134 公爵家の真実
覚悟を決めた表情でツバキがゆっくりと口を開き、語り始める。
「我らが始祖ネルトゥスは、ステラ様のことを真実愛しておりました」
『あー、うん。まあそんな気はしてたよ……』
ネルトゥスがステラへと向けていた感情は、師匠への親愛の情などを飛び越えて、恋愛感情や性愛といったものであった。
その事自体は薄々ながらに察していたステラ。しかし――
「他の始祖共の口車に乗りステラ様を封印してしまった彼女は、その事実を酷く嘆き、他の始祖たちへと怨嗟の念を向けました。ですが当時の彼女は無力でした。他6人を敵に回す事はおろか、たった1人が相手でさえ勝利が覚束ない。そんな弱い存在でした」
自身の至らなさからの現実逃避こそが、聖典誕生の原動力となった訳だ。
『そだねぇ。ネルトゥスは努力家だったけれど、才能では一番劣っていた。そう言わざるを得ないかな?』
同じ一括りに扱われる始祖たちだが、残念ながら個々の強さには大きな隔たりが存在した。
そして当時のネルトゥスはステラの目からみても最弱だった。
「それでもステラ様への想いを捨てきれなかった彼女は、その執念から一つの偉業を成し遂げました。輸送中だったステラ様の御身体を姦計を弄して見事奪取する事に成功したのです」
『あー、もしかしてボクの身体を地下にでも封印する気だったの? また性質悪い事考えてたんだねぇ連中。その点はネルトゥスの英断だったね』
「ええ。ですが御身体を取り戻しても、肝心の精神は既に魔導院内のどこかに封じられたまま」
そして肉体と精神とが揃わなければ、ステラは復活出来ない。
だが始祖たち最強の2人が守るステラ魔導院は鉄壁だ。
そして大陸の中心たるユングヴィ・ヴァナディース双聖国と、片田舎に過ぎなかったネルトゥス公国では、国力の差も大きすぎた。
ネルトゥスにそれを出し抜く公算など思いつかなかったのだ。
「いくら考えても良い案が浮かばない。そんな日々に疲れて果ててしまったのか、彼女の精神はついには狂い始め、そして禁忌の研究へと手を染め始めたのです」
『禁忌の研究ねぇ。それが君たちが犯している大罪とやらに関わってるのかな?』
「その通りに御座います。我らが最初に犯した禁忌。それはその御身体に傷をつける事でした」
『……意味が分からないね。そもそもボクの身体に傷を入れるなんて、君たち如きに出来るとは思えないんだけど』
不滅にて不可侵を運命づけられているが如く強靭なステラの肉体だ。
その難しさを彼女本人が一番良く知っている。
「結論から述べますと、それは成功致しました」
『へぇ、それは凄いね。でもそれに何の意味があるのさ? ちょっと傷をつけた所で、すぐに治っちゃうから無駄でしょ?」
その強靭さ以上に厄介なのが、圧倒的な再生能力だった。
そのせいで彼女の肉体はどうしようもなく不滅であった。
その事はネルトゥスだって良く知っていたはず。
なので行動の意図が見えず、不審がるステラ。
「仰る通りに御座います。多くの代償を支払った上での、ほんのわずかな傷であり、それさえもすぐに再生しました。ですがそれで目的には十分でした」
『目的?』
「はい。ステラ様の御身体に傷を入れるという大罪を犯した理由。それはその皮膚細胞の採取のためでした」
『細胞の採取ねぇ? まさかボクの身体を実験体にでもするつもりだったの?』
「いえ……。結果としてはそうなってしまった面も否定はできませんが、我らが始祖の抱いていた想いはもっと単純でした」
『単純ねぇ、どういう事さ?』
「ステラ様を失ってからも彼女の抱いた愛情に衰えの影はありませんでした。むしろより熱狂したとも言えるでしょう。その結果、感情は理性を飛び超えて猛る本能に従った彼女は、その愛の結晶を求めたのです」
『愛の結晶……? え……マジそれ? いやでもボク、ちゃんと女の子だよ?』
ネルトゥスもステラも共に女性だ。
故に2人の間に愛の結晶――すなわち子を為す事は不可能だと言えた。
「ですが、それでも彼女は諦めませんでした。女性同士でも子供を作れないか、そんな研究にその一生を奉げたのです」
