122 サン・シュヴァリエ
夜忙しそうなので、少し早いですが投稿します。
交渉の間、部屋の隅にずっと無言で控えていた青髪の少女。
その名はオリーディア。
彼女もまたイーラエクステラの正式メンバーたる真なる始祖の一人であった。
ペッカートルの命を受けた彼女は、その沈黙を破り動き出す。
『第三候補なのは少々残念ではありますが、別にカエデ様――あなたでも十分でしょう』
一番に欲していたのはサクラであったが、しかしそれに拘っていなかった。
カエデとてサクラには劣るも、全属性に優れた魔導師である条件を満たせる。
「星神様の名の下。あなたの救済を開始致します」
凛とした声を響かせながら、オリーディアが銀に輝くレイピアを構え、カエデと対峙する。
そんな彼女に対し、カエデは微かに動揺を見せる。
別にオリーディアと敵対する事そのものは、カエデにとって規定事項だった。
問題は、手に持つレイピアの存在だ。
「それは……まさか"シルバーペネトレイター"なのかしら? 遺失したはずの聖遺物に、まさかこんな場所でお目に掛かられるなんてね」
そんなカエデの問いかけに少女は何も答えない。
しかし秘められた魔力から彼女は確信していた。
そのレイピアは、かつてネルトゥス公爵家が保管していた聖遺物であり、その行方が分からなくなっていたモノの一つだ。
純粋にレイピアとして扱っても強力なのだが、内に秘めた権能こそが真骨頂の魔導具である。
「たしかに驚きはしたけど、その程度で私を倒せるとでも?」
もっともその権能について、カエデは概ねではあるが把握済みだ。
そしてオリーディアを除いた向こうの戦力は、他に8人ほど。
同じ顔を持つ少女たちがその身を隠して、彼女の隙を伺っているくらいだ。
それらを考慮しても、カエデの勝利の確信に亀裂は生じない。
『さて、それはやってみなければ分からないのではないかな?』
「救済の為、あなたを断罪します」
そう言って嗤うペッカートルに、無表情のオリーディア。
その態度からはどこか余裕さえ感じられる。
潜む8人の少女たちによる奇襲を当てにしてのことか。
あるいは余程オリーディアという少女の実力に自信があるのか。
足止めという線も考えたが、サクラの方には娘のツバキや母のアズサ、他多数の実力者たちが付いている以上、心配はないはずだ。
僅かな時間でカエデは思考を巡らせるも、相手の意図は見えてこない。
なので、さっさと目の前の敵を排除する事にした。
「散りなさい」
腰に構えた刀を抜いて一閃。
神速の一太刀が放たれ、オリーディアへと襲い掛かる。
だがそれを阻止した者がいた。
それは穢れない純白の、そして中身の無い鎧騎士であった。
2mを超えるほどの背丈を持ち、そして大剣を両手で構えている。
「それが"白騎士"なのね。思ったよりも随分と硬いわね」
カエデの放つ刀閃は一撃必殺の威力を有している。
大陸屈指の魔導師が、瞬間的に超強化した身体能力を駆使して放った居合の技だ。
聖遺物でこそないが、彼女の扱う魔刀の切れ味もまた一級品。
その併せ技は、聖印持ちの魔術防壁さえ豆腐の如く貫く。
だがそんな一撃を、オリーディアの前に突如出現した騎士は、手に持つ大剣であっさりと受け止めたのだ。
そしてこの白騎士の召喚こそが、"シルバーペネトレイター"の持つ唯一にして最大の権能であった。
「オーダー"殲滅"」
力押しでは白騎士を倒せないと悟ったカエデは、一旦後ろへと下がる。
対してオリーディアの方は、白騎士へと攻撃の指示を下す。
「ゴォォォォ!」
応じた白騎士が咆哮し、そして勢い良く駆け出した。
そして大剣を振るわれ、カエデへと襲いかかる。
白騎士が振るう剣を、対するカエデが刀で受け止める。
何度も交差し、戦いは硬直するかに思えたその時。
