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2 聖王ユリウス

本日更新1回目です。

夜にまた更新予定です。

「くそッ! 僕を馬鹿にしやがって! これだから下賤な血を引くような輩は大嫌いなんだ! 今に見ていろよエステルの奴っ!」


 エステルと別れた後、アルヴィスは取り巻き達とも別れ王城内を歩いていた。その目的はただ一つ。実の父親にしてここ双聖国の支配者の一人、聖王ユリウスへと直談判をする為だ。


「これはアルヴィス様、どのようなご用件で?」


「魔導院の事で少し父上に相談したい事があるのだ」


 父の護衛を務める騎士団長リーンハルトに問われ、アルヴィスはそう返す。


「ではこちらへ」


 リーンハルトはジッとアルヴィスを見つめた後、彼をユリウスの元へと案内する。


「お話があります、父上!」


「どうしたのだアルヴィス。何をそのように怒っている?」


 怒りを露わにしたまま王の私室へとやって来た息子に対し、困惑の表情を見せるユリウス。

 その姿に王らしくない威厳の無さを感じ苛立ちを覚えるも、それを表へと出さない判断が出来る程度にはアルヴィスは大人だった。


「父上! どうしてエステルのような落伍者の存在を許すのですか!」 


「エステル……ふむ、確かハインリヒの娘だったな」


「何故父上はあの者に対し追放処分を下さないのですか! このままでは由緒正しきステラ魔導院の名に――引いては双聖国貴族の誇りに傷がつきます!」


 アルヴィスがエステルに対し敵意を持っているのは明白だったが、同時に今の言葉は本心から発せられたものだ。

 

 22年前に大陸全土で巻き起こった大戦――通称、十年戦争。その引き金となったのは前ユングヴィ聖王の死であったが、原因はもっと根深いところにあると彼は見ていた。大戦勃発以前から、双聖国が周辺諸国に対し大きな隙を見せていた事こそが真の原因だとアルヴィスは考えているのだ。


 ここ双聖国は周辺5か国とは異なり、王家が2つ存在するという特異な国体を有していた。故にその正式名称はユングヴィ・ヴァナディース双聖国。ユングヴィ聖王家とヴァナディース聖王家、2つの柱によってこの国は維持・運営されているのだ。

 双聖国の国力は他の5か国全てを足し合わせたモノと匹敵する程に強大だ。故に片方が揺らいだ所で、もう片方が盤石であったなら他国からの侵略などまずもって発生しないはずだった。

 しかし現実には大戦は起きてしまう。その原因は長年、大陸最強の国家として君臨してきたが故の、双聖国貴族全体に漂う緩い雰囲気にあるとアルヴィスは考えていた。実際、貴族の子女達を育成する場である魔導院における生活は、アルヴィスにその想いをより強く抱かせるようなぬるま湯であった。

 双聖国貴族の根本たるステラ魔導院の教育改革をアルヴィスが志す中で、それを主導すべき立場にある父がエステルという落伍者の存在を許してしまう。アルヴィスにとっては許しがたい事実であった。


「だがな。ハインリヒに頭を下げられてしまったのだ。無碍にする訳にもいかんだろう?」


「父上……確かにハインリヒ殿はこの国を救った英雄です。人柄も素晴らしく人望も厚い。王であっても尊重すべき御方であるのは事実でしょう。しかし愛娘の事となれば英雄とて人の子。時には正義を見失う事もあるのでは?」


 アルヴィスは何もエステルを殺せなどと主張している訳ではないのだ。本心では(くび)り殺してやりたいとは思ってはいても、実行に移せば英雄ハインリヒを敵に回してしまう。彼を慕う騎士はとても多く、もし離反でもされれば双聖国はかつての大戦以上の危機に見舞われる可能性が高い。


「お前の言い分も分かるがな。だがハインリヒが無茶を言うなど滅多にない事なのだ。許してやっても良いと思うのだがな……」


「だから父上は甘いというのです! そうやって曖昧な態度を取り続けた結果が、今のユングヴィ王家の惨状なのですよ!」


 所詮、あなたは仮初の王でしかないのだ。勢いに任せてついそう言いかけてしまい、慌てて口を(つぐ)むアルヴィス。


「……では一つ問おうアルヴィスよ」


「なんですか父上?」


 普段は温厚なユリウスが、この時ばかりはその瞳を鋭く光らせる。


「お前はハインリヒと戦って彼を倒せる自信はあるのか?」


「くっ……! 今はどう足掻いても無理な事は事実です。それは認めましょう。しかし僕が大聖印を手にした暁には、あの方よりもずっと強くなってみせましょう!」


「まあ、その意気込みは買うがなアルヴィスよ。だが少なくともわしには無理だった。お前ならばどうだリーンハルトよ?」


 ユリウスが後ろに黙って控えていたリーンハルトへと水を向ける。


「……私にも無理ですな。騎士団長の重責にありながら情けない話ですが、奴がユングヴィ最強の魔導師である事実は当分は揺るぎますまい」


「そうだな。わしもそのように思う。仮にこれが偽りでは無く、本物であったとしてもそれは変わらなかっただろう」


 そう言ってユリウスは自身の手の甲を掲げて見せる。そこにはユングヴィ王家の紋章を象った黒く輝く魔術刻印が存在していた。それこそユングヴィ聖王の証――闇の大聖印だった。


「お前はハインリヒの強さを――わしのような偽りの王ではなく、本物の王殺しを成し遂げた者の強さを知らないのだ」


「……っ!?」


 酷く実感の伴ったユリウスの言葉に対し、アルヴィスは返答に詰まる。

 三英雄ほどの戦果こそ挙げてはいないが、ユリウスもまたユングヴィ聖王として十年戦争を戦い抜いた歴戦の猛者なのだ。いくら魔術の才能に溢れていようとも、実戦経験すらない成人前のアルヴィスでは本気のユリウス相手ではまだ勝利は覚束ない。

 そしてハインリヒの強さはそんなユリウスの更に上を行く。確かに大聖印の恩恵は凄まじいが、それだけで勝利を確信出来る程に甘い相手では無いのだ。


「どの道来年にはお前が新たなユングヴィ聖王となるのだ。その時は好きにせよ。だがハインリヒの娘をもし追放するのならば、王殺しの英雄と戦う覚悟を決めてからにするのだな」


 父にして王たるユリウスの言葉がアルヴィスの胸へと深く突き刺さる。

 結局、それ以上の反論を口にする事が出来ないままアルヴィスはその場を後にするのだった。


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