19 招かれざる闖入者
本日更新3回目です。
続きは明日となります。
新たなる聖王の誕生によって熱気に包まれていた玉座の間に、突如として一人の少女が姿を現した。
「何やら取り込み中のようですね。少しタイミングが悪かったでしょうか?」
その少女の名はエステル。聖王ハインリヒの実の娘であった。
「何者だっ!」
突然の闖入者に対し、騎士達が警戒も露わにエステルへと剣を向ける。
「待ってくれ! 彼女は私の娘だ!」
だがそんな騎士達へとハインリヒが制止の声を上げる。
「……あれがハインリヒ様の?」
「……じゃああれが噂の?」
ハインリヒの娘であるエステルが落ちこぼれである事実は、騎士達の間でも有名な話であった。
例え父親がどれ程に尊敬すべき相手であっても、貴族失格の烙印を押されつつある少女に対してまで敬意を抱ける人間は少ない。
事実、決して好意的とは言い難い視線がエステルへと数多く降り注ぐ。
「どうしてここへ来たんだい、エステル? いや、そもそもどうやってこの場所に……」
この玉座の間だけでなく、王城の大部分をハインリヒの配下の騎士達が制圧しており、彼の許可なくここへと来れるはずは無かった。
「……あの、お父様。これはどのような状況で?」
そんなハインリヒの疑問の声を無視して、エステルが現状について問い掛ける。
床のあちこちが血に塗れており、その近くには聖王ユリウスらしき人物の遺体まで横たわっているのだ。疑問に思うのも無理はない。
「……ああ。ユリウス陛下はお亡くなりになられた。そして私が新たなユングヴィ聖王となったのだ。だからもう安心しなさいエステル。君を貴族の座から追放するような真似は、決してこの私が許さないから……」
元々ハインリヒが聖王の地位を目指したのは、愛娘エステルの為である所が大きい。その事をすぐに思い出したハインリヒは、表情を和らげてエステルを安心させるように微笑む。
「……そうですか。お父様が闇の大聖印を手に入れたのですね」
だがその言葉を聞いても、エステルは全く表情を変えない。
それも当然だ。ステラという強力な協力者を得た彼女にとって、もはや貴族の地位などどうでも良い存在となっていたのだ。
『なんか状況が妙な事になってるみたいだね。えっと君の父親が闇の大聖印の持ち主を殺して、それを奪い取ったって事でいいのかな?』
「(恐らくそうなるかと)」
『へぇ、だったら好都合だね』
「(ええ、全くです)」
エステルとステラがそんな会話を脳内で交わす。ステラが持つ心を読み取るなどという非常識な技能を応用すれば、このように音声を介さない意思疎通も可能なのだ。
「おめでとうございます。お父様っ」
脳内でステラとのやり取りを終えたエステルは、満面の笑顔を浮かべてハインリヒをそう称える。
「ふふっ、ありがとうエステル」
愛する娘からそんな屈託ない称賛の言葉を受けたハインリヒはというと、だらしなくその頬を緩めている。
「お父様……その……甘えても宜しいですか?」
『へぇ、珍しい事もあるもんだねぇ』
初めて見る10歳の少女らしいエステルの姿に、思わず感嘆の声を上げるステラ。
「……やれやれ、少しだけだよ」
このように率直に甘えられ経験など初めてであり、だからこそハインリヒは娘の言葉を聞いて思考停止に陥る。だがそれも一瞬の事で、彼は血に濡れた剣を床へと下ろし、その両手を広げてエスエルを受け入れる態勢を取った。
そんな光景に対する周囲の騎士達の反応は様々だ。
微笑ましく見守る者もいれば、尊敬すべき上司の醜態を見ていられず目を逸らす者、変わらずエステルへと敵意を向ける者、だがその誰もがエステルに対する警戒心には著しく欠けていた。
「大好きですっ。お父様っ」
「ははっ、私もだよエステル」
ハインリヒの両手の内側へと飛びつくエステル。そんな彼女を優しく抱き留めるハインリヒ。色々と予定は狂ってしまったものの、最愛の娘より祝福を受けた彼は今まさに幸福の絶頂にあった。
「本当に助かりましたお父様。おかげで楽に目的が果たせます」
「……目的?」
エステルの言葉の意味が理解出来ず、首を傾げるハインリヒ。だがその次の瞬間、そんな彼の表情が驚愕と苦痛と衝撃によって染まる。
「な、何を……エステル……」
父と娘が抱き合いその愛情を確かめ合う微笑ましいはずの光景が、いつの間にか赤に濡れていた。
見ればハインリヒの背中には短剣が突き立てられており、そこから血がボタボタと滴り落ちていく。
『ええっ!?』
「ハ、ハインリヒ様ッ!?」
その場にいたエステル以外の全員が、突然の事態を前に呆けてしまっていた。そんな中で彼女は1人変わらず言葉を紡ぎ続ける。
「闇の大聖印は私が引き継ぐので、どうかご安心下さいお父様」
「そ、そうか……、マリアの仇を……頼んだ、ぞ……」
短剣に塗られた毒の効力によって意識を混濁させたハインリヒは、エステルの言葉を都合の良いように解釈する。
もちろんエステルは母ローゼンマリアを殺した犯人の事など知らないのだが、彼女が敵討ちを引き継いでくれるのだと勝手に思い込んだのだ。
そうして意識を失い倒れていくハインリヒ。
「では、お休みなさいお父様」
エステルがそんなハインリヒへと微笑みを向ける。そして懐から母の形見の短剣を取り出し、その首元へと向けた。
ザシュッ、ゴロン、ゴロゴロ……。
目にも止まらぬ早業でエステルの右手が振るわれ、ハインリヒの首が床へと落ちて転がっていく。
娘を守ろうとした父親が事もあろうか、その娘自身の手によって首を落とされる。まして貴族失格だったはずの少女が、ユングヴィ最強の騎士にして聖王となったハインリヒを殺した、などという非現実な事態をどうして信じられるというのか。
あまりにあまりな光景を前にして、誰も彼もが息を呑んだまま声を上げる事さえ出来ずにいた。
「ユリウス様、ご無事ですかっ!!」
そうして誰もが動けずに静寂に包まれた玉座の間に、新たな闖入者が現れる。
豪奢な鎧で身を包んだ壮年の騎士であり、彼を知らぬ者であっても一目見ただけで実力者だと分かる程に威厳に溢れた佇まいだ。彼こそがシャッテンリッターの騎士団長を務めるリーンハルトだ。
このタイミングにおける彼の参戦によって事態は更なる混迷へと導かれていく。




