表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
王殺しの魔術師 ~落ちこぼれ少女はやがて最強へと至る~  作者: 王水
第4章 魔導院の最強下級魔術師
144/166

144 侯爵家の屋敷へ

今回から4章開始となります。


 エステルが考案した魔術"分身の術"。

 その実験の末、なぜかステラが肉体を得て、この大陸へと復活を果たす結果となった。


「何はともあれ一件落着のようだな」

 

 この事態を一人ずっと黙って見守っていたシエロが、ホッとした様子でそう告げる。


「ええ、シエロさんにもご心配をおかけしましたね」


「ふ、ふんっ。我は貴様の心配などしておらぬ!」


 エステルの素直な感謝の言葉に対し、照れたようにして顔を背けるシエロ。


「あははっ、何それ。シエロってもしかしてツンデレなのー?」


 大人びた彼女のそんな態度がおかしかったのか、ステラがそう笑う。


「ツ、ツンデレ?」


 だがその言葉の意味が理解出来ずに、キョトンとそう問い返すシエロ。


 もちろん馬鹿にされている事は理解していたのだが、しかしステラ相手に怒れるはずもなく。

 結果、そう返すしか出来なかった。


「えっとねー。普段はツンツンしてる癖に、ここぞって時に優しい子をそう言うのさ」


「わ、我は別に優しくなどっ!」


 それに反論するシエロだが、そのような反応がまた、ステラを余計に喜ばせてしまう。

 結果返って来たのは、微笑ましくも嫌らしい、そんなニタニタ笑いだった。


「……中身が違うだけで、こうも印象が変わるのだな」


 そんな微笑ましい(?)やり取りを見て、グラントがポツリとそう漏らした。


 今のステラは、容姿だけは彼の愛したエステルそのものだ。

 だからこそ余計に違和感を酷く覚えてしまうらしい。


「ねぇ、グラント? それってどういう風に変わったっていうのさ?」


 ついそう口を滑らした彼に対し、すかさずツッコミを入れるステラ。


「あ、いや……その……。良く笑う女神の姿も悪くはないなと……」


 ドモリながらも、そう言い訳じみた言葉を述べる。

 実際のところは、嫌な笑い方をして女神を穢さないで欲しいと思っていたが、当然それを口に出せる訳もなく。


「ふぅん。だってさエステル。グラントは君が全然笑わないのが、どうも不満だったみたいだよ?」


「なっ……!?」


 だがグラントの言葉は、ステラによってそう悪いように解釈され、エステルへと伝えられる。


「あら、そうだったのですか……。それは不快にさせてしまったようで、何か申し訳ありませんね」


「うぐっっ!?」


 それを聞いたエステルは素直に頭を下げて謝るが、しかし謝られたグラントの方が酷くダメージを受けてしまう結果となった。


「い、いや……。そんな奥ゆかしいところもまた素敵なのだ! だからどうかそのままの君で居て欲しい!」


 そうして焦った彼は思わず、本心を強く叫んでしまう。


「へぇ、てことはボクの笑顔に、何か不満があったって事なんだよねぇ?」


 そんなグラントの弁解の言葉を、ステラがまた目敏く拾い、彼を責め立てていく。


「い、いや……それはその……なんといいますか……」


 もはや故国の英雄たる威厳など、影も形もなく。

 2人の少女にいいように翻弄されるだけの、ただの哀れな中年男性がそこにはいた。

 

