162 王子の目覚め
最後まで波乱の連続によって幕を閉じることなった新入生最初の実技試験。
特に小聖印持ちの生徒たちの活躍のせいで、単に魔導院内の出来事に留まらない大騒動へと発展してしまう。
「ううむ。今年の新入生たちはどう扱うべきかのぉ……」
その現場を直接目にしてしまったアーデルハイトは、そのせいで酷く悩まされていた。
エルプティオ魔導院の長は、皇帝が兼ねる事が定められている。
未来ある貴族子女たちを育成するのは、帝国にとっても重大事であるという認識からだ。
しかし普段ならそれはただの建前に過ぎず、実際の業務は別の者へと丸投げとなる。
だが今回の事態を鑑みて、彼女はその権限を行使し、本格的に運営に関わる事を決断をする。
「ですが陛下……執務の方は宜しいのですか?」
そんな彼女の行動を、腹心たるトレイズがやんわりと制止しようとする。
当たり前だが、皇帝の執務は多岐に渡る。
学院長業務との兼任など、とてもそんな暇は無かった。
「なぁに。重要な案件だけ妾に回してくれ。他はお主に全部任せるよ」
しかし彼女にはトレイズがいた。
唯一アーデルハイトが心を許せる相手であり、また息子たちの父親でもある。
政略上の問題から婚姻関係にはなかった2人だが、今もその仲は睦まじい。
「はぁ……。最近はやっとでその地位への自覚をお持ちになられたと、私は喜んでいたのですが……」
「誤解するでない。これは帝国の為を思えばこそだぞ?」
「……確かにアステリアという少女は、何かがおかしいように思えます。ですが陛下直々にそこまでする必要はあるのですか?」
トレイズだって、あの少女に対しては疑いの目を向けている。
調査では不審な点は何も出てこなかったが、だからこそ疑いはより深まったとも言える。
「あの者は禁呪を使ったのだぞ? その意味するところが分からぬお主ではあるまい?」
「ええ。ですが才能に恵まれれば、例え大聖印が無くともそれらは扱える。その事実は既にレリーナ様が証明なされているかと?」
一般に大聖印持ちにしか禁呪は扱えないとされてきた。
しかし彼女の娘レリーナは、それを大聖印無しで扱って見せた。
例え大聖印がなくとも、それを補うだけの技量があれば、実は行使可能である事を証明したのだ。
「そうだのう。だが本当の問題はの、お主にさえ教えておらぬ詠唱文を知っていた。そちらの方よ」
秘中の秘たるその詠唱を知り、あまつさえ公衆の面前でそれを大っぴらにしてしまった。
それはいち早く制止すべき場面で、呆気にとられて出来なかった彼女の落ち度でもある。
「その出所を突き止めねば、帝国の危機よ」
もちろん当の本人への事情聴取は行われたが、のらりくらりと交わされて埒が明かない。
「ならばいっそのこと、退学処分にすればどうでしょうか?」
不安要素の多い少女だ。
下手に魔導院内に置いておくよりも、いっそ放逐した方がまだマシのようにも思える。
「それは悪手よの。落ち度のない孫娘を追放すれば、温厚な侯爵とて流石に黙ってはいまい」
アステリアが使った魔術が禁呪であった事実を知る者は、彼女らの他にいない。
そのため飽くまで未知の上級魔術を行使した扱いとなっていた。
である以上、禁呪の使用を罪に問える訳もなく。
「まあ確かにそうですな……」
不穏な少女ではあるが、派閥の瓦解の危機を招いてまで追放すべきか程かは不明だ。
少なくとも現時点で取り得る策ではなかった。
「ならばあやつの行動を見張り、その意図を掴まねばならん」
「それで陛下が、直々に動くと……」
確かにアーデルハイトの持つ王器の力を鑑みれば、それが一番確実なのは確かだ。
結局トレイズは、主を諫めきれずそれを認める事となってしまう。
◆
実技試験によって、新入生たちの最初の序列は以下のように決定した。
