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4 隠し書庫

本日更新3回目。


続きは明日となります。

 自身の苦境をどうにかすべく今日も一人図書館へと赴くエステル。


「蔵書数が多いのは大変結構なのですが、分類がなんとも雑であるのが玉に(きず)ですね」


 大陸最古にして最大の図書館とされるだけあって、新旧分け隔てなく様々な本が取り揃えられているのだが、どうもそれらが一緒くたにされて棚へとしまわれているのだ。

 歴史書ならこの区画、魔導書ならばこの区画、といった具合に大雑把な分別しか為されておらず、目的の書物を探すのがなかなか困難な状況となっている。しかし一言に魔導書といってもその種類は多岐に渡る。エステルの場合、魔導書の過半を占めるであろう実践的な内容が記された書物よりも、どちらかと言えば魔術の基礎理論を研究した書物こそを求めているのだが、それらを見つけるには多大な労力が必要な状況であるのだ。


「古い書物は言葉が読み辛いモノが少し多いですが、内容は決して古臭いモノばかりでは無いのが不思議ですね」


 魔術師という人種は、良く言えば実践派、言葉を選ばずに正しく表現すれば感覚頼りで、理論や座学を軽視する人間が実のところ多数派を占めていた。大抵の魔術師が自力で魔術の基礎たる身体強化魔術を自然に身に付けてしまうが故に、そのままの感覚で他の魔術を使いこなそうとする人間が多い事がその原因だろう。そして下級魔術程度であれば、実際それで上手くいってしまう事も多いのがまた性質が悪い話であり、酷い例ともなれば上級魔術すらも感覚だけで扱ってしまう天才もいくらか存在する。

 

 なので理論立てての魔術研究を行うのは少数派であり、古き書物を読み解こうという志を持つ人間は希少なのだ。そしてこの国はその傾向が特に強い。それを反映してか図書館の利用者数は在籍する生徒数の割には決して多いとは言えない状況であった。


「だからこそ、こうして私がゆっくりと本を読むことが出来るのです。感謝しなければいけませんね」


 他人と本の奪い合いが発生する事も無く、ゆとりを持って本を探すことが出来るのは助かる事だったが、しかし魔術を使えるようになるという目標には中々近づけずにいた。


「これだけ分類が適当なのです。魔導書が収められた区画以外にも、何か掘り出し物が埋まっている可能性は十分ありそうですね」


 図書館である以上、魔導書以外の書物も当然数多く存在している。その中に実は目的の書物が隠されている可能性も否定は出来ないのだ。


「まずは一通り見て回ってみるとしましょうか」


 この図書館に通い始めて約半年。魔導書関連の区画以外には近づく事すら無かったエステル。だが目立った進展がない現状を危惧し、変化を求めて行動を起こす事にしたようだ。


「思った以上に広いのですねここは」


 ステラ魔導院付属の図書館である以上、利便性の問題から魔導書区画は入り口付近に存在する。なのでこれまでエステルは図書館の奥の方へと足を踏みれた事が無かったのだ。


「こちらは利用者がほとんど居ないようですね」


 折角、多種多様な蔵書があるにも関わらず、魔導書以外に興味を示す者は極少数に過ぎないようだ。かくいうエステル自身もそうであった以上、あまり他人の事をとやかく言えた話では無かったが。


「こちらはなんだか迷路のようですね」


 奥に進むにつれ利用者の利便性を無視するかの如く、本棚の密度が高くなり、また乱雑に配置されるようなっていった。その為、背の低いエステルには、この場所が本棚によって形作られた迷宮のように感じられたのだ。


「この中から目的の書物を見つけ出すのは骨が折れそうですね」


 魔術との関連性が割合高そう歴史書や哲学書などに絞っても、膨大な数の本が存在している。魔導院内で孤立しているエステルには協力者など期待出来ない以上、わら山から針を見つけ出すが如き難業となる事が予想される。


「これは……星神教の聖典ではないですか。なぜこのような本が哲学書の棚に置いてあるのでしょう?」


 星神教とは主に平民を中心として信仰されている宗教である。各国の統合や王権の廃止などを謳っている為、総本山のあるネルトゥス公国以外の貴族達からは嫌われている。

 なので本来この図書館に置かれるはずがない書物であり、その内容が気になったエステルは少しだけ覗いて見る事にした。


『星神ステラ様がこの世界の全てを創造なされた。それは魔術さえも例外ではない』


「世界の創造ですか。なんとも壮大な話ですね」


『ステラ様の加護を失ったこの世界は千年の時を経て、滅びへと向かうだろう』


 魔導院で習うこの大陸の歴史とは、似ても似つかぬ非現実的な内容の神話ばかりが続いたかと思えば、今度は預言書めいた内容が記されている。


『全ての王達はステラ様へと大聖印を速やかに返還すべし』


 そんな感じで様々な逸話が記されてはいたが、聖典の主張するところは大体この1文へと集約されるようだ。


 ちなみに彼ら星神教の言うステラ様とは、双聖国においても大昔に実在した人物とされている。各国の始祖達に魔術を教えた師匠的立場の人物だったと言い伝えられており、またここステラ魔導院を造り上げた人物であるともされているが、その詳細な記録はほとんど残ってはいない。

