20 騎士団長
本日更新1回目です。
続きは夜の予定です。
「ユリウス様、ご無事ですかっ!!」
副団長のローレンツによる足止めをどうにか退け、やっとの事で玉座の間へと辿り着いたリーンハルト。彼の部下達も後に続いてやってくる。そんな彼らを待っていたのは、守るべき主君の死であった。
「くっ、間に合わなかったか……」
ユリウスの遺体を見つけたリーンハルトは、無念そうにそう呟く。
「……これは一体どういう事なのだ?」
だが続けて首と胴体とが分かたれたハインリヒの姿を発見した事で、彼の心中に無視出来ない疑問が生じる事となった。
彼の持ちうる情報から判断する限り、ユリウスを殺したのはハインリヒのはずだった。事実、この場にいる騎士達のほとんどがハインリヒに心酔している者達だったのだから、そう考えるのが妥当だろう。
だがその彼もまた既に物言わぬ死体と化しているのは、一体どういう事なのか?
この惨劇の犯人は果たして誰なのか。
そしてハインリヒの亡骸のすぐ傍には、短剣を持った少女が立っていた。返り血をもろに浴びたのか、美しい銀髪は見る影もなく、真紅に染まっていた。
「君は……ハインリヒの娘の、確かエステルだったか?」
「ええ、ご無沙汰しております。リーンハルト様」
エステルと何度か面識があったリーンハルトは、彼女の事を知っていた。そしてそれはエステルもまた同様の事である。
彼女は血がべったりとついた短剣を懐へと仕舞い、スカートの裾を両手で持ち上げて淑女の礼を取る。
その一連の動作は、良く教育された貴族令嬢の見本となるような洗練されたものであった。……恰好さえマトモであったならばの話だが。
「ゴホン。……この場で一体何が起きたのか説明して欲しいのだが」
「それは――」
「リーンハルト団長! その娘がユリウス陛下を殺し、あまつさえ陛下を守ろうしたハインリヒ様までも殺したのです!」
リーンハルトの質問に対しエステルが答えようとするも、ハインリヒの部下であった騎士の1人がそれを遮る。
ハインリヒという旗頭を失った彼らは自らの保身の為、その娘であるエステルへとその罪を着せる事を選択したようだ。あるいはそれは野望の成就を寸でのところで邪魔をしたエステルに対する、彼らなりの精一杯の意趣返しであったのかもしれない。
「ふむ……。少なくともその子がハインリヒを殺したというのはどうも本当の事のようだな」
眼下に広がる惨状と、何よりハインリヒの血で真っ赤に染まったエステルの姿を見てしまえば、それ以外の答えは見当たらない。
だがエステルがユリウスを殺したという事については、リーンハルトも疑いを持っていた。彼の持つ情報では、ユリウスを襲ったのはハインリヒであったのだから。
「ともかく詳しい事情を聞く必要があるな。一緒に来て貰えるだろうかエステル?」
「それは構いませんが、その前にこれを見て頂けますかリーンハルト様――いえリーンハルト」
そう言ってエステルは自身の右手を高く掲げる。
「なっ!? まさか……闇の大聖印だと!?」
掲げられたエステルの右手にはユングヴィ聖王の証たる闇の大聖印が刻まれていたのだ。ハインリヒが死んだ事で宿主を失った大聖印が次に選んだのはエステルだったのだ。
「ええ、私こそが次代のユングヴィ聖王なのです。騎士団長であるリーンハルト様には、私に仕える義務があるのでは?」
「これは一体どういう事なのだ。君は小聖印を持たなかったはず。……いや待て。その大聖印は何かがおかしい」
リーンハルトの言う通り、エステルに刻まれた大聖印はユリウスやハインリヒに刻まれたそれとは少々様子を異にしていた。
その原因はエステルが光の小聖印を有している事に起因する。
闇の小聖印が大聖印へと変化した事で、2つの聖印の拮抗状態が崩れて闇の大聖印がその姿を表したが、しかしそれは完全では無かった。
闇の大聖印は光の小聖印によってその力を幾分削がれており、まだ不完全な状態にあったのだ。
『あーあ。気付かれちゃったね』
