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17 クーデター

本日更新1回目です。


続きは後程。

 真実を知ったハインリヒは復讐の炎を燃やしつつも、かねてより計画していたクーデターの実行を決断する。

 必要な根回しは殆ど済んでいたし、多少の誤算は力でねじ伏せる自信もあった。


「さて、これはどういう事なのだ? 説明して貰おうかハインリヒ?」


「見ての通りですよ、ユリウス陛下」


 そして現在、ハインリヒとその配下の騎士達が、ユリウスに対し剣を向けていた。


「……クーデターか」


 自身を守るべき騎士達から剣を向けられているにもかかわらず、ユリウスの表情に怯えの色などは窺えない。


「リーンハルトはどうしたのだ?」


 騎士団長として優秀な彼ならば、この異変にすぐにでも気付きこの場へと駆け付けるはず。だが現実はそうは成ってはいない。


「ローレンツに相手をして貰っています」


「ふむ……。確か彼とは仲が悪かったように思っていたのだが……。そうかあれも擬態であったのか」


 騎士団の副団長にしてシャッテンリッターではNo.3の実力を持つローレンツは、古くからある名門エクスナー侯爵家の跡継ぎであり、表向きはハインリヒと対立姿勢を取っていた。


「ええ。彼は私の良き理解者の一人ですよ」


「そうか。それで目的は何なのだハインリヒ?」


 既にユリウスには察しがついていたが、それでもそう問わずには話が進まない。


「陛下が持つ大聖印を私に譲って頂きたいのです」


「……やはりアルヴィスを認められぬのか?」


 少し残念そうな表情を浮かべながらユリウスがそう返す。


「ええ。あの方は王の器ではありません」


「だが、アレの方がわしよりも魔術の才は上だぞ?」


 同じ年頃のユリウスと比較すれば、確かにアルヴィスの方が僅かな差ではあったが保有魔力や魔術適性といった目に見える数字では勝っていたのは事実だ。だがその言葉をハインリヒは一笑に付す。


「御冗談を。多少魔術の才に優れた所で、それだけでどうにかなるほど王の座は軽くはありません。それは陛下が一番良くご存知でしょうに」


 疑似大聖印しか持たず、周囲からは偽王と蔑まれるユリウスであったが、一方で王としての手腕は非凡なモノであった。実際、彼が真なる大聖印を有していたならば、ハインリヒは今回のようなクーデターを計画しなかった可能性が高い。


 そんなハインリヒの言い様に対し返す言葉が無かったのか、ユリウスは話題を別の方へと向ける。


「……そうか。ローゼンマリア殿の娘ためか」


 ユリウスも息子のアルヴィスがエステルに対して悪感情を抱いている事は知ってはいたが、少々事態を楽観視し過ぎていた事に今更ながらに気付く。ハインリヒのローゼンマリアに対する――引いてはその忘れ形見であるエステルへの想いの強さを見誤ったのだ。


「ええ。エステルを守る為、そしてローゼンマリアの仇を討つ為、私が新たなユングヴィ聖王となるのです」


「ローゼンマリア殿の仇? ……まさか!? 犯人が分かったのか?」


 だがハインリヒの動機はそれだけでは無かった。ユリウスもまたローゼンマリアの死を悼んでいた一人であったため、ハインリヒの言葉に対し劇的な反応を示す。


「ええ。我が愛しき妻ローゼンマリア。彼女を殺害したのは、その侍女であるリタでした」


「……確かその者はローゼンマリア殿の元部下では無かったかな?」


 他所の家から送り込まれた者ならばいざ知らず、なぜ数少ない生え抜きの侍女が裏切ったのか、その事はユリウスにも大きな疑念を抱かせた。


「ええ。多くの恩を彼女に受けながら裏切った愚か者です」


「そうか……。だが黒幕は別に居るのだろう?」


 ローゼンマリアは平民が単独で動いて殺せるような生易しい相手では無い事は、ユリウスも良く知っていた。である以上、何者かの手引きがあっと考えるのが自然だ。


「ええ。リタに殺害の指示を出したのは、アレクシスです」


「馬鹿なっ!? まさか……彼がそのような事をするはずが……。そもそもどうやってその事実を知ったのだ?」


「……リタには少々素直になって頂きました」


「……禁術に手を出したか」


 ユリウスの知るハインリヒは実直で高潔な男であった。そんな彼がよもや禁術にまで手を出す程に追い詰められていたとは。ユリウスは事態の深刻さを改めて思い知らされる。


「ええ。中々扱いが難しくはありますが、大変に役に立つ魔術ですよ」


 禁術が禁術足り得るにはそれなりの理由が存在する。にもかかわらずその禁をあっさりと破ってしまった今のハインリヒに対し、ユリウスは内心で警戒心を募らせていく。


「……その様子では既に実行犯の侍女は殺してしまったのだろう?」


「ええ、もちろんですよ」


「それで……まさかアレクシス陛下も殺すつもりなのか、ハインリヒよ?」


「当然でしょう? いくら親友とはいえ……いえ親友だからこそ、その信頼を裏切った罪は重い。大聖印を手に入れた暁には、そのままヴァナディース王城へと奇襲を仕掛けます」


