表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
120/166

120 無邪気な残酷

 星神教全体で見れば、イーラエクステラはごく小さな組織と言える。


 やっている事の規模は大きいのだが、正規メンバーは長を含めてたったの7名しかいない。

 真なる始祖(トゥルーオリジン)を自称する彼らは、それぞれが異なる小聖印を有した強力な魔導師だ。


 また組織の大半は非正規メンバーで構成されており、その殆どが意思とは無関係にはその配下とされた者たちである。

 

 そんな哀れな者たち――大量の実験体たちが、公都の一角にある大きな屋敷に集められていた。


 屋敷の持ち主は、公国においてそれなりの家格を有した大貴族だった。

 そんな彼らだが、今はイーラエクステラの配下となっていた。

 より正確に述べれば、その意識を奪われ操り人形と化していた。


 実験体に溢れたこの屋敷を取り仕切るのは、真なる始祖(トゥルーオリジン)の一人だ。


 眼鏡をかけたひょろい体形の中年男性で、その名をペレグリーという。

 見た目通りに戦闘とは無縁な技術者肌なのだが、組織内では彼にしか扱えない魔術があった。


 無属性魔術の一つ――"転移扉"だ。

 

 入り口がなく外部とは隔絶された公爵家の隠れ家。

 その力を使って、実験体たちを送り込んでいたのだ。


「ひょっひょっ。こ、公爵が、動いた、の」


 滑舌の回らない声で、ペレグリーがそう呟く。

 

 実験体の輸送と同時に彼は監視の役割を請け負っていた。

 隠れ家の入り口周辺に設置した監視の魔導具で、公爵家側の動向をうかがう。

 もしカエデの救出に向かう者がいれば、その足止めを命じられていた。


 カエデの救出へと向かうツバキ。その妨害をすべく彼が動こうとしたその間際。

 その背後から声が掛かる。


「おじさーん。なにしてるのー?」


 声の方へと彼が振り返れば、そこには一人の少女が立っていた。

 桜色の髪をしたまだ10歳前後と思しき少女だ。

 幼いながらに整った容姿をしているが、その何もかも食らい尽くしそうな常闇の瞳が、憧憬(どうけい)よりも先に恐怖の感情を想起させる。


「ひょっ!? だ、だれじゃ!?」


 直接的な戦闘力に乏しいペレグリー。

 声を掛けられるまでその存在に全く気付いておらず、驚愕の悲鳴をあげる。


「サクラだよ?」


 ペレグリーの半ば反射的なその問い掛けに対し、少女はキョトンとした表情でそう答える。


「お、おまっ、おまえが、あのこ、こ、公爵の娘、か?」


 だがそれを聞いたペレグリーは驚愕の色をいっそう深めることとなった。


 ネルトゥス公爵ツバキの唯一の子供であるサクラ。

 次期公爵でもあるその少女の存在は厳重に秘匿されており、彼がその姿を直接見たのは実はこれが初めての事であった。


「……サクラはサクラだよー?」


「ひ、ひひっ。ひょ、標的の方から、や、やってきてくれるとはっ」


 突然の事態に動揺しつつも、同時に思わぬ収穫が得られるかもと考えたペレグリーは、興奮した様子でそう叫ぶ。


「……ひょうてき?」


 対するサクラは彼の言っている言葉の意味が分からず、ただ首をかしげる。


「そ、そうじゃ! お、おぬしは――」


 更に何かを言い募ろうとしたペレグリーだったが、それは半ばで中断される。


「ひょっっ!?」


 ペレグリーが瞬き一つした次の瞬間、サクラがいつの間にかその傍に立っていた。


 細いながらも背丈はそこそこの成人男性であるとペレグリーと、10歳の少女の平均値程度しかないサクラ。

 身長差は大きく、必然ペレグリーが見下ろす形となる。


「良く分かんないけど、おじさんも捕まえとくねー」


 そう呟いたサクラは、手をニュッと伸ばしてペレグリーの顔面を鷲掴みにし、そのまま口を塞ぐ。


「ぐげえぇっっ!?」


 ペレグリーの口から汚い悲鳴が漏れ出す。


 少女の小さな手で成人男性の口を塞ぐ。

 それによって顎の骨が大きく軋んだからだ。


「おじさんはかたいんだねー」

 

 一方のサクラは、骨が砕けなかった事実に感心した様子だ。

 

