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3 少女を取り巻く環境

本日更新2回目。

本日はあと一回更新予定です。

「おかえりなさいませ、エステルお嬢様」


 いつものように図書館で魔導書を読み漁っていたエステル。

 表に出す事は決して無いものの、聡いエステルは自身の現状の危うさを正しく理解しており、焦燥感を覚えていた。だから毎日閉館ギリギリまで粘るのだ。

 そうして夜遅くに寮の自室へと戻った彼女を、30前後と思しきメイド服姿の女性が笑顔で出迎える。エステルの側仕え兼護衛を務めるリタであった。


「食事をとったらいつものをお願いしますね、リタ」


「心得ております、エステルお嬢様」


 以前はエステルの母ローゼンマリアの側仕えであったリタは、現在はこうしてエステルの側仕えを務めている。そして彼女の他にエステルに仕える人間は居ない。本来ならば例え下級貴族であっても数名の側仕えが居るのが普通だ。しかし一応は上級貴族の末席であるエステルには側仕えがリタ一人しか居ない。それにはいくつかの理由が存在した。


 その一つはやはりエステル自身が落ちこぼれである事だろう。このまま魔術を使えないままであれば、遅くとも5年後にはエステルは貴族の地位を追われる事になる。そんな未来のない主に仕えたいという思う人間は残念ながらそうは居ないのだ。


 またエステルの母がローゼンマリアで有る事も影響していた。ローゼンマリアは元々は平民であり、十年戦争で挙げた多大な功績によって特例として名誉貴族へと叙された人物である。そんな彼女をハインリヒは正妻へと迎えるも、エステルを産む前にユングヴィ聖王家より王妹が降嫁してきた事で、彼女は側室の立場へと追いやられる事になった。

 それが原因でローゼンマリアと正妻の仲は険悪であるという噂が流れてしまう。そんな情勢下にあって、エステルを産んでから1年と経たずして彼女は亡くなってしまう。

 その死には謎が多く、不仲だという噂が影響してか正妻の仕業であるという見方が強い。そして正妻のバックにはユングヴィ聖王家がついており、そんな相手に睨まれたローゼンマリアの娘――エステルには近づきたくは無いと考える人間が非常に多かったのだ。


 そんな愛娘の置かれた状況に対し、父ハインリヒは忸怩たる想いを抱いていた。

 しかし彼自身も元々は騎士爵家の三男――貴族としては底辺とも言える出自であった。十年戦争における功績によって没落していたシュヴァイツァー伯爵家を再興してその当主の座に就いたものの、彼の貴族としての地盤は長らく貧弱そのものだった。特に貴族女性への人脈をほとんど持たなかったハインリヒは信頼出来る側仕え候補の選出に難儀することとなったのだ。

 悩んだ末ハインリヒはローゼンマリアの元側仕えであり、彼女を慕っていたリタへと白羽の矢を立てる。リタもその申し出を快諾し、以後はエステルの唯一の側仕えとして務めることとなったのだ。

 上級貴族の娘に側仕えが僅か一人、それも平民というのはあまり前例の無い話であり世間体も決して良くは無かったが、愛娘の安全を第一に考えるハインリヒは信の置けぬ人間を傍に置くよりはマシだと考えたのだ。


「いつもながら素晴らしいですね、お嬢様。もはや剣の技量だけならば私などではとても敵いません。流石はローゼンマリア様の御息女であらせられます」


 いつもように木剣を用いて模擬戦を行う2人。10歳の少女とは思えない程に卓越した剣を振るうも、リタはそれを涼し気な表情で受け止める。


 エステルの母ローゼンマリアは、優秀な魔術師であると同時に剣聖ヴァナディースの再来と呼ばれるほどの剣の使い手でもあった。そして大戦時にはそんな彼女の部下として行動を共にし、またその指導を受けていたリタ自身も実はかなりの使い手であった。

 魔力を有してはいても、身体強化魔術しか使えない平民のリタがエステルの護衛役を務める事が出来るのも、その優れた剣技があってこその事であった。そんなリタをして技量で勝ると言わしめるエステルの剣技は、10歳にして達人の域へと片足を踏み入れつつあった。


