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118 公爵の娘

 ツバキとカエデは連れ立って2人の妹――そして娘と孫でもある幼い少女の下へと向かっていた。

 その場所は同じネルトゥス公城の敷地内にあり、大した移動距離ではない。


 だがそんな短い時間の中、その行く手を遮る者たちがいた。


「たった2人で何のつもりかしら?」


 ツバキたちの目の前には、まったく同じ顔をした2人の少女が立っていた。

 おそらく一卵性の双子なのだろう。


 年のころは13、4。これといってあまり印象に残らない薄い顔立ちをしている。

 どちらも星神教徒の関係者である事を示す黒い修道服を纏っているが、心当りが多過ぎるため、それだけでは黒幕の判別はつかない。

 

 一応、その手には短剣を持っており、敵対する意志がうかがえる。

 だがこの場にいるのは、公国屈指の魔導師2人だ。

 それを害すには、どう考えても数が足りていない。


「いえ……どうも他に6体ほど隠れているようですよ」


 だがツバキがそんなカエデの言葉を訂正し、その居場所を次々と指差していく。

 その指摘は正しく、観念したのか姿を隠していた6人が次々と姿を現していく。


「……どういうことかしら?」


 その様子を見て、カエデは訝しむ声をあげた。


 純粋な魔導師としての技能はたしかにツバキの方が上だ。

 しかしこと探知能力においては、魔導具"探知眼(サーチアイ)"で底上げしている彼女の方に軍配が上がるはず。

 

 探知眼(サーチアイ)は特に察知が困難な魔導具や魔術を用いた隠形に対し強い。

 逆を言えば、魔導の技を用いない隠形には若干弱い傾向があるが、それでもよほどの達人でもなければその眼を欺くことは不可能だ。

 しかし少女たちの動きに、そのような熟練した気配などまるでうかがえない。

 だからこその疑念であった。


「全員の背格好がまったくと言って良いほどに同じです。一卵性の8つ子なんてまず有り得ない以上、何らかの仕掛けがあるのでしょうね」


 その仕掛けについて何となく察しつつも、ツバキは明言は避ける。

 

「……私たちが言えた義理じゃないんでしょうけど、随分と悪趣味ね」


 ツバキほど理解が及んでいないカエデだが、それでも目の前の少女たちが人の尊厳を冒涜する実験の産物である事など、すぐに理解出来てしまう。


「それで、私たちに一体何用ですか?」


「……主より手紙を預かっております」


 気が付けば少女たちからは、敵意が霧散していた。


 もし隠れた6人が気付かれなければ、そのまま攻撃を。

 気付かれれば、メッセンジャーとしての役割を果たす。黒幕の思惑は大方そんなところなのだろう。


 体よく少女たちの性能試験に利用された2人だが、そこに特段の怒りはない。

 この国では――特に2人の周辺では良くある話だったからだ。


「手紙、ね。差出人はどなたかしら?」


 カエデが手紙を受け取ると、8人の少女たちは去っていく。

 それを見送ってからカエデが手紙を開き、そして顔を強張らせる。


「……イーラエクステラからの招待状みたいよ」


「あの狂信者どもですか……また面倒な相手ですね」


 その名を聞き、ツバキもまた同様の反応を示す。


 星神教の第二派閥――再臨遂行派、その中にあって特別異端視される集団。

 それこそが彼らイーラエクステラであった。


「……私が招待に応じるとするわ。サクラによろしく言っておいて」


 カエデは予定を変更し、招待状に記された場所へと向かうことを決めた。


 イーラエクステラの所属者たちは、皆ステラへの信仰が篤い者たちばかりだ。

 いやその信仰は篤いの領域を飛び越えて、もはや狂信へと行きついていた。


 その異常性の源は、ステラに対し救いではなく裁きを求めている点だろう。

 ステラを裏切った者たちになど、救いなど勿体ないとの考えからだ。

 あるいは裁きによってのみ救われる、そう信じているのか。


 だから彼らは死を恐れない。

 自分たちを含め、この大陸に住まう人間たちに存在価値などないと断じており、その冒涜を一切厭わないのだ。


「ええ、お任せしますね。どうかお気をつけて……」


 しかしカエデ程の実力者ならば、狂信者たち相手でもそう危険はないはず。

 

 狂った連中ではあるが、彼らとて無駄死には避ける。

 死を恐れてはいないが、しかしステラの為に死にたいとも考えているからだ。


 もっともその辺の基準が酷く曖昧で、余人にはその是非の判断がつかないため、決して油断していい相手では無かった。



 カエデと別れたツバキは、一人妹の下を訪れていた。

 そこは公爵家の者たちしか立ち入れない、いわば秘密の隠れ家だ。


「サクラの調子はどうですか?」


「仕上がりは順調じゃよ。遠からずお主を超えようて」


 ツバキの問いに、教育係を務める女性がそう応える。

 口調こそ老女のようだが、反してその見た目はまだ三十路ほどの美しい女性だ。


 ツバキと良く似た容姿をしており、それこそ2人で並べば年の離れた姉妹のようにも見える、そんな美女であった。


「……そうですか」


 世間で最強の魔導師と噂されるのは聖王アレクシスだが、1対1ならばツバキは彼に勝てる自信があった。

 そんな彼女の上をいくという娘に対し、誇らしいような悔しいような、そんな感情を一緒くたに抱いてしまう。


 だが愛らしい娘の姿を見れば、それもすぐに霧散した。


「お母さま! 今日はひいおばあ様に新しい魔術を教えてもらったんです!」


 魔術の修練を積んでいたサクラが、母の到来に気付き駆け寄って来る。

 見た目は10歳前後のまだ幼い少女だ。

 無邪気な笑顔を浮かべる彼女だが、ただの少女ではない。


 その証拠にその両腕には計6つの小聖印が輝いていた。

 唯一足りないのは光のそれだが、相克回避のために一時的に封印処置を施しているに過ぎない。


 齢4歳のサクラだが、既に全ての小聖印をその手にしていた。


「そう。それは良かったわね。でも私の事はお姉さまと呼ぶようにね?」


「はい、お母さま!」


 言う事の意味を理解していないのか、あるいは分かった上で無視しているのか。

 どちらにせよ無邪気な笑みを向けてくる子供に対し、ツバキはそれ以上何も言えずにいた。


「その……おばあ様は?」


 ツバキに母と呼ばれると怒るカエデだが、サクラに対しては甘い。

 だからか、おばあ様呼びも普通に許していた。


「おばあ様はね、ちょっとお出掛けに行ったのよ」


「……お母さま。おばあ様が危ないの。助けに行ってあげて」


 少しの沈黙の後、サクラはツバキへと抱き付きながらそう懇願する。

 突然の娘のそんな言葉を受けて、ツバキは目を見開きながら教育係の女性へと視線を向ける。


「行っておやり。この()の言ってる事は間違っていないはずじゃ」


 そんな女性の――自身の祖母の言葉をツバキは重く受け止める。


「……分かりました。サクラ、ここで大人しく待ってるのよ?」


「はい。行ってらっしゃい、お母さま」


 ツバキは娘を抱きしめ、そして動き出す。

 サクラの予言した母の窮地を救うために。


見た目は少女、頭脳は幼女?な娘サクラの登場です。

前半に出て来た6人の少女たちといい、ネルトゥスは人体実験の宝庫と化しています。


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