21 覚醒
本日更新2回目です。
続きは明日となります。
「流石は騎士団長! お見事です!」
「素晴らしい戦いぶりでしたリーンハルト様!」
不意打ちとはいえ英雄ハインリヒを殺したエステルを、苦も無く倒したリーンハルトに対し騎士達から賞賛の声が届く。
だが当のリーンハルト本人はそれを喜ぶ様子もなく、何事かを悩んでいた。
「筋はかなり良いな。流石はハインリヒとローゼンマリア殿の娘、という訳か。だが何か妙であったな……」
眠ったエステルの身体を部下へと預けながら、リーンハルトがそう呟く。
「そもそもこの娘は魔力を持たなかったはずだ。そうでなければハインリヒ程の男が、このような短慮を起こすはずが無かろうに……」
ハインリヒがクーデターを企てた最大の理由は、エステルを追放の危機から救う事にあった。そこまで切羽詰まっていた以上、エステルが魔力を保有していた事を隠蔽していたという線はまず無いと考えてもいい。
「確かに何か変な感じがしますね。そもそも何故この娘は実の父親であり、自身を救おうと動いていたハインリヒ殿を殺害したのでしょうか?」
リーンハルトの言葉に配下の騎士が同意の言葉を口にする。
エステルにとってハインリヒは実の父であり、しかも数少ない味方だったはずだ。いや貴族という枠で区切ってしまえば、唯一と言っても過言ではないかもしれない。
ユリウスとハインリヒ、ユングヴィきっての実力者を2人も失った今、優れた才能の片鱗を見せたエステルを取り込むべきだと判断しているリーンハルトだったが、そうでなければ今すぐにでも始末しておきたい程の危うさを感じていた。
「……分からぬな。小聖印を持たねば大聖印の継承は出来ぬ。いや、仮にこの娘がそれを持っていたとしても宿主殺害での自動継承では疑似化してしまう以上、さほどの意味は無い。すぐさま別の候補者へと譲渡を要求されるのがオチだろう」
それほどに疑似大聖印しか持たない聖王の権力は弱いのだ。疑似大聖印のみで聖王としての権力を維持出来ていたユリウスがむしろ凄いのだ。
「大聖印を得たかったのならば、ハインリヒに譲ってもらうように願えば良かったのだ。娘を溺愛していたあの男ならば、一もニもなく譲っただろうに」
ユリウスから殺して奪い取ったが為、ハインリヒが持つ大聖印もまた疑似化していた。だからエステルに資格があるならば、受け継がせても特に問題は無かったのだ。無論、各所から批判の声は上がるだろうが、正統なる聖王の権力ならば、それもすぐに黙らせる事が可能だろう。
「ホントそうだよねー。なんで殺しちゃったんだろ? まっ、ちょっと手間が増えただけでボクにとってはそれも大して問題じゃないんだけど」
男とも女ともつかない声が突如として聞こえてくる。発信源を追えば、そこには騎士に抱えられて眠るエステルの姿があった。
「……なんだ?」
リーンハルトがエステルへと使った魔術の効力はこんなに早く切れるはずが無い。そもそも発する声が明らかに彼女のものとは異なっていた。
「折角眠ってる今がチャンス。ちょっとだけ目覚めの運動をさせて貰おうかなっと」
眠っているはずのエステルの口が動き、そんな言葉が放たれる。
「ひ、ひぃっ!?」
エステルを抱きかかえていた騎士が、そうして発せられた言葉と何より得体の知れない威圧感に恐怖を覚え、思わず彼女の身体を投げ捨ててしまう。
だが宙高く投げ出された彼女の身体は、すぐには地面へと落ちてはこず、直立へと態勢を整えながらゆっくりと降りて来る。
「やれやれ。女の子の身体はもっと丁重に扱うもんだよ」
地面へと音もなく真っ直ぐに降り立ったその少女は「ノンノン」と指を振りながら軽い口調でそう宣う。
その姿は確かにエステルのものだったが、リーンハルトの眼には纏う雰囲気も発する声も何もかもが違って見えた。
「エステル……いや貴様は何者なのだ?」
エステルではない何者かの存在を本能的に感じ取ったリーンハルトは、声を震わせながらそう尋ねる。
「ふふっ、ボクの名前かい? 君にはボクの姿がエステル以外の何かに見えるのかな?」
それに対し、少女が口の端を大きく歪めながらそう答えた。
しかしリーンハルトが抱いたその疑念は正しかった。エステルの意識が失われた事で、その肉体の主導権は現在ステラが握っていた。
「っ!? 全騎士に告げる! あの娘を捕えよ! いや抵抗するならば殺しても構わんっ!」
エステルの肉体を借りたステラから、かつてない程の恐怖と圧力を感じ取ったリーンハルトは、即座に部下達にそう命令を下す。
しかし彼の命に従えた騎士は残念ながら一人も存在しなかった。
「なっ!?」
騎士達はその場から一歩も動く事も無く、次々と手に持った剣を取り落としながら、そのままその場へと倒れ伏していく。
「まさか……」
「へぇ、流石は小聖印持ち。思ったよりも頑張るじゃん。でもそれももう限界かな?」
「く……ぅ……」
リーンハルトもまた、騎士達の後を追うようにしてその場へと跪き、そのまま夢の世界へと旅立ってしまう。
「おっと、一応手加減したつもりだったんだけど、ちょっとやり過ぎちゃったみたいだ。まっ、久しぶりの魔術だったし、仕方ないよねー」
ステラが放った魔術だが、その性質自体はリーンハルトがエステルへと使った強制睡眠と似ている。だがその効力――特に効果範囲については大きな隔たりが存在していた。
強制睡眠の行使には相手への接触が不可欠なのに対し、ステラが放ったその魔術の効果はユングヴィ王城だけではなく、その外側に広がる聖都ユングリングの都市部全域にまで及んでいた。
その結果、聖都で暮らす住民たちは、平民も貴族も分け隔てなくその全員が眠りの世界へと旅立つ事となったのだ。唯一人を除いて。




