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13 ハインリヒとリリアーヌ

本日更新2回目です。

続きは明日の予定です。

 正妻リリアーヌの私室へと赴くハインリヒ。側仕えの者達を伴わず一人での来訪だ。

 その目的はただ一つ。エステルの母ローゼンマリアの死の真相を彼女へと尋ねる為であった。


「御一人での来訪とは珍しいですね」


 またハインリヒはリリアーヌに対しても、同じく側仕え達を排する事を要請していた。なので現在はこの部屋には2人しかいない。

 いくら夫婦とはいえ高貴な身分の者達が、部屋の中で2人っきりでいる状況はそうない事だ。特に閨を共にしなくなって以降は、リリアーヌの記憶の中では一度も無かったはずだ。それが一体どのような意味を持つのか。


「それで……一体どのようなご用件でしょうか、ハインリヒ様?」


 たった2人しか居ないにもかかわらず、いやだからこそか、部屋中が重苦しい緊張感で包まれる。

 そんな状況から早く逃げ出したかったリリアーヌは、状況を進めるべくそうハインリヒへと尋ねる。


「……」


 だが当のハインリヒはというと、用意された席へと着いて以降、ずっと無言を保っている。話をどう切り出すべきか迷っている、そんな表情をずっと浮かべていた。


「あの……ハインリヒ様?」


 だがあまりに長い沈黙を耐えきれず、リリアーヌは再度の呼びかけを行う。


「あ、ああ。すまない。実はね……話というのはローゼンマリアについての事なんだ」


 そんなリリアーヌにようやく気付いたのか、やっとで本題を告げるハインリヒ。対するリリアーヌはその事を直感的に予期していたせいか、その表情にほとんど変化は見られない。


「そうでしたか。やはりハインリヒ様は私がローゼンマリア様を殺した犯人であると、そう疑っておいでなのですね?」


「……正直に言ってしまうと、まあそうだ。2人が仲良くしていた事実を知っている私としては信じたくはない話だが、状況は君が犯人であると物語っていたからね」


 ローゼンマリアの殺害現場は全く荒らされておらず、物盗りの犯行という線はまず真っ先に否定された。また抵抗した様子も一切見られなかった為、彼女と親しい人物による犯行であると判断されていた。

 当時のシュバイツァー家の屋敷には、まだ新興の家と言う事もあって他所の家から臨時に派遣されていた人材が多かった。そんな彼らだが平民出身であるローゼンマリアを敬う者は少なく、そのため彼女が心を許していた相手となると本当に極少数しか存在しなかったのだ。


「リリアーヌ。君は自分をどうも過少評価している節があるが、君の戦闘能力は恐らくこの屋敷内では私に次ぐだろう。実力的な見地からもローゼンマリアの不意を打って殺せる人間など、君の他にいなかったのだよ」


 ローゼンマリアのような高位の魔術師ともなれば魔術障壁を常時展開している為、暗殺の難易度は非常に高くなる。少なくとも魔術障壁の護りを貫けるだけの魔力を有していないと、傷一つ付けることすら叶わないのだ。


「そんな……わたくしにそんな事出来るはずがありません!」


 実戦経験こそないものの、リリアーヌは魔導院を優秀な成績で卒業しており、その教練過程の中には身体強化を交えた戦闘技術の鍛錬も含まれている。

 いくら性格的には難しく思えても、三英雄の一人であるローゼンマリア暗殺の難易度の高さを考えれば、リリアーヌ以上の候補者をハインリヒは見出すことが出来なかったのだ。


「わたくしはローゼンマリア様の事を尊敬しておりました。……その事はハインリヒ様だってご存知でしょう?」


 素質的、血筋的には高い実力を有してはいても、その臆病な性格が災いして大戦において何の功績も残せなかったリリアーヌは、平民出身という重いハンデを背負いながらも、貴族以上の功績を挙げたローゼンマリアの事を羨望の眼差しで見ていたのだ。


「分かっている。わたしだって君の事を信じたいんだ。だからこれから君に意思剥奪スナッチインテンションを使うわせて貰う。どうか受け入れて欲しい」


「禁じられたあの魔術をですか。……分かりました。それでわたくしを信じて頂けるのでしたら構いません」


「すまない」


 ハインリヒがこれからリリアーヌに対して使用する魔術――意思剥奪スナッチインテンションはその使用を本来禁じられた魔術だ。対象の意思を削ぎ取り、使いようによっては意のままに操る事すらも可能であり、かつては多くの人々の恐怖の対象ともなっていた。そのため、現在ではその使用を禁じられている。

 だが真実を知る為、ハインリヒはその封印を解くことを決意したのだ。


「闇の魔力よ。彼の者の意思を、尊厳を、その全てを食らい尽くせ。意思剥奪スナッチインテンション


 ハインリヒの掌がリリアーヌの頭頂部へと添えられ、漆黒のオーラがゆっくりと流れ込んでいく。


「うっぅぅっ……」


 闇の魔力の浸食を受けて、リリアーヌが苦悶の表情を浮かべる。


「ぅぅ……」


 だが浸食が進む程に漏れ出る声は小さくなり、やがて表情そのものが徐々に失われていく。


「どうだ、私の事が分かるかリリアーヌ?」


「はい。ハインリヒ様」


 ハインリヒの問いに対し、抑揚の無い声で答えるリリアーヌ。


「ふぅ……。なんとか上手くいったようだな。だがリリアーヌクラスが相手では、まだ実用性には乏しいか……」


 魔術自体は無事成功したものの、その完成度にはまだ不満が多いと感じているハインリヒ。

 彼がこの魔術の術式を知ったのはまだ最近の事であり、いくら魔導師である彼であっても練度不足は否めない状況であった。相手から抵抗を受けた場合、それを押し切って効果を発揮できるのは下級魔術師までが精々だろう。


「まあそちらは追々だな。さて聞かせて貰おうかリリアーヌ。10年前の真実を」


 虚ろな表情のまま黙って立つリリアーヌへと、ハインリヒが鋭い視線を向ける。


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