 始祖達の魔術の師匠であった以上、相応に優れた魔導師で有った事はまず事実なのだろうが、だからといって神様扱いは流石に大袈裟に過ぎる。聖典に軽く目を通しただけでも、確かに貴族達に嫌われても仕方がない宗教であると言えた。


「これもハズレですね」


 結局、最後まで読む事なく見切りをつけ、その本を棚へと戻す。


「とりあえず一番奥まで行ってみますか」


 そうして本の迷宮を更なる奥へと進むエステル。


「どうやらここで行き止まりのようですね。……あれは何でしょうか?」


 本棚の森を抜けた先には壁が存在した。建物の中である以上は当然の話だが、そこに場違いな紋様が描かれているのにエステルは気付く。


「これは……ユングヴィ聖王家の紋章、こちらはヴァナディース聖王家の紋章のようですね」


 何もない壁に黒と白の2つの紋章が並んでいる。確かに少々不自然な絵面かもしれない。

 とはいえ、ここステラ魔導院は2つの聖王家によって共同管理されているのだ。なので紋章がある事自体は特に不思議な事ではない。だがこんな奥まった場所にひっそりと存在していた事がエステルの興味を引きつけた。


「きっと何らかの意味があるはずです。少し調べてみましょう」


 そう言ってエステルが黒い紋章に触れた途端、紋章が輝きを帯びる。


「……何でしょうかこれは?」


 何か特別な事が起きているのは分かったが、それが一体何なのかはまるで理解出来ない。危険はあったが、エステルは更に一歩踏み出す事を選択する。

 エステルの手が今度は白い紋章へと伸びる。すると今度はそちらが輝きを帯びていく。


「これは一体……?」


 2つの紋章が共鳴するかの如くその輝きを増していく。そして溢れんばかりに輝きが満ちたかと思うと、それは強烈な閃光となって周囲へと放たれた。


「っ!?」


 視界を塗りつぶす眩い輝きに腕で顔を覆いながら目を瞑るエステル。


「何が……」


 やがて閃光が収まりエステルが目を見開くと、周囲には先程までとは異なる景色が広がっていた。


「まさか……あれは転移魔法陣だったのでしょうか?」


 転移魔法陣は遺失技術の一つであり、現在では極一部の場所でしか使われていない。かつては各国の王城を接続していた時代もあったそうだが、安全保障の問題からいずれも撤去されている。


「ここは何処なのでしょうね?」


 周囲に本棚がいくつも存在するという点は変わりないが、しかしその雰囲気が明らかに異なっていた。古めかしくも豪華な装丁の本がいくつも並んでおり、一目で先程まで居た図書館との質の差が見て取れる程だ。


 エステルはその中の一冊を手に取りページを捲る。 


「これは……どうやら禁呪に関する記述のようですね。今の私には縁がない代物ですが、いずれ使いこなせるようになりたいものです」


 禁呪とは大聖印を有した王にしか扱えないとされる特殊な魔術の事だ。その多くは超広範囲へと影響及ぼしたり、悲惨な事態を齎したりする大変危険な魔術である。またその性質上、その使用が一度解禁されてしまえば王同士の殺し合いへと発展する危険が大きい為、暗黙の了解の下、各国の王達はその使用を――特に軍事利用に関して――自粛している。

 近年では公の場での使用が確認されたのはたった一度限り。その時は多くのユングヴィ聖王家所属の魔術師たちがその犠牲となった。そう言う意味ではこの国とは因縁が深い魔術とも言えるだろう。


「もしかすると、ここが噂の隠し書庫なのでしょうか?」


 魔導院の図書館には、王とその候補者しか立ち入る事が出来ない隠し書庫が存在するという噂が存在した。しかし王候補はおろか貴族の地位すら危ういエステルには無関係の話であり、その存在を今まで忘れていた。だがもしここが本当にそうであるならば、もしかするとエステルが求める書物が存在するかもしれない。彼女の胸に期待の光が宿る。


「何故私がここに入れたのでしょうか? まあ今は理由などどうでもいいですね。問題は目的に沿う本があるかどうかです」


 すぐに頭を切り替えたエステルは、本棚に並べられた書物を読み漁り始めるのだった。


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