 しかし少女の行動はまだ続く。

 男を掴んだまま、今度はゆっくりと持ち上げていく。


「ぐぅっ、げぇ……。は、はな……」


 半ば宙づりの形となったペレグリー。

 身長さによって、少し伸ばせ地面に足がつきそうだが、しかし痛みのせいか身動きがとれずにいる。


 そんな彼へとサクラが残る左手を使って追い討ちをかける。


「ぎゃぁぁぁぁっっ!?」


 ペレグリーが苦悶の叫びをあげた。

 サクラが彼の右腕をへし折ったのだ。


「や、やめ、ぎゃぁぁ!? うぎゃぁっ! あぎゃぎゃぁっ!!」

 

 だがサクラの凶行はそれで終わらない。

 もう片方の腕を、両脚を次々と丁寧に手折り、その動きを封じていく。


「あ、そうだった。ちゃんと、とじこめておかないとだね」


 曾祖母に習ったことを、少女は忘れてはいなかった。


 魔術を使い、その場に即席の土の檻を生み出す。

 そしてその中にペレグリーを放り込むのだった。


「ぐぇぇ、お、おまえたち、わ、わしをたすけろぉ!」


 ボロボロの姿となったペレグリーだが、その口はまだ辛うじて自由であった。


 彼は屋敷内にまだ数多く残る実験体たちへと自身の救出を叫んだ。


「ぐぉぉぉ!」「がぁぁぁ!」


 ペレグリーの言葉に応じて、実験体たちが動き出す。


「わぁ、たくさんいるー。ぜんぶもらってくねー」


 だがどれだけ数が居ようと、所詮は有象無象。

 サクラの脅威とはなり得なかった。


「とりゃー」


 彼女の手から魔術で造られた紫電の縄が大量に飛び出す。

 それらはうねるようにして実験体たちへと襲い掛かり、次々とその体に巻き付いていく。


 その拘束力は絶大で、捕まった者たちはみな骨をボキボキと砕かれていたが、それをサクラは気にも止めない。

 そうして身動きを封じられた捉えられた実験体たちは、巨大な土の檻の中へと無造作に放り込まれ、積み上げられていく。


「うーん。これでぜんぶかな?」


「ひぃぃ、ばっ、化け物めっ!」


 ペレグリーが怯えた声を発しながら、舌の裏に隠した自爆装置を発動しようとする。


 このまま捕まり、拷問を受けるくらいなら。

 そう考えた彼だったが、しかしそれさえも少女によって阻止される。


「あっ、ダメだよー」


 サクラが男の咥内へと無造作に手を突っ込んでいく。

 そして何かを掴み、それを勢い良く引き抜いた。


「ギャャァァァァァ!!!」


 次の瞬間、本日一番の大きな悲鳴が上がる。


 別にサクラは自爆装置の存在を知っていたわけではない。

 何となく嫌な予感を察知して、ただ本能的に動いたに過ぎない。


 だがその野生的な行動によって、ペレグリーは地獄の苦しみを味わっていた。


「ァァッ……ェァァァッ……」


 未体験の痛みで、しかも舌を失ったせいで悲鳴さえもロクに発する事が出来ない。

 ただ喉声が断続的に漏れ続けるだけだ。


 そんな不快音を奏でるだけとなったペレグリーを見て、元凶の少女は顔をしかめる。


「ううっ、うるさいなぁ。もうねててよー」

 

 騒がしいのは苦手らしく、強制睡眠(ヒュプノダウン)を発動し、彼を無理やり夢の世界へと叩き込んで黙らせるのだった。


 こうして公爵家の隠れ家を襲っていた大本は、一人の少女の活躍によって絶たれた。


 事を終えた少女が、ふと遠くの方へと視線を送る。

 公都の端のスラム街の方角だった。 


「おばあ様がピンチみたい。でもお母様がたすけにいったからあんしんだね」


 建物の内部からでも、その知覚は遠くの母や祖母の動向を捉えていた。

 しかし少女は動かない。

 それは実の母へと寄せる信頼ゆえか。


 しかし少女は直ぐに視線を戻し、その意識を目の前に並ぶ肉の詰まった檻へと向ける。


「うーん。どうやってあそぼうかなぁ?」


 今も戦う祖母の存在をもうすっかりと忘れて、戦利品の扱いへとその意識を向けていた。


 兎にも角にも、これにてサクラの初陣は終わりとなる。

 しかし楽し気な彼女をよそに公爵家とイーラエクステラの戦いは続いていく。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