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116 偽物の星器

 ステラの魔力を手放す覚悟を決めたエステル。


「グラントさん、少し方針を変更します。これからはステラ肉体の捜索を最優先としましょう」


「……了解した。しかし具体的にはどうするのだ?」


「いまのところ目的地に変更はありません。このままセックに向かいます」


 ステラの肉体の在処について、現在の有力な候補地は2箇所。

 今向かっている魔導帝国セックと、そのお隣にあるネルトゥス公国だ。


 前者の理由は、エステルに漆黒の大鎌(ハルパードゥンケル)を渡した謎の女性に、かつての誘拐犯の女性と良く似た雰囲気を感じたこと。

 そして誘拐犯の女性が火属性魔術を得意としていた事から、彼女こそが女帝アーデルハイトではないかという疑いがあるからだ。


 後者の理由としては、謎の女性がステラ様と口にした事が根拠だ。

 それで彼女が星神教の教徒である可能性が浮上した。

 だがテイワズ騎士王家のように影でステラを畏怖している者たちもおり、それだけでは根拠としては弱いと言わざる得ない。


 それに星神教の総本山がネルトゥス公国にあるのは確かだが、星神教自体は隣接する魔導帝国セックやフレール湖畔国にも広く浸透している。

 

 どちらも弱い根拠であり、決め手となったのはエステルの魔術適性値であった。

 次に小聖印の入手に近いのは、風の44と火の43だ。対して土は34とまだかなり遠い。

 大聖印の入手を最優先課題に据えていた彼女からすれば、セックを選ばない手はなかった。

 

「ですがネルトゥスに関する調査もより重点的に行うとしましょう」


 当面の優先順位が入れ替わった事で、もう一つの候補、ネルトゥス公国の重要度もより増した。

 幸い両国は隣接しているため、テイワズに居た頃よりも潤沢な情報の入手が期待出来る。


「主に星神教について、という事か?」


「いえ、ネルトゥス公爵家についても同様です」


 ネルトゥス公国を統べる土の大聖印の所持者――ツバキ・ヘルツォーギン・ネルトゥス。

 その母親にして先代の公爵、そして現エールデリッターの一巫女(オラクルエース)でもあるカエデ・グレイス・ネルトゥス。


 公爵家の構成人員は、現在この2人しか外部には知られていない。

 その他はいずれも――その父親や配偶者でさえも非公表。彼女らの兄弟姉妹に至っては存在するかさえも不明だ。

 カエデの母親――先々代の公爵も既に亡くなったとされている。

 

 外交の場にも代官たちが出て来るばかりで、本人たちが表に出て来たことは一度も無い。

 その容姿さえ公には一切明かしていないのだ。


「あそこか……。中々難しいだろうな」


 グラントが眉を細めながらそう呟く。


「ええ。あそこは秘密主義ですからね。ですが隣国ならば何らか情報が手に入るかもしれません」


 テイワズがネルトゥスの情報を得難い原因の一つは、単純にその距離にあった。

 直線距離では間に仮想敵国たる双聖国が存在しているため、フレール湖畔国を経由しなければ、そちらには辿り着けないのだ。


「だと良いのだがな……」


 だが情報の入手が困難なのは、距離以上の問題が多く存在しているからだ。

 その辺の事情を何となく知っているグラントは、曖昧にしか頷けない。


「そういえば噂によれば、ネルトゥス公爵家は優れた刀剣使いの家系との事ですが……」

 

