である。
「丁度分厚い本がギリギリ一冊入るくらいの大きさですね。中には一体何が隠されているのやら」
もしかしたら中にはエステルが求める物が隠されているかもしれない。そう思えば、期待感は否応なしに高まる。
だがいざ中身を見ようと開け口を探すも、どこにも見当たらない。
「では今度も同じように」
そうして再度、エステルの短剣が振るわれる。だが先程とは異なる結果が待っていた。
ガキィィン!
「これは……相当硬いようですね」
エステルの放った鋭い剣撃は。しかし箱の護りにあっさりと弾かれてしまった。箱には傷一つない。
「……強硬突破はどうも無理そうですね。流石にそう甘くはありませんか」
何度か狙う場所を変えるなどしてどうにか箱の破壊を狙うも、有効な成果は認められなかった。仕方なしに正攻法での開封へと立ち戻るエステル。
「見たところ、何らかの魔術によって封じられているようですが……」
表面に刻まれた紋様が恐らくその役目を果たしているのだろうが、この半年間数多の魔導書の叡智に触れてきたエステルでさえも初めて見る代物であった。
「これはなんでしょうか? 紋章のようですが、何か妙ですね」
箱の上面には2つの紋章が重なりあっていた。よくよく観察すれば、それらがユングヴィ聖王家とヴァナディース聖王家の紋章である事が見て取れる。ここが両王家の管理下にある以上、それ自体は不思議ではないのだが、問題はその紋章をわざわざ重ね合わせている事だ。
「このようなものは初めてみましたね」
王家の紋章を重ねるなど、不敬もいいところの所業であり、実際このような紋章をこれまでエステルは見た事が無かった。
「重ねる事に何か意味があるのでしょうか?」
だが王家に対する敬愛心など欠片も持ち合わせていないエステルにとっては、不敬さなどどうでもいい。ただ未知であるという事実が彼女の好奇心を大いに刺激する。
興味に駆られ、いざ彼女がその重複紋章へと手を伸ばしたその瞬間――紋章が白と黒の2つの輝きを放ち、ゆっくりと箱が開かれていく。
「これは……」
箱の中にはその形状通りに、一冊の本が収められていた。
その事実に気を取られ、何故箱が開いたのかという疑問は一瞬で吹き飛んでしまう。
「さて問題はその中身ですが……」
どれだけ希少な魔導書であっても、それがエステルの問題解決に繋がらなければ現状あまり意味は無い。
期待と不安を綯い交ぜにエステルがその本を手に取る。
「表題は無しですか」
本の表面には外箱以上に複雑な紋様が折り重なっていた。その一事だけ取ってみても、この本がただの魔導書ではない事は明白だ。
「果たして何が記されているのでしょうか?」
一人そう呟きながら本のページをめくるエステル。
『ああ、長かったなぁ。待ち人ついに来たる、ってとこかな』
ふと、そんな男とも女ともつかない中性的な声がエステルの頭の中で響いた。
「はい? どなたでしょうか?」
それに対しエステルは表情を変えぬままそう反応する。
『ふふっ、ボクはこの魔導書に封じられし偉大なる魔導師さ』
「はぁ、そうですか。それで私に一体どのようなご用件なのでしょうか?」
『ふぅん。こんな状況でもあまり驚かないんだね。まあ流石はスペアに選ばれただけの事はあるのかな?』
「スペアですか? 何のお話なのでしょうか?」
『君には悪いとは思ってるよ。でもボクだって必死なんだ。だからホントごめんね』
疑問に対し率直にエステルが尋ねるも、どうも会話がイマイチ噛み合わない。
「はて、何を謝っているのでしょうか?」
『それはね。君の肉体をこれからボクが頂くからさ』
そんな言葉が響いた次の瞬間、エステルの全身に電流が奔る。
「これは……」
『君の精神を食らい尽くし、ボクがこの身体の新たな支配者となるんだ。だから悪いけど君には消えて貰う事になるんだ。ゴメンね』
喋る内容とは裏腹に声の調子は至って軽い。謝罪も形だけに過ぎない事がすぐに分かってしまう軽薄さであった。
「そうですか。……けれど、特にこちらに目立った変化はないようですけど?」
確かに一時はエステルの全身は得体の知れない感覚に包まれる事となった。だがただそれだけの事であり、声の主が語るようにエステルの精神が消えるなんて兆候は一切感じられないのだ。
『な、なんで? う、嘘だっ!? まさかボクよりも強い精神力をこんな小さな子供が持っているとでもっ!?』
そんなエステルの指摘に対し、明らかに動揺した様子の声の主。
「あの……状況がイマイチ見えないのですが、そちらの用事はもう済んだという事で宜しいのでしょうか?」
今起きている異常事態についてよりも、エステルの関心は魔導書に記された内容の方へと向けられていた。
『ま、まずい!? このままじゃ……!』
一方の声の主の方も、もはやエステルに構っていられるような状態ではないらしく、一人彼女の頭の中で騒いでいた。
「はぁ……。一体何なのでしょうか……」
そうため息を吐いてからエステルは手に取った魔導書をパタリと閉じる。
ただでさえ古い言葉で書かれており、解読には多大な集中を要するのだ。なのに頭の中でこうも煩くされては読み解く事など出来そうもない。頭の中の喧騒が収まるのをただ黙って待つしかないようだ。
「どうしてこうも邪魔ばかり入るのでしょうね?」
他人の邪魔をした記憶などただの一度も覚えが無いエステルだったが、反して彼女の邪魔をするものは非常に多い。
しかしエスエルはそんな世の理不尽さを嘆くでもなく、純粋にそんな疑問をただ宙へと投げかけるのだった。