主席:アステリア・グレイス・ノベルタ
次席:エステル・グレイス・クリスナーダ
第三席:フローラ・グレイス・ウィナード
第四席:レリーナ・トライア・セック
第五席:ジークハルト・トライア・ヴァナディース
第六席:フェリクス・グレイス・トロバー
「まさかこの僕が第五席とはね。レリーナ皇女に負けるのは規定路線だったのだけれど……」
実技試験において手抜きをしていたジークハルトではあったが、それでも次席は固いだろうと考えていた。
しかし現実は違った。
「どうやら僕は少し慢心していたようだね」
レリーナ皇女以外は取るに足らずと、情報収集もそこそこで切り上げていた。
その結果がこれだった。
「殿下の慢心というよりは、セック側の想定外の人員の厚さが原因でしょう。今のうちにそれが知れただけでも、留学の価値はありました」
落ち込む彼へと腹心の騎士トビアスが慰めるようにそう告げる。
「そうだね。父上がここに僕を送った理由もやっとで納得できたよ」
本来通りに自国のステラ魔導院に通っていれば、ジークハルトの慢心はより強くなったことだろう。
愚かなユングヴィ貴族たち程ではないにせよ、長らく同じ国としてあったヴァナディース貴族たちもまた堕落していた。
「ええ、ユングヴィを切り離して尚、我が国の病巣はいまだ数多いですから」
建国当時の双聖国は、それこそ他5国全てを敵に回しても問題ないほどの国力を有していた。
始祖たちのリーダーたるユングヴィ。始祖最強のヴァナディース。
愛し合う兄妹によって建国されたこの国は、その巨大な国力と恵まれた血筋によって、長らく大陸最強の座に君臨してきた。
だがそれら過去の遺産は既に食いつぶされ、他国の恐怖に震える程に弱体化してしまった。
「この国の新芽たちを見てしまえば、わが国の土壌汚染はもはやのっぴきならない所まで来ている事が嫌でも分かってしまうからね。だから父上は、次代の王たる僕に留学を勧めたんだろうね」
「ええ、陛下はこうも仰っていました。「もし僕がハインリヒと出会っていなければ、彼らときっと同じになっていただろうと」」
「そんな事を父上が……。今の姿からはとても信じられないけれど……」
「詳しくは私も存じ上げませんが、あの方との出会いによって陛下は大きく変わられたそうです。そのおかげで故国を救わんと奮闘出来たのだとか……」
「なるほどね。ハインリヒ殿が父上の慢心を叩き潰してくれた訳か」
「ええ、恐らくは……」
当時のハインリヒは、騎士爵の三男坊。
いわば最下級の貴族で、しかも跡継ぎですらない立場だった。
しかし彼は、魔導院の模擬試合にてアレクシスを打ち負かしてしまう。
「魔力や魔術適性、それに聖印の数は飽くまでも目安の一つ。それを如何に磨き使いこなすかこそが重要、そう言う事なんだろうね」
「ええ。優れた才能はもちろん大きな武器となりますが、それだけでは強者足り得ないのです。それを理解していなかったから双聖国の貴族たちは堕落した。そう陛下は仰っていましたよ」
「全くその通りだね。自分の愚かさが嫌になってくるよ」
「殿下はそれに気付けたのです。ですからもう大丈夫ですよ。何より上に立つ者にとって、自信を持つこともまた大事なことです。ようは程度の問題なのですよ」
「分かってるよ。王としての威厳を損なわなず、しかし慢心もしない。分かっていても難しい事だけれど、やってみせるよ」
「ええ、それでこそ次代の聖王陛下ですよ」
エステルたちの思わむ活躍は、眠れる獅子を叩き起こす結果となっていた。
連絡です。
ストックがいよいよ尽きそうなので、今後は不定期更新へと変更いたします。
なるべく一週間以内には、更新したいとなと考えています。
 




