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5 クーデター計画

本日更新1回目。


続きは夜に更新予定です。

 シュヴァイツァー家当主の私室にて、一人の男性が物思いに耽っていた。

 闇夜の如き黒髪に、纏う服装も同じく黒を基調としており、その内側には速度を殺さないギリギリまで丹念に練り上げられた肉の鎧が隠されている。しかし年齢不詳の凛々しい顔立ちが、その事を傍目からは一切感じさせない。

 

 彼の名はハインリヒ・グレイス・シュヴァイツァー。ユングヴィ・ヴァナディース双聖国が誇る三英雄の一人にして、"黒騎士"、"王殺し"の異名で他国から恐れられるユングヴィ最強の騎士である。そしてエステルの実の父親でもあった。


「あの子は段々と亡き妻に似て来たな。これからの成長が楽しみだ」


 星のように煌く銀色の髪に、雪色の肌。顔立ちはまだ幼いものの、既に母であるローゼンマリアの面影が色濃く見え始めていた。順当に歳月を重ねれば、聖女の再来と謳われたその美貌を己の手にする日もそう遠くは無いだろう。

 ただ普段のエステルは全くの無表情でこそないもの、どうにも作り物めいた表情をしている。故に実母ローゼンマリアとは異なる印象を他者へと与えてしまっているようだ。その事がハインリヒには少し気掛かりではあった。


「私はローゼンマリアを守れなかった。だが今度こそは絶対に守ってみせる」


 ハインリヒの側室にして、唯一彼が本気で愛した女性こそがローゼンマリアであった。しかし彼女はエステルがまだ1歳にもならない時期に、何者かによって殺害されてしまう。

 当時のハインリヒはその事を大いに嘆き悲しみ、そして忘れ形見であるエステルを守り育てる事を誓った。しかし現在、彼の愛娘は貴族の地位を追われかねない不安定な状況へと置かれていた。当面の危機についてはハインリヒが聖王ユリウスに頭を下げる事によってなんとか回避する事が出来た。しかしそれはただの問題の先延ばしでしかない事は彼も重々承知している。


 何より来年には聖王ユリウスの嫡男アルヴィスが魔導院を卒業し成人を迎えるのだ。そうなればすぐにも継承の儀式が執り行われ、彼が新たなユングヴィ聖王の座へと就くだろう。だがそのアルヴィスが愛娘エステルを敵視しているとの噂をハインリヒは耳にしていた。挙句に王となった暁には、エステルを追放するなどという話まで聞こえていた。エステルを愛してやまないハインリヒにとっては、それは大変許しがたい事実である。

 そうでなくとも以前からアルヴィスの王としての資質に疑問を感じていたハインリヒは、娘を救う為という大きな動機を得た事で、ついにクーデターを画策するまでに至ったのだ。

 

「ユリウス陛下よりも年少の者で、この小聖印を持つのは今は私とアルヴィス殿下の2人だけ」


 そう呟きながら自身の手の甲に刻まれた小さな魔術刻印を眺める。それは小さいながらにハッキリとした黒い輝きを帯びていた。そしてこれこそが王の候補者としての証である。


「ならば私が王として立つべきだろう。それにアレクシスだって応援してくれるはずだ」


 ハインリヒの古い親友アレクシス――彼こそが聖王国に存在するもう1人の長、ヴァナディース聖王であった。ハインリヒとその妻ローゼンマリア、そしてアレクシスの3人は、かつての十年戦争における功績から三英雄と並び称されていた。ハインリヒ夫妻が元々アレクシスの部下だった事も関係し、その仲は今なお良好である。立場上、表立っての支援は期待出来ないだろうが、ハインリヒがユングヴィ聖王の座に就きさえすれば、その事を歓迎してくれる事を彼は確信していた。


「既にシャッテンリッターの多くはこちら側へとついている。何も問題は無いはずだ」


 ユングヴィ聖王家直属騎士団シャッテンリッター。ハインリヒもそこに所属しており、気心の知れた部下や同僚たちも数多い。既に副団長他、若い有力騎士達の多くから協力を取り付けており、その配下を含めれば騎士団の過半はハインリヒ側に付くと考えてまず間違いない状況だ。