 双聖国にいた当時に、彼女が聞いた噂の中にはこんな逸話があった。



 10年戦争の末期頃、ネルトゥス国境の砦が前触れなく陥落した。

 戦時に砦が落ちることそのものは珍しい事ではないが、しかしその経緯が問題だった。


 それを為した相手はたった一人、仮面を被り刀を携えた人物だったそうだ。


 そして、その人物こそが当時の公爵の地位にあったカエデ本人だったのではないかと、そうも噂されたのだ。


「ああ……あの国が持つ王器――いや星器だったか。それが刀剣型だったはずだな。そのような真似、たしかに王でもなければ難しいだろうな」


 その話は初耳だったグラントが、納得の表情を見せる。


『ううーん? あれれ、おかしいなぁ。ネルトゥスにあげた星器は刀なんかじゃないよ? そもそも刀の星器なんてボク作った覚えなんてないけど?』


 そんな何気ない会話に、ステラが疑念を呈する。


「はい……?」


『えっとね。ネルトゥスにあげたグングニルエールデは槍なんだよ。だからそれ偽物だと思うよ』


「それは……どういうことなのでしょうか?」


「どうしたのだ?」


 突然、神妙な表情を浮かべ始めたエステルを訝しみ、グラントがそう尋ねる。


「実は――」


 エステルはグラントへと、ステラに聞いたそのままを語る。


「確かに妙な話だな……。もしそれが事実ならば、大聖印の偽装工作も疑われるか」


『そだねぇ。聖印を動かす技術も、やり方さえ分かればそんなに難しくないし、大聖印を偽装するのは実はそう難しくはないよ』


 本来の聖印を身体の別の場所に隠し、大聖印そっくりの魔術刻印を用意すること自体は割と簡単だ。


 ただ大聖印の偽装などしても、そこに実力が伴わなければ大した意味はない。

 星器や禁呪を扱えない者を王として認める貴族は少ないからだ。 


 だからこそ疑似化した大聖印を手にした者は、すぐに次代への継承が求められる。

 ユリウスが長らく王位にあったのは、様々な思惑と要因が絡み合った結果の非常に稀な例であったのだ。


「公爵以外の者が扱える星器。そんな存在があれば公爵の影武者を用意することも難しくはないな」


 それは、テイワズでステラがやった事と、ある意味では同じ事だと言えた。

 今のブラッドは大聖印を持たないが、しかし星器は扱えるため外からは変わらず騎士王として認識されている。

 

「ですが、それに何の意味があるのでしょう? そもそも公爵の容姿さえ外部にはロクに知られていない状況ですし……」


「公国内部では何らかの意味を持つのかもしれぬし、外部の諜報を攪乱する上でも十分に効果的とは言えるな」


「なるほど……」


 諜報員が刀の星器を扱う人物を発見すれば、それを大聖印の所持者――すなわちネルトゥス公爵だと認識するだろう。

 だが星器自体が偽物ならば、それを持った人間もまた偽物である可能性は高まる。

 まんまと偽情報を掴ませるのも簡単というわけだ。


「思った以上に、念入りに姿を隠しているようだな。目的は不明だが、もしそれがステラ様の肉体に関係があるならば、厳重さも頷けるというものだが……」


『あらら、ネルトゥスの方が一気に怪しくなっちゃったね』


「では目的地を変更しますか?」


『うーん。やっぱりボク的には予定通りにセックに向かった方がいいと思うけどね』


「何故でしょう?」


『単純に危ないからだよ。プロの諜報員でも苦労するような国にいくなら、もうちょっと情報を集めた方がいいでしょ?』


 最初にテイワズ騎士国が選ばれたのも、割合開かれた国であり、多くの情報をエステルが持っていたこと。

 そして何より始祖テイワズの人柄から、その子孫たちも危険度は低いと推測されたからだ。


「そういえばネルトゥス様とはどのような方だったのですか?」


「始祖ネルトゥスの話か。それは俺も気になるな」


『そだねぇ。ボクにとっては凄くいい子だったかな。身の回りの世話をしてくれたし、何でも言う事聞いてくれたし……』


「なるほど。従者(サーバント)ネルトゥスというのは、本当にそのままの意味だったのですね」


 ステラの語る話をグラントへも伝えつつ、そんな感想を述べるエステル。


 剣聖(ソードマスター)風読み(ウインディア)戦神(ウォーロード)などの称号を持つ始祖たちの中にあって、ネルトゥスの持つ称号だけはやや(おもむき)(こと)にしていた。


『そだねぇ。彼女は正しくボクの従者だったよ。ただちょっと純粋過ぎた。だから他の連中に騙されちゃったんだろうね』


「純粋……ですか」


『そっ、そう言う意味では割と君とも似てたかもねー』


「ならば、その子孫たちもステラ様に従うのではないか?」


 グラントがそんな疑念を呈する。


『さぁ? それは実際に会ってみないと何ともじゃない? 始祖がそうだからって、その子孫までがそうとは限らないでしょ?』


「そうですね。子は必ずしも親に似るというモノでもありませんし」


 エステルが思いつく中で、その典型例はユリウスとアルヴィスの親子だろうか。


