154 聖王を継ぐ者
「いやぁ、いきなり上級魔術が見られるなんて。流石は帝国と言う他ないね」
フェリクスが放った上級魔術に対し、赤髪の少年がネイルブルーの瞳を輝かせながら、素直な驚きを見せていた。
「ジークハルト様」
そんな彼に対し、護衛の騎士が確認のためか、鋭い視線を向けてくる。
「もちろん分かっているよトビアス。祖国のため、強さを誇示しなければいけないことは」
同盟を結ぶ価値の証明を果たすことを、父アレクシスから直々に任されていた。
そして多くのセック貴族たちが見守るこの場は、それにうってつけとも言える。
聡明な主の言葉に騎士はただ頷き、そして一歩後ろへと下がる。
「しかしレリーナ皇女が後ろに控えているというのは、少しやり辛い話だね。一体どの程度まで力を見せれば良いのやら……」
ジークハルトの実力ならば、先程のフェリクスの魔術を上回ること自体は容易い。
だがそれでレリーナ皇女に勝てるかどうかはまた別問題だった。
「仕方がありません。今回の主席はレリーナ皇女に譲るとして、僕は次席を目指すとしましょうか」
まだその実力を完全に把握していないが、少なくとも手抜きをしていては勝ち目がないとは感じていた。
なので今回の勝利は諦め、他の4人に勝てる程度に実力を出せばそれで良いと判断したのだ。
そうしているうちに、フェリクスの試験結果の発表が行われる。
「フェリクス・グレイス・トロバー! 暫定一位!」
試験官の教師たちの評価の結果、フェリクスが一位の座へと躍り出た。
「次! ジークハルト・トライア・ヴァナディース!」
そしていよいよジークハルトの出番となる。
本日一番の注目の視線が彼へと寄せられる。
「さて、では行ってきますね」
護衛の騎士たちにそう告げてから、一人闘技場へと降り立ち、会場となる石畳の上へと向かう。
「おおっ、なんか風格あるなぁ」
「あれで新入生とか、嘘だろ?」
「きゃぁぁ! ジークハルト様ぁ!」
フェリクスと同じ年とは思えないその堂々とした立ち振る舞いに、多くの在校生たちから感嘆の声があがる。
その中には早くも黄色い声援も混じっていた。
それらの声に対し、爽やかな笑顔で手を振り返すジークハルト。
「おい、何を使ってくると思う?」
「やっぱ上級魔術じゃないか?」
「だよなぁ。前の奴が使ったんだから、そうしないと負けちまうからな」
ごく当たり前の話だが、下級魔術よりも中級魔術、中級魔術よりも上級魔術の方がその威力は高い。
発動速度の面において上位の魔術は劣る傾向にあるが、それを補って余りある威力があるのだ。
そして今回の試験において一番重要視されるのは、何といってもその威力だ。
なので、フェリクスが上級魔術を使った以上は、勝負を捨てない限りジークハルトもまた上級魔術を使う。使わざるを得ない。
そう予想する事自体は真っ当な思考であったが、しかし彼らはジークハルトの実力を少しならず見誤っていた。
「では始めなさい」
試験官からの合図を受けて、ジークハルトの笑顔が一転、真剣な面持ちとなる。
「はい。では……」
短剣を掲げ、魔術の発動準備に入る。
フェリクスの魔術を見てから、ずっと彼は悩んでいた。
いかに手の札を晒さずに見せずに、かつ自身を大きく見せるか。
その結果彼が選んだのが、これだった。
「んん? 詠唱しないのか?」
「なっ、まさか下級魔術か!?」
ジークハルトの掲げた短剣の先に、小さな風の刃が出現していた。
風の下級魔術"風刃"、それは数ある風属性の魔術の中でも、もっとも初歩的な魔術の一つだ。
「おいおい、まさかレリーナ様との勝負から逃げたのか?」
「案外小さい奴だな。あの三重聖印って、もしかして偽物なんじゃねぇのか?」
まさかの出来事に対し、観客席からは落胆と侮蔑の声が数多く上がる。
「ふんっ、アレがその程度の器な訳がなかろうて。黙ってみておれば良いものを……」
その言葉を聞いたアーデルハイトが、そう小さく吐き捨てる。
この場のセック貴族の中では、彼女が一番ジークハルトの実力を知っている。
娘のレリーナに匹敵しかねない天才である事も。
そんな彼が意味もなくこの場で下級魔術を使うはずがない。
そう確信していた。
「……おい。なんだよあれ?」
「え? なんだあれ……? あの数は……?」
アーデルハイトの判断は正しかった。
ジークハルトの頭上に、風の刃が次々と生み出されていく。
見る見るうちにその数を増やし、ついには100を超えていた。
「有り得ない……。いくら下級魔術とはいえ、あれだけの数を並行起動するなんて……」
「凄いな……。上級魔術をただ発動するだけよりも余程難しいぞ、あれは」
その光景を見て、特に在校生たちから多くの感嘆の声が上がる。
魔術はその原理上、並行起動を行うには無詠唱での発動が必須となる。
新入生の段階で無詠唱魔術を使える者は稀であり、並行起動ともなればそれは尚更の事だった。
それが100以上。
成人済みの魔導師であっても、真似する事は難しい芸当だ。
「セイス、お前なら出来るだろう?」
「いや……。属性を問わないならば、単に100を並行起動するだけならば可能だろうが……」
友人に問われた主席たる青年は、少し考えてから首を横に振る。
ジークハルトが行使する魔術の隠れた脅威。
それは彼が小聖印を持たない属性で、それを為していた事実であった。
セイスでも小聖印の補助がある火か雷ならば、似たような事は出来るだろう。
だがそれ以外の属性ではまず不可能だと断じていた。
それだけ小聖印の恩恵は大きかった。
もっともそれは属性魔術を使えない者には実感できない話でもあるのだが。
「切り刻みなさい」
ジークハルトのその言葉に呼応して、宙に浮かぶ風の刃たちが進軍を開始した。
それらは圧倒的加速によってすぐに音速を超え、金属人形たちへと迫っていく。
ズシャシャシャシャシャシャッ!!
金属が削れる音が断続的に鳴り響く。
100の風の刃とはいえ、見た目の派手さでは、フェリクスが放った嵐塵撃に及ばない。
しかし威力については、その差は歴然だった。
「マジかよ……。たかが下級魔術であの人形がズタボロに……」
在校生たち――特に上級貴族たちは的として使われている金属人形の硬さを良く知っていた。
例え上級魔術を用いたとしても、フェリクスのように傷を付けるのが精々で、それを打ち倒すのはかなり難易度が高い。
だがジークハルトは、立ち並ぶ人形を全てなぎ倒していた。
そのどれもが、無数の切り傷によってズタボロで、バラバラになった人形さえいくつも存在していた。
「……思った以上に硬いのですね。もう少し力を込めるべきでした」
しかし当のジークハルト本人は、誰にも聞こえないような小声でそう呟く。
在校生たちを驚嘆させる難事も、彼にとってはちょっとした見せ芸の一つに過ぎなかった。