「ユリウス陛下には穏便に退いて貰う以上、リーンハルト殿も強硬に反対する事はあるまい」


 騎士団長リーンハルトは王に対し忠誠心の厚い人物ではあるが、ユリウスを害するような真似さえしなければ、話の通じる余地は十分にある。表立っては口にしないもののリーンハルトもまた、アルヴィスの王としての資質に疑問を抱いている人物なのだから。


「アルヴィス殿下も魔術に関してはそれなりなのだがな。ただ、ああも周囲が見えなくては先が思いやられるのだ」


 現在ユングヴィ聖王家は非常に不安定な立場にある。先の十年戦争勃発の要因を作り、長年真なる王が不在の時期が続いた。また本来並び立つべきヴァナディース聖王家の現在の長はアレクシスであり、彼こそが大陸最強の魔導師である事もマイナスへと働いている。力関係は明らかにあちら側が上であり、舵取りに一層の慎重さが要求される情勢なのだ。


「ユリウス殿下が真なる王だったならば、まだしも安心だったのだがな……」


 王としての威厳の無さを揶揄される事が多いユリウスだが、それは彼が仮初の王であるが故の事だとハインリヒは考えていた。

 侯爵家の次男に過ぎなかったユリウスが、急遽ユングヴィ聖王に抜擢されそのまま十年戦争を戦い抜いたのだ。大戦初期はまだ多くの王族たちが生きており、しかも仮初の王であった彼の権力基盤は非常に弱かった。にもかかわらず配下の貴族達を指揮して双聖国の危機を凌いだその手腕はもっと高く評価されても良いとハインリヒは考えていた。


「アルヴィス殿下ではユングヴィは纏まらぬし、何よりエステルの未来を思えば、やはり私が王として立つしか道はないのだろう……」


 若く経験もなく何より視野の狭いアルヴィスでは、いまだ権勢を残す老人たちに良いように扱われる事は目に見えている。実はハインリヒには大戦終結間際の時期に王と成れる機会があったのだが、当時の彼は権力欲が薄く、また老人たちの強硬な反対姿勢もあって断念していた。そしてその事を彼は今になって深く後悔している。

 ハインリヒはこの国の事を大事に思っており、そしてそれ以上にエステルの事を愛していた。アルヴィスを押しのけ、今度こそこの国に巣食う老人たちと戦う覚悟を彼は決めたのだった。


「だが、そうと決めた以上は一度問い質さねばなるまいな。我が妻ローゼンマリアの死の真相を……」


 ローゼンマリアの死には、ハインリヒの現正妻にして聖王ユリウスの実妹でもあるリリアーヌが関わっているとの噂があった。しかしこれまでハインリヒが、その事をリリアーヌに対し尋ねた事は一度も無かった。

 彼自身、女性としては愛していなくとも、リリアーヌの事は一人の人間としては好いており、疑いたくない気持ちも確かにあった。だが何より当時のユングヴィは大戦直後の混乱の真っ只中にあり、今よりも遥かに不安定な時期であった事が大きい。もしリリアーヌが本当にローゼンマリアを害していたと知ってしまえば、彼には自分を抑える自信が無かったのだ。間違いなくハインリヒはリリアーヌの殺害に動いた事だろう。

 だがそうなれば苦労して守ったこの国を再び危地へと晒しかねない。そしてそれはローゼンマリアの努力さえも否定する事にも繋がってしまう。

 だからこれまでハインリヒはあえて真実から目を逸らし続けていた。だがそれも彼が王となってしまえば話は別だ。もはやユリウスへの配慮は必要無くなるし、仮にリリアーヌが犯人だったとしても粛々と裁ける立場を得ることになる。もはや想いを押し隠す必要も無くなるのだ。

 

 こうしてハインリヒは真実と向き合う覚悟を決めたのだった。


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