「これならどうかしら?」
鞘へと刀をしまいながら白騎士の攻撃を紙一重でかわしたカエデが、再び刀を抜き放つ。
その一撃は鎧騎士を形成する僅かなパーツの継ぎ目へと向けられていた。
鎧で構成された硬い白騎士、その唯一の弱点だった。
結果、その右膝を破壊されて白騎士は大きくバランスを崩す。
そこに更なる追撃を見舞おうとするカエデだったが、嫌な気配を感じて瞬時にそれを取りやめる。
「っ!?」
そのまま全力で飛び退った彼女の視界には、レイピアを水平に構えたオリーディアが突進してくる姿が映っていた。
直感に応じて下がっていなければ、直撃を喰らっていた。そんな猛スピードだ。
「……素晴らしい反応です。流石は元公爵といったところでなのしょうか?」
ここまで白騎士に指示を出すだけで、自らは黙って戦いを見守っていたオリーディアがついに動いたのだ。
カエデが白騎士の行動パターンを見抜いていた間に、彼女もまたカエデの動きを観察していた。
そしてここぞという場面で全力を出し、その不意をついてその心臓を突き破らんとした訳だ。
それを企てたオリーディア。一方でそれを直前に察知して回避したカエデ。
互いを認め合うようにして、その視線が一瞬交錯する。
「あなたこそその動き……もしかして法力を扱えるのかしら?」
オリーディアは光の小聖印持ちの魔術師だが、しかし攻撃魔術は扱えない。
いやエステルとは違い、全く扱えない訳ではないのだが、絶望的にそのセンスが足りていなかった。
しかしその代わりに彼女は、法力という異種の力を身に着けていた。
無属性魔術のみに特化した魔力に代わる力であり、持ちうる適性を超えた効果を発揮することが可能となる。
法力の恩恵は、両者に横たわる魔術適性の格差を大きく縮めていた。
「ええ、その通りです」
「まさかこんな近くに、あの男以外にも使える者がいたなんてね。やっぱりヴァナディースの血が重要なのかしら?」
『法力の扱いに、血縁はあまり関係ないと思うけどね。ならば君が扱えないのはおかしい話ではないかな?』
横から突然のそんなペッカートルの言葉に対し、カエデは苛立ちを感じるも、それを表に出す事はない。
それにその事自体、指摘されるまでもなく彼女はちゃんと理解していた。
『さてと。これでオリーディア君の強さは分かってもらえたと思う。素直に抵抗をやめて大人しくしてくれれば、そう悪いようにはしないつもりだがね?』
「お断りよ」
ペッカートルが穏やかな声で降伏勧告を行うが、もちろんカエデはそれを拒否する。
『やれやれ仕方がないね。オリーディア君、では見せてあげなよ』
「はい」
カエデに右足を折られて、床に倒れていた白騎士。
その姿が掻き消え、次の瞬間にはオリーディアの前へと再び姿を現した。
全くの無傷な状態で。
『不死の白騎士を盾に安全に戦うオリーディア君に対し、君はどうやって勝ちを拾うつもりかな?』
硬く何度でも甦る白騎士を前面に押し出し、その背後からオリーディアがずっと隙を伺っている。
かといって後ろのオリーディアの動きは、カエデに勝るとも劣らない。
その1人と1体の連携は、確かに今のカエデでは、対処が難しいと言えた。
「まあいいわ……。あなたたちが強いことは認めましょう。でもそれだけよ」
だがそんな状況に置かれても尚、カエデの余裕の表情が崩れる事は無い。
実際のところ、この戦いにおいてカエデはまだ全力を出してはいない。
あからさまな手抜きをした訳ではないが、しかし手の内を隠そうとはしていた。
だがオリーディアの――正確にいえばオリーディアと白騎士の連携の厄介さを目にした彼女は、方針を少し変える事にした。
これからの彼女は一介の剣士ではなく、大陸屈指の魔導師として戦う事を決めたのだ。