「剣技だけ上手でもね。最強の魔導師を目指す以上は、やはり魔術を使えないと……」


 だが当のエステル本人は、リタにそのように褒められてもあまり嬉しそうではない。むしろ現状への焦燥感が増すばかりの様子だ。


「それに剣の技量で勝ってても、模擬戦ではまだ一度も勝ててませんし」


 若干拗ねたような表情でそう吐き出すエステル。


「それはまだエステルお嬢様が身体強化を御出来にならないからでしょう。習得さえすれば私などあっという間に追い超されてしまいますよ」


 リタのその言葉は誇張の無い事実を述べていた。しかし問題は結局のところ、どうすればエステルが魔術を習得できるかという点に集約される。連日の図書館通いで多くの魔導書を読み漁って知識を得ていたエステルだったが、いまだ魔力0のまま魔術を行使する為の手かがりは何も見つかってはいない。


「あと5年もあるのです。焦らずじっくりと腰を据えてやっていきましょう。出来る限り協力致しますから……」


 リタはそう言うが、エステルを目の仇にしているアルヴィスの存在も問題であった。

 彼が来年魔導院を卒業し成人を迎えれば、すぐにでも継承の儀式が執り行われ、次代のユングヴィ聖王の座に就く公算が非常に高いのだ。そうなれば5年あるはずの猶予も一気に危ういものとなる。


 アルヴィスの父である現ユングヴィ聖王ユリウスは、継承の儀式を経ずに王位に就いた、いわば仮初の王であった。

 本来、各国の王達はそれぞれが大聖印と呼ばれる魔術刻印を継承する事で晴れて王として認められる。大聖印は光・闇・火・水・風・雷・土の7つが存在しており、それぞれが魔術の属性と対応しており、ユングヴィ聖王家では代々闇の大聖印を継承してきた。


 今から20年以上前、当時のユングヴィ聖王が前触れなく倒れそのまま帰らぬ人となる事件が起きる。所持者を失った大聖印は新たな仮初の主を求める。そうして大聖印に選ばれたのは当時はまだ侯爵家の次男に過ぎなかった若き日のユリウスであった。

 そんなユリウスがユングヴィ聖王の座に就いてから程なくして、大陸全土が大きな混乱へと見舞われる事になる。継承後10年間は再び継承の儀式が行えないという隙を突いて、周辺各国が次々と双聖国に対し宣戦布告し戦争が勃発、後に十年戦争へと呼ばれる大戦へと発展していく。その泥沼の中でユングヴィ聖王家は多くの次期王候補達を失ってしまうのだった。


 現在、次期王となる資格を有するのは、エステルの父ハインリヒと聖王ユリウスの嫡男アルヴィスの2名しか居ない。実力的にも年齢的にもハインリヒが適任ではあったのだが、出自が騎士爵家である事が災いし反対の声が根強く、結局ユングヴィ聖王家に正統な王が立つのはアルヴィスの成人を待つ事となったのだ。


 そんな事情から来年にはアルヴィスが次期ユングヴィ聖王の座に就く事は、まずもって確定的であると言っても良い状況であった。

 そしてアルヴィスは父親であるユリウスとは違い正統な王となる。真なる大聖印によってその権力を保証された王の発言力は非常に強いモノとなるだろう。である以上、英雄たるハインリヒの言葉が彼にどれ程通じるかは未知数であった。最悪の場合アルヴィスが宣言した通り、15歳の魔導院卒業を待つ事なくエステルが貴族の地位を追われる未来も十分に有り得るのだ。


「(現状はかなり厳しいという他ありません。何か手を考える必要がありますね……)」


 まだ10歳とは思えない冷静な状況判断能力によって、エステルは自分の置かれた状況を正しく理解している。だからこそ打開策を見つけるべく連日の図書館通いを続けているのだ。

 その成果が思わぬ形で実る事になるのを、今の彼女はまだ知らずにいた。


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