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43 ムジョルニア雷平原

本日更新1回目です。

続きは明日の予定です。

 現在エステルはジャンの仲間達とともにテイワズ騎士国唯一の魔物の領域――ムジョルニア雷平原へと赴いていた。


 戦都プロエリウムから徒歩でも僅か4時間ほどしか離れていないその場所は、多くの魔物たちがひしめき合う危険な土地であった。だが冒険者達にとっては最高の稼ぎ場所でもあり、同時に貴族達にとっても貴重な素材の供給源として重要視される場所であった。

 

 ムジョルニア雷平原の地形構造は円形状に広がる平原であり、外縁部からならどこからでも侵入自体は容易である。一応、冒険者や騎士、その他許可を得た者達以外の立ち入りは禁じられているのだが、その間口の広さから特別、取り締まりなどは行われていない。


「まっ、入るだけなら余裕っすからね。生きて帰れるかはまた別の話っすけど」


 ジャンの仲間の一人、オットーがそんな事を皮肉交じりに言う。冒険者にしては背の低い男で、なんとも小賢しそうな顔立ちをしており、実際パーティの参謀役を務めているようだ。


「さて、そろそろ目的地が近いみたいだね」


 ムジョルニア雷平原はその特徴によって遠くからでもすぐにその位置が分かる。というのも年中、その上空が雷雲によって覆われているからだ。


「ここからでも雷が落ちる姿が良く見えますね。他では見られない珍しい光景です」


 雷雲からは雷が間断なく降り注いでおり、周囲の薄暗さとも相まって幻想的とも言える光景を描き出していた。また夜になれば、その漆黒と輝く雷光が織りなすセレモニーを拝む事も出来る。そのため観光地としても有名な場所であるのだ。


「ははっ、外から見ると綺麗だけど、冒険者の僕らからすればちょっと……いやかなり困り物なんだよねアレって」


 ジャンが頬をかき苦笑しながらそう言う。


 絶え間なく雷が降り続けるような場所に滞在するのは、それだけで負担は大きなものとなる。慣れない者などは雷鳴の煩さだけで参ってしまい、魔物と戦う前に引き返す事も多いのだ。それを乗り越え狩りを行うにしても、落雷が気になり集中力を欠いてしまう者は多い。かといって下手に音を遮断してしまえば、今度は危険感知に支障が出てしまう。


 現在も残る7つの魔物の領域は、このようにどこも厄介な土地ばかりであった。


『まあ、それでもここは割と分かり易い地形をしてるから、他所(よそ)よりはまだマシかもだけどね』


 土地の起伏が比較的なだらかで背の高い樹木がところどころに生えている他は目立った障害物も少ない。故に道に迷って帰れなくなる心配が少ない点では、ここはまだマシだと言えるのかもしれなかった。


 そんな話をしている内に一行はついに魔物領域圏内へと辿り着く。とはいえそこに外側との明確な区切りがある訳ではない。単に経験則として、大体どの辺までが領域内かと言う事が知られているに過ぎなかった。


「ここから先は僕らの後ろから絶対に離れないようにね」


 ジャンのその言葉は単にはぐれるなという意味だけではなく、別の意味も籠っていた。

 

「落雷を避ける為、ですね」


 ここを拠点とする冒険者達は、長きに渡る探索の経験によって落雷の落下傾向を大体だが把握していた。

 

 この平原には他の地域には存在しない、とある樹木が生息している。"避雷樹"の名で呼ばれ、その字面通り避雷針のような役割を果たしてくれる背の高い木だ。 

 そしてこの平原に降り注ぐ雷の多くはその避雷樹へと吸い寄せられる。なので避雷樹の位置を把握し、そこから付かず離れずに移動すれば、落雷による被害を最小限に抑えられるという訳だ。この事を知らず適当に進んでしまえば、避雷樹が無い危険地帯へと突入する事にもなりかねない。例え魔術防壁を扱える冒険者であっても、それが役割を果たす度に魔力を大きく削られてしまう以上は、そういった地帯を移動する事は極力避けるべき事だった。


『まっ、ボクくらいになれば、雷の直撃程度で削れる魔力なんてミジンコみたいなモノだから、気にする必要なんて全くないんだけどね』


「(流石ですねステラ)」


 そんな自慢話を手放しで誉めそやすエステルと、それに気を良くするステラ。中々相性の良い2人である。


「では行くっすよ」


 オットーを先頭に、リーダーの剣士ジャン、パーティ唯一の魔術師にして紅一点のカレン、ゲスト参加のエステル、そして最後尾に巨漢の斧使いヨハンが続く。


「僕らが普段よく利用している狩場は、ここから2時間程進んだ先にあるんだ」


 今回の狩りは日帰りを予定していた。行き帰りに急いでも6時間以上掛かる事を考えると、いくら朝早くに出発してもその辺が限界という訳である。また実力的にもそれ以上奥地へと進めば、今の彼らでは手に負えない魔物と出くわす危険も高まる為、分相応であるとも言えた。その分、実入りもそこまでではないようだが。