『ええっ、まさか……、ボクから採取した細胞を使って子どもを作ろうとしたの?』
「まさに仰る通りです。結局、彼女の代での成就は叶いませんでしたが、その想いは子孫たちへと脈々と受け継がれていきました」
『いやいや、なんでそんなの受け継いじゃってるのさ!?』
ステラの真っ当なツッコミだったが、既に狂った相手に通じる訳もなく。
「その研究のため、我らイーラエクステラの母体となる研究組織が生まれたのです」
ペッカートルがそう要らない補足をする。
「ネルトゥス公爵家の全てを投じて邁進したその研究ですが、数百年の時を経てついに一定の成果を得る事になりました」
『ええ……』
ステラは話の方向性の迷子具合に、ぐったりし始めていた。
「ステラ様の皮膚細胞から、本来ならば男性しか持ちえないはずの、いわば精子を作り出す事に成功したのです」
『……そ、そう』
相槌を打つステラの声に、もはや力はない。
知らぬ間に、自分の子供を作ろうとされていた。
しかもなぜか父親として扱われて。
その明らかに異常な事実を前に、彼女は強く打ちひしがれていた。
「ですが問題はまだ山積みでした。ステラ様と我らでは生物としての隔絶があり過ぎて、子をなす事が出来なかったのです」
『あー、まあ、そうなってもおかしくはないよね……」
「そこで我らは段階を踏む事にしたのです。ステラ様から作り出した精子に敢えて劣化処理を行う事で、我らでも受精可能な位階まで引き下げたのです」
「当時は大分苦労したようですね。その過程で生み出された実験体が逃げ出したりと、色々と混乱も多かったようです」
ツバキの言葉に、ペッカートルがそう補足の弁を述べる。
「それからまた長い年月を経て、ついに我ら公爵家とステラ様との間に一人の御子が誕生しました」
「当時の精子は随分と手が加えられて劣化していたようだから、それを本当にステラ様の御子と呼んでいいのかは分からないけどね」
「ええ、ですが結果として、その御子は――私の直系の先祖に当たる女性は、母親を大きく上回る力を手にしました」
「劣化していたとしても、元がステラ様というだけあって、やはりその影響は大きかったという事だね」
『……そうなんだ』
淡々と語る2人に対し、もはや突っ込む気力もないステラ。
「その後も研究は続けられました。その御子は、より劣化度の低い精子の受け入れに成功します。それによって生まれた子は更に強い力を持って生まれました。苦労はまだまだ続きましたが、大体あとはその繰り返しでした」
「すなわちネルトゥス公爵家の犯した罪とは、ステラ様の現身を生み出す研究だったのですよ」
ステラの精子から生まれた子が、またステラの精子を受け継ぎ子をなす。
これを繰り返すことで、遺伝子的にはステラへと徐々に近づいていく。
いわば近親相姦の連続であり、本来ならば遺伝病のリスクなどが高まる大変危険な行為だったが、ことステラの遺伝子を用いる限りは問題とならなかった。
何故ならば彼女の遺伝子は完璧であり、その比率が高まる程に無謬性ばかりが増すからだ。
ネルトゥス公爵家の研究は、いわば肉体を神のモノへと近づけるモノだった。
人間の手で神を作り出す。
まさしく禁忌の行為に他ならなかった。
「そうして力を得た我らが魔導院を掌握し、ステラ様の精神の解放を果たす。それを目的として大罪たる研究は続けられました」
その果てがカエデであり、ツバキであり、サクラであった。
親子であり姉妹でもある彼女たちは、容姿面ではステラに限りなく近づいており、それに応じて絶大な魔術適性や魔力をも持つに至ったのだ。
『なるほどねぇ。要するに君たちはみんな、ボクの娘であり子孫でもあるって事なんだね……』
「血縁上はそうなります」
特にサクラを生む際に使われたステラの精子は、ほとんど劣化処置の施されていないモノだ。
長年続けられた禁忌の交配の果てに、ついにステラの背中が見える位置まで到達しつつあったのだ。
預かり知らない内にパパになっていたステラ。
しかも孫もひ孫も、そのまた先も沢山います。
カエデやサクラ辺りの年齢と削ぐわない容姿も、全部ステラの因子のせいです。