「ふふっ、ステラ。余り虐めるのは可哀想ですよ」


 微かに笑みを浮かべながら、そろそろ潮時かと止めに入るエステル。

 どうやら彼女も分かってて乗っていたらしい。


「そうだね。まあ割と面白かったよ」


 エステルの言葉を受けて、ステラがグラントの肩をポンッと叩く。

 完全に遊ばれていた事に気付いた彼は、この後酷く落ち込むのだった。



 旅の道中でその数を一気に増やしたエステルたち一行。

 現在のメンバーはエステル、ステラ、グラント、エマ、シエロ、この5人となる。


「私やエマさん、グラントさんは成り代わり先を用意済みですけれど、他の2人はどうしましょうか?」


「うーん。そだねぇ。補充される侍女か騎士あたりを殺して適当に成り代わればいいんじゃない?」


 エステルの父親であるクリスナーダ侯爵が、現在新規の人員の手配をしている。

 そちらとは帝都の屋敷で合流する予定となっている。


「それが無難でしょうね。体形や顔立ちなどが近い方がいれば良いのですが……」


 別にそうでなくとも成り代わりは可能だが、その方が何かと手間も労力も少なくて済むのも事実だ。


「我もそれで構わん。しかし……」


 そう言いつつシエロの表情には、どこか戸惑いの色が浮かんでいる。


「何か懸念がおありなのですか?」


「いや……全く関係ない話なのだが。貴様ら2人の気配がどうにも変に感じられてな」


 2人とはエステルとステラの事を指している。


「んん……? ああ、なるほどねぇ」


 その言葉を聞いて少し思案した後、事情に思い至るステラ。

 対してエステルは心当たりが無い様子だ。


「んーとね。なんかボクたちの魔力が微妙につながってる感じみたいなんだよね」


 元は同じ人間。

 分かたれて別の精神が占有しているとはいえ、魔力的な繋がりが僅かに残っているらしい。


「そうなのだ。そのせいか、どうも魔力探知で上手く見分ける事が我には出来ぬ。近くに居られると一個の存在としか感知できないのだ」


「シエロさんには、私たち2人の区別がつかないのですか。それは少し困りましたね……」


「いや……。幸いこの目で直接見る分には、どうにか区別はつく。まあ髪の色でだがな……」


 今の2人は金髪と銀髪だ。


 明らかに別種の色であり、それが分かり易い違いとなっている。

 顔や体形は似通っているため、それが無ければ彼女には区別が付かないという事でもあるのだが。


「なら別に問題ないんじゃない? 魔力探知が出来る奴なんてそう居ないしさ」


 エステルのように、何となく魔力の存在を察する事が出来る者自体はそれなりの数存在するのだが、それもそこまで精度のあるものではない。

 少なくともシエロ程の探知精度を持った人間など、まず居ないと考えても良かった。

 なので普通に過ごす分には、まず問題にはならないはずであった。

 


 そして馬車に乗った一行は、ついに帝都エレフセリアへと到着した。

 しかし都市内入る前の検問において少しばかり手間取ってしまう。


 クリスナーダ侯爵家の係累たる彼女らは本来は顔パス扱いなのだが、その主たる少女が別人のように痩せ細っていたため、疑いの目を向けられたのだ。

 もっとも容姿が変わらない側近たちがこぞって本物であることを証明をした事で、大した問題とはならなかったが。


 結果として偽物だらけのエステル一行の帝都侵入をあっさりと許してしまった。


 その事実から、検問担当者たちを責めるのは少々酷な事だろう。

 まさか側近たちの全てが、別人に成り代わられているなど、普通は考えないからだ。


「ふむ、疑われた時は少々肝が冷えたな」


 何事もなく終わり、ホッと息をつくグラント。


「エステルさんは、あまり外出するのがお好きではなかったようですからね」


 その言葉を聞いたエステルは、自身が成り代わった少女について、そんな所感を述べる。


 少女の中に残された記憶を探る限り、その小太りの少女は、運動嫌いで半ば引き篭もりのような有様だようだ。

 そのせいか社交にもロクに出ておらず、同年代の貴族の知己さえいない。


 貴族としては――まして侯爵家の娘としてあるまじき少女ではあったが、成り代わる側にとっては随分と楽な相手とも言えた。


「呆れた話ですわね。侯爵の末娘ともあろう者が、ブクブクと太ってしまうなんて……。クリスナーダ侯爵は一流の魔導師だと聞き及んでいましたが、親としてはどうも二流だったようですわね」


 対してエマの言葉は辛辣だ。


 たしかに肥満体形であり、魔力はあれどその扱いはお世辞にも上手いとは言えなかった少女だ。

 まだ10歳と幼いとはいえ、小聖印所持者が賊の蹴りを受けて一発で死んでしまうのは、ただただ情けないの一言に尽きる。

 少なくとも彼女はそう断じていた。


 同時にそんな少女へと成り代わった自らの主――エステルの素晴らしさ。

 それを改めて再認識し、また一人彼女は恍惚へと沈んでいく。


 そうして帝都内を進む馬車は、平民街を抜けて貴族街までやって来る。

 そのまま進み、更にその奥――帝城にほど近い高級住宅街までたどり着く。


 そこは上級貴族たちの邸宅や別宅が立ち並ぶ地域であり、クリスナーダ侯爵家も屋敷を構えていた。

 エルプティオ魔導院へと入寮するまでの帰還、少女たちはそこで過ごす予定となっている。


「そろそろ着くぞ」


 御者席に座るグラントからそんな声が飛ぶ。

 それから程なくして馬車が停止した。目的地の前へと到着したようだ。


「ではエレナ、参りましょうか」


「ええ、エステルお嬢様」


 馬車の扉を開けて先に降りたエマが、エステルへと手を差し出す。

 それを握り、優雅に少女が馬車を降りていく。


「お待ちしておりました……?」


 出迎えのため既に待ち受けていた屋敷の使用人たちだったが、降りて来た少女の姿を見て、一様に目を剥いた。


 原因はエステルの容姿だった。

 特に肉付きの方が聞き及んでいた話と明らかに異なっていた為、思わず別人かと疑ってしまったのだ。


「あら? トレイズ様から連絡は受けていませんの? 長旅の疲れと賊に襲われたショックのせいで、お嬢様は酷くやつれてしまわれたのよ。ああ、なんておいたわしいことかしら……」


 ハンカチを目に当て涙ながらにワザとらしくそう告げたのは、エマが扮する側近の侍女エレナだった。


「そ、そうだったのですか……。それは……その……大変でございましたね」


 賊に襲われた事自体は聞いていたが、それだけでここまで痩せるだろうか?

 そう訝しむ使用人たち。


 だがエステルの側近たちが、さも当然のような態度を取っていたため、それ以上の追及はないまま有耶無耶となってしまう。


「さあ、お嬢様は長旅でお疲れですわよ。早く中に入れて下さいな」


 そうエマに急かされ、モヤモヤを抱えたまま屋敷の中へ案内するのだった。


 こうしてクリスナーダ侯爵家の屋敷は、悪意の群れをその内側へと受け入れてしまう。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