『まっ、堅実な事は別に悪いことじゃないよね。分を弁えない成果を求めようとすれば、絶対にしっぺ返しがあるもんだからさ』


「(なるほど、それは至言ですね)」


 ただそれっぽい事を言ってみただけのステラに対し、至極関心した様子のエステル。実情はどうであれ互いに不満はない様子なので特に問題はないのだろう。


 そうして一行は雷鳴が断続的に鳴り響き、幾度ともなく閃光が瞬く中、平原を先へと進んでいく。


 エステルという初心者を受け入れただけあって、ジャン達の動きは十分に手慣れたモノであった。オットーは迷いなく先導役をこなし、時に魔物の襲撃があれば、それぞれが迅速に動いて即座に撃退する。おかげでエステルはただ彼らについて行くだけで良かった。


『皆若いみたいだけど、なんか熟練っぽい雰囲気があっていいねぇ』


「(ええ、なんといいますか。流石はプロの冒険者といった手際の良さですね)」


 単純な身のこなしや剣の技についてはエステルにとって特に見るべきものは無かったが、しかし対応の的確さや個々の連携という面では、彼女にとっても十分参考になるものだった。


 エステルの感心するような視線に気づいたのか、オットーが口を開く。


「へへっ。一応うちらこれでもギルド期待のホープって言われてるんっすよ。特にそこのカレンなんか、なんと治癒魔術が扱えるんすからね!」


 そんな感じで自分たちの、特にカレンの凄さを語るオットー。

 それを特に凄いとは思えなかったエステルだったが、しかし彼女だって空気くらいは読める。


「それは凄いですね」


 エステルが上辺だけの誉め言葉を口にすると、言われたカレンが照れたような表情を浮かべる。


「もうっ、あんまり煽てないで下さいよオットーさん。治癒魔術って言ってもほんの少しだけですし……」


「いやいや。魔術を使えるってだけでも割とレアなんすから、もうちょい誇ってもいいと思うっすよ?」


「そうだぞカレン」


 にこやかに笑い合いながらカレンの才能を褒め称えるジャン達。その言葉にカレンも満更でもない様子だ。


『ああでも、こういうやり取りはなんかちょっと吐き気がするね』


 そんな微笑ましい雰囲気の中、唯一ステラだけは毒を吐いていた。



「さてと、そろそろ目的地っすよ」


 そんなこんなでついにジャン達が愛用している狩場付近へと辿り着いた一行。

 四方に程よく避雷樹が点在しており、落雷は全てそちらへと吸い寄せられているようだ。土地の起伏も比較的少なく、先の見通しが利くため奇襲を受ける確率は極小と言っていいだろう。ただ一方向を除いて。


『奇襲を受けるとなると、多分あの辺からなんだろうね』


 唯一、エステル達の前方にだけ大きな段差が存在しており、腰付近まで生える草木と併せれば、エステルの身長など大きく超える高さであった。そのため、こちら側からはその先の様子が全く窺えなくなっている。


「……気付いたみたいだね。僕らを狙う魔物は大抵あっち側から隠れて近づいてくるんだ」


 魔物はその種類にも依るところが大きいものの、人間が思っている以上に知能が高い。今回彼らの主な標的としているエレキウルフもそうであり、力こそ大した事はないものの機動性に優れ、それを活かした奇襲によって冒険者達を苦しめる存在であった。


「なるほど、その習性を利用して逆に返り討ちにするという訳なのですね」


 なまじ知能がある故、こちらに正面から敵わない事を理解できてしまい、だからか奇襲ばかりに頼る。そのせいでこの場所のような地形では逆にその行動が読まれる結果となってしまうのだ。


「そう言う事だね」


「あいつら奇襲する頭はある癖に、学習能力はイマイチみたいっすからね。毎回、この手段が嵌るんで入れ食い状態なんすよ」


「オットー、あまり魔物を舐めちゃだめだぞ。エレキウルフは確かにそうかもしれないが、強力な魔物程、知能は高くなる傾向にあるんだ。僕らがキャリアを積んでいけば、いずれそういった魔物を狩る事になる以上、今から気を引き締めておかないとな」


「す、すまないっす、リーダー」


「(なるほど、参考になるお話ですね)」


『そだねぇ、僕なんか相手がなんだろうと力押しで全部解決できちゃうから、そんな事なんてわざわざ考えないからねぇ』


 魔術の知識は確かなものの、どうにもそれ以外に関しては常識の欠如が疑われてならないステラであった。


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