「ハ、ハインリヒ様!? まさかアレクシス陛下を殺すおつもりなのですか?」


「ああ、そうだ」


 ハインリヒの言葉に対し、ユリウスに剣を向けていた配下の騎士達からも動揺の声が上がる。

 クーデターの準備自体は以前から行われていたが、その計画の中にアレクシスの打倒などは含まれていなかったからだ。

 

 実際ハインリヒが立てた作戦は拙速に他ならなかったが、同時にそれ以外にアレクシスを打ち取る手段が無いのもまた事実であった。正面対決では保有戦力の格差でどう足掻いてもユングヴィ側に勝ち目は無いからこそ、奇襲以外に取り得る手段は無いのだ。何よりハインリヒの目的は飽くまでアレクシスの殺害であって、ヴァナディース領そのものを相手にする必要性もない。むしろその後の事を考えるならば、極力ヴァナディース側の戦力を削るべきではないのだ。


「愚かな……。今の状況で国を割ってどうするのだ」


「ユングヴィに正統な聖王が誕生し、ヴァナディースに偽りの王が生まれる。両領地の力関係に多少の変化が生じるだけで、戦力の減少は許容範囲内に収まります」


 復讐の炎に身を焦がしつつも、ハインリヒは現状分析をきちんと実施していた。それで問題ないと判断したからこそ、今こうして動いているのだ。


「……復讐に瞳を曇らせたかハインリヒよ。今アレクシス陛下を失えば、双聖国は終わりだ。よもやそんな事も分からぬのか」


 だがそんなハインリヒの主張を、バッサリと斬り捨てるユリウス。


「私が大聖印を得て正統な王として立ったならば、アレクシスの穴は十分に埋められます!」


 尚も食い下がるハインリヒであったが、もはやユリウスに聞く耳は無い。玉座から立ち上がり剣を抜く。


「もういい、ハインリヒよ。どうしても大聖印を欲すると言うならば、わしを殺せ」


 ユリウスが明確な対決姿勢を見せた事で、剣を向けていた騎士達が動揺し1歩2歩と下がる。彼らの計画ではハインリヒがユリウスより穏便に大聖印を譲り受けるはずだったのだ。事実その計画は途中までは上手く進行していたのだが、ハインリヒがアレクシス打倒を口にした事で、風向きが大きく変わってしまう。双聖国の安定を第一と考えるユリウスにとって、今のハインリヒの方針は決して認めがたいものであったからだ。


「……やむを得ませんね。お覚悟を」


「ハ、ハインリヒ様、そればかりはどうかお考え直しをっ!」


 ユリウスの翻意はもはや不可能と悟ったハインリヒは、その殺害を決意するも配下の騎士達から待ったの声が掛かる。


 もしユリウスを殺せば、大聖印は次の宿主としてハインリヒを選ぶだろう。それはまず間違いない。だがそうして得られるのはユリウス同様、疑似大聖印に過ぎない。

 その事はハインリヒも理解はしていたのだが、状況はもはや引き返すことが出来ない所まで進んでしまっていた。


「覚悟を決めろ。ここで大聖印を得られなければ、我らはただの反逆者へと成り下がるぞ。そうなれば未来は無い」


 騎士団の半数以上をその傘下に収めたといっても、それは飽くまで王城内の戦力に限った話に過ぎないのだ。ここで引いてもユリウス本人はハインリヒ達を許すかもしれない。だが成り上がり者である彼らを疎む連中はいまだ数多く、名分を得たならば嬉々としてそれを糾弾するに違いない。少なくともユングヴィ領内での栄達の可能性は大きく遠のく事だろう。


 ハインリヒの言葉を受けてようやくその事実に思い至ったのか、渋々ながらも彼らは剣をユリウスへと向け直す。


「お前たちは入り口を警戒してくれ。陛下は私が倒す」


「我はユングヴィ聖王ユリウス! その誇りを今ここに示してみせようぞ!」


 漆黒の騎士ハインリヒと、黒き聖王ユリウス。2人の強者が互いに剣を向け合い、今ぶつかり合おうとしていた。


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