「(流石はリーンハルト様というべきなのでしょうけど、この場合は少し困ってしまいますね)」
「……偽物の大聖印で王の名を騙るか。幼子と言えど看過は出来ぬな」
元々主君を失い気が立っていた所に、王の名を騙る人物が現れた。その事をユリウスに対する侮辱であるとリーンハルトは捉えてしまったようだ。
『あのおじさん、なんかかなり怒ってるみたいだよ。聞く耳なんか持たないって感じだね』
宿主のピンチに際しても、呑気な口調を崩さないステラ。
「(ちょっとマズイ状況ですね。ここは一旦引くとしましょうか)」
一方のエステルは現状の危うさを正しく認識していた。
彼女は身体強化の強度を最大限に高めて、この場から離脱するべく動き出す。
「待て! ここからは逃がさぬぞ。お前たちは入り口を塞げ!」
だがその動きはリーンハルトにあっさりと察知されてしまった。そして彼は威厳を伴った声ですぐさま騎士達へと指示を飛ばす。それにハインリヒの部下達も空気を読んでか従っている。
どうやらエステルは、玉座の間に存在する騎士達全てを敵に回してしまったようだ。
「はぁ、やむを得ませんね」
ここで捕まってしまえばハインリヒの部下達の証言次第では、次期聖王から一転、エステルは王殺しの大罪人と扱われる可能性も十分に有り得る。聖王の座については特に固執していない為どうでも良いのだが、流石に大罪人として処刑されるのは御免なのだ。
リーンハルトと一戦交える覚悟を決めたエステルは短剣を構える。
「その意気やよし! だが甘い!」
そう言うや否や、リーンハルトが一瞬の内にエステルへと迫る。そのまま余人には反応さえ許さぬ神速の剣閃がエステルの肩口目掛けて放たれた。
あえて正中線を外しているのは、殺してしまわぬようにとの配慮だろう。腕の1本や2本程度なら治癒魔術によって後からどうとでもなるからだ。
「……早いですね。そして重い」
エステルはその剣閃にどうにか反応してのけ、それを短剣で受け止めるも、その表情には苦渋の色が見え隠れする。
「ほう、今の一撃を受け切るか。あるいは本当に王の器なのかもしれぬな」
エステルにとっては残念な事に、彼女の頑張りはどうやらリーンハルトを本気にさせてしまったようだ。彼の纏う威圧感が更に大きくなる。
「だが、それもまだ10年早いわ!」
本気となったリーンハルトの猛攻を前にしてエステルは只々防戦一方となってしまう。
大剣と短剣、大人と子供、何より身体強化の練度において、2人の間には大きな力の差が存在しており、今の彼女の実力ではどうにか受け止める事が精一杯であった。反撃の余地などどこにも残されておらず、このままでは遠くないうちにその拮抗は崩れ去る事は明白であった。
「はぁぁっ!」
リーンハルトが放った横薙ぎの一撃を短剣で防御するも、ついには受け止め切れず宙へと吹き飛ばされてしまうエステル。それでもどうにか態勢を立て直して地面へと着地したエステルだったが、その呼吸は酷く荒い。
「はぁ……はぁ……」
「ふむ。身体強化を用いた戦闘にはまだ不慣れと見えるな。修練が足りぬわ」
実際、エステルは今日魔術を使えるようになったばかりなのだから、それも当然の事だった。むしろ初心者にしては破格の動きだと言ってもいいくらいだ。ただそれでは熟練の騎士であるリーンハルトには届かないというだけで。
「ではそろそろ終わりにするぞ」
「ま、だです」
尚も抗う姿勢を見せるエステルだったが、もはや身体強化の維持すらままならぬ程に疲弊していた。魔力残量がいくらあっても、その前に体力の方が先に底をついてしまいそうなのだ。
「っ!?」
「常闇に落ちよ。強制睡眠」
エステルの後ろへと回り込んだリーンハルトが、彼女の後頭部へと手を添えて魔術を発動する。
黒いオーラがエステルの顔の周囲を包み込み、彼女の意識を眠りへと誘う。
「こ、れは……」
どうにか抗おうとするも、今のエステルの実力ではそれは叶わず、そのまま夢の世界へと旅立っていった。




