15 ハインリヒの決意
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「旦那様、一体どのようなご用件でしょうか?」
突如、ハインリヒによって呼び出しを受けたリタ。
「魔導院でのエステルの調子はどうだ? アルヴィス殿下と何やら不仲だという噂も聞こえてくるが……」
急な呼び出しに何事かと身構えていたリタであったが、ハインリヒの口から飛び出したのはいつものように愛娘を案じる言葉であったため緊張を緩める。
「……事実にございます。アルヴィス殿下はエステル様が魔術を扱えない事が余程お気に召さないご様子です」
「だが、それだけでは無いだろう? 恐らくあの方が一番気に食わないのは、エステルが平民の血を継いでいる事なのだろう?」
「……そうハッキリと口にされた事は流石に無いようですが、集めた情報から判断する限りでは、どうもそのようですね」
次期聖王の最右翼たるアルヴィスの教育には、旧態依然の考え方に囚われた老人達が多く関わっていた。平民にもかかわらず多大な戦果を挙げたローゼンマリアを疎む彼らに感化され、アルヴィスが似たような考えを持つに至っても特に不思議な事ではない。
「やはりか。ユリウス陛下自身は賢明なお方だが、ご子息の教育には失敗してしまわれたようだな」
ハインリヒがそう呟くも、リタは無言のままだ。反応が無いわけではなく、主君であるはずの王に対する堂々とした批判の声にどう答えれば良いか分からずに口を噤んでいるのだ。
「まあそれはいい。ところでリタ、一つ尋ねたいのだが……」
「はい。何でしょうか?」
答え辛い質問が無事流されホッとするリタ。
だがその直後、彼女にとってより辛い質問がハインリヒの口から放たれる。
「10年前、我が妻であり君の主でもあったローゼンマリアが死んだ。その犯人について何か心当たりはないか?」
その不意打ちとも言えるそんな問いに対し、ハインリヒの類まれな動体視力でなければ見逃してしまう程のほんの一瞬ではあったが、確かにリタが動揺した様子を見せる。そしてその一瞬こそが彼女にとって命取りとなった。
「いえ……。当時もお話しましたが、私は何も……」
「リタ。君がスパイである事はもう割れているんだ。大人しく洗いざらい喋った方が身の為だぞ?」
しどろもどろのリタの言葉を遮り、ハインリヒが強い口調でそう詰問する。
「わ、私は……」
実際はハインリヒの言葉に裏付けなどは全く存在せず、リリアーヌによって得た証言を基にしたただの出任せであった。
だがその言葉の刃は、思いの外リタへと突き刺さったらしく、リタはマトモに弁明すら出来ない状況へと追い詰められていた。
そんなリタの様子を完全に黒だと確信したハインリヒは決断する。先程リリアーヌへとやったように、今度はリタに対して禁じられた魔術を行使する事を。
「無理にでも全て吐いて貰うぞリタ」
ハインリヒの筋肉質な腕がリタの首元へと伸び、そのまま彼女を宙へと吊り上げる。
「だ、旦那、さま……、わ、たしは……」
「もはや弁明の言葉など不要だ。意思を奪った後に、ゆっくりと聞かせて貰う事にする」
冷たい視線をリタへと浴びせながら、ハインリヒは意思剥奪を発動する。
「ううっ……くぅ……ぅ……」
ハインリヒの手の中で必死にもがくリタだったが、魔術が浸透していくに従って大人しくなっていく。
「ふむ。やはり1度や2度の実践程度ではまだまだ練度不足は否めないな。とはいえ練習台の確保も困難だ。封印指定を受けるのも無理からぬ話だな」
魔力の豊富な相手へと効果を発揮するには、そういった相手へと実際に何度も行使しなければその上達は難しい。だが相手の意思を奪う魔術の実験台など誰が望むというのか。
そんな検討を終えてから、吊り上げていたリタの肉体をその場へと下ろし、そのまま尋問へと移行するハインリヒ。
「では聞かせて貰うぞリタ。貴様は一体誰に送り込まれたスパイなのだ?」
軽いジャブのつもりで放ったその問いは、しかしハインリヒへの強烈なカウンターとなって返ってくる。
「……アレクシス様です」
「なっ!? 馬鹿な!」
リタの出自を考えれば、ヴァナディース側の人間が送り主である可能性は高いとハインリヒも考えてはいた。だがまさかよりにもよって親友であるアレクシスの名が飛び出てくるとは、彼にとっても予想外の事態であった。
「……そのアレクシスとやらのフルネームを述べよ」
親友に裏切られた事実を認められず、同名の別人の可能性に賭けてそう問うハインリヒ。
だが現実は彼に対して優しくはなかった。
「……アレクシス・ケーニヒ・ヴァナディース様です」
リタの口から出たのは、ハインリヒの親友だけに名乗る事を許された名前であった。
「……有り得ない。まさかアレクシスが私を裏切るはずが……」
ハインリヒにとってアレクシスは無二の親友であった。大戦を共に戦い抜いた戦友であり、木っ端貴族として活躍の場に恵まれなかったハインリヒを救い上げてくれた恩人でもあったのだ。またハインリヒの最愛の女性であったローゼンマリアと引き合わせてくれたのも、他ならぬ彼であった。
「一体なぜ……どうしてアレクシスが……?」
認めたくない現実にそれでも救いを求めるようにして、リタへとそう言葉を投げかけるも、虚ろな人形と化した彼女には、曖昧な問いは意味を為さない。
「まさか彼が……アレクシスがローゼンマリアの殺害を命じたのか?」
今にも吐き出しそうな程に真っ青な表情のハインリヒ。彼はぐちゃぐちゃとなった思考のまま、そうリタへと尋ねる。尋ねてしまう。
「……はい。私はアレクシス様にローゼンマリア様の殺害を命じられました」
「…………そうか。はは……。そうだったのか……」
無二の親友に裏切られただけでなく、最愛の妻の死の元凶であった事実をも知ってしまったハインリヒ。
彼は最後の確認の言葉をリタへと投げかける。
「リタ……君がローゼンマリアを殺したのか?」
「……はい。私がローゼンマリア様をこの手で殺害しました」
しかも手駒として実行に移したのが、愛娘を託す程に信頼していた侍女であったのというだから、彼の受けた衝撃は察するに余りあるものであった。
「そうか……分かった」
感情の窺えない表情でハインリヒがそう呟いた次の瞬間、彼の右手が残像だけを残して消える。
ゴトンッ、ゴロゴロ……。
丸い何かが地面へと落ちて転がる。……それはリタの首であった。
意思を奪われたまま首だけの姿と成り果てた彼女の表情からは、喜びも悲しみも何の色も窺えない。苦痛さえ与えられなかったのは、せめてもの慈悲だったのか。ともかく首と胴体を分かたれた人間が生きていられるはずもなく、その死を告げるかのように彼女の首元から大量の血飛沫が噴き出し、そのまま胴体が崩れ落ちていく。
「私の信頼を裏切り、あまつさえ我が妻ローゼンマリアを手に掛けた事、絶対に許さぬぞアレクシス! 貴様はこの手で必ず殺す!」
真実を知ったハインリヒは、その憎悪の炎を燃やしながら、かつての親友アレクシスへと復讐を誓うのだった。




