146 真実の代償
「ふふっ、残念ながらバレてしまったようですね」
騎士の追及を受けたエステルは、あっさりとその事実を認めた。
「化けの皮がはがれたな、この偽物め! 皆コイツを捕えるぞ!」
その言葉を聞いた瞬間、鬼の首を取ったような勢いで隠密の男が叫び、周囲の参戦を促す。
「お、おう!」
「殺すなよ。本物のお嬢様の行方を吐かせなければならんからな!」
男の要請に応じて他の騎士たちも剣を構え、エステル、エマ、グラントの3人を取り囲む。
もちろん入り口に立ったままのシエロやステラにも警戒を向けながらだ。
「行くぞ!」
そして男の合図とともに、騎士たちは動き出した。
「こうなっては仕方がありませんね。強行手段に変更です」
エステルたちは僅か5人。
対して騎士たちは10人を超える。
加えて侍女の中には貴族もいくらか混じっており、彼女らもまた魔術を扱える戦力だと言える。
数だけを見れば4倍以上の戦力比だったが、しかし残念ながら質の差はそれらを容易く覆す。
「あははっ。ここはボクに任せてよ。強制睡眠」
楽し気にそう笑いながら一歩前に出たステラ。
そして魔術を発動する。
対象を眠りへと誘う闇の上級魔術だ。
この場の敵全員に対し、闇のオーラが纏わりつき、夢の世界へと無理やり引き摺り込んでいく。
「ぐっ……。な、なんだこれは……」
「ね、眠気が……」
魔力量に乏しい今のステラでは、かつてユングヴィ王城で使ったような規模は厳しい。
しかし範囲と対象を上手く絞れば、この程度なら造作もなかった。
「あれれ、意外としぶといなぁ」
ステラの魔術を受けて、ほとんどがあっさりと眠りについて倒れる中、数名だけがどうにか眠りに抗っていた。
「うーん。力加減を間違っちゃったかな? ああ、そうか。闇の大聖印がないせいかー」
そんな彼らを無視して、考察を始めるステラ。
エステルの肉体が分離した際、光の小聖印は両方に残ることとなった。
しかし闇と雷の大聖印はステラ側の肉体からは失われていた。
大聖印は同時に1つしか存在出来ない。
また大聖印は小聖印を上書きする仕様であり、現在のステラは光の小聖印しか持っていないのだ。
なのにエステルに肉体を借りた時の感覚のままで魔術を行使したため、ズレが生じてしまったようだ。
「あとで刻印の儀式とかもやらないとねー。あーあ、面倒だなぁ」
まだ立っている敵がいるにもかかわらず、もはや完全に終戦モードのステラ。
そんな様子を隙だと判断したのか、残る騎士たちが背を向けた彼女へと襲い掛かる。
「これ以上好き勝手などさせん!」
「我らの手でお嬢様を取り戻すのだ!」
意気込む彼らだが、しかし彼らは襲い来る眠気のせいか失念していた。
彼らの背後にもまた敵がいる事を。
「はぁ、もうステラったら。ですがいい機会です」
エステルが、手に持った短剣を騎士たちへと向ける。
「電撃」
切っ先から雷の下級魔術が放たれた。
今まさにステラに斬りかからんとしていた騎士たちだったが、無防備な背後から紫電で貫かれる。
「「ギャァァァァ!?」」
全身を焼くような刺激を受けて、騎士たちが一様に苦悶に叫ぶ。
分類こそ下級の魔術だったが、そこには多くの魔力が込められており、威力は中級の域にまで達していた。
強烈な雷撃によって打ちのめされた彼らは、身体を仰け反らせ、そのまま床へと崩れ落ちていく。
「こんなものでしょうか?」
「ああ、随分と調整が上達しているな。流石だ」
問い掛けるエステルに対し、グラントが本心からそう褒めたたえる。
旅の間、エステルは電撃の威力調整に注力していた。
そして雷の魔術を得手とするグラントも、それに協力していた。
その成果が今発揮された。
対象を殺さない程度に、上手に加減する。
簡単なようで意外と難しい技術である。
「ふふっ、ボクの指導の賜物だね!」
「ステラには本当に感謝していますよ。エレナ、後はよろしくお願いしますね」
「ええ、お任せくださいませお嬢様」
侍女服姿のエマが恭しく一礼し、すやすやと眠る騎士の一人へと近づく。
「では、あなたの仮面を頂きますわよ」
そう言ってその心臓を剣で一突き。
声さえ上げる事無く、騎士はあっさりと絶命した。
「仮面蒐集」
死んだ直後の騎士の顔に手を沿えて、魔術が発動される。
かくしてその仮面は剥ぎ取られ、エマのモノとなった。
「あ、ちょっとボクもやってみていい?」
そんな様子を見ていたステラが、突然そんな事を言いだした。
「え、ええ。もちろんですわ」
急な話ではあったが、しかしエマに彼女の頼みを断ることなど出来ない。
「えっと、こうかな? 仮面蒐集」
さっくりと別の騎士に止めを刺してから、エマと同じように魔術を発動するステラ。
「へぇ、なかなか面白い魔術だねぇ、これ。習得するの結構大変だったんじゃない?」
「そ、そうですね。それをすぐに再現してしまうとは、流石はステラ様という他ありませんね……」
星神たるステラならその程度出来て当たり前だと思う反面、やはりショックも大きかった。
この魔術は、イーラエクステラが長年かけて編み出した魔術であり、エマはその使用に特化した存在として生み出された。そんないわば彼女専用とも言える魔術が、一見しただけであっさりと真似られたのだから、それも無理はない話であると言えよう。
「良さそうな方は見つかりましたか、シエロさん?」
ここに横たわっている騎士や侍女の中から、シエロの成り代わり相手を選ぶ必要がある。
「ふんっ、別に姿などどうでも良い。貴様に任せた」
所詮、人の姿は仮の姿。そんな訳で本当にどうでも良いらしい。
「ではエレナ、見繕って上げて下さい」
「畏まりました。ではこの騎士などどうでしょう? 顔立ちこそ平凡ですが体格も近いですし」
今しがた眠ったままエマに殺された女騎士の後頭部を掴み、その顔をエステルへと披露する。
「良いのではありませんか? シエロさんもこれで構いませんか?」
エステルの問いにシエロはいかにも興味無さそう表情でただ無言で頷いた。
「ではあとはステラだけですね。何か良さそうな方は見つかりましたか?」
「うーん。ボクはやめとくかなぁ。折角こんな若い子になれたのに、おばさんになるのはちょっとねー」
11歳の幼い肉体を、どうやら殊の外気に入っている様子のステラ。
「では、どうするのですか?」
この場にいる女性は、若くともみな成人を迎えている者ばかり、ステラの求める者は見当たらなかった。
「ちょっと考えがあるのからさ。しばらくボクは別行動でいいかな?」
「それは構いませんが……一体何をするおつもりですか?」
「ふふっ、それは後でのお楽しみさ」
そう悪戯な笑みを浮かべる銀髪の少女ステラ。
そして彼女は一人、屋敷の外へと出て行き、帝都の街へと消えて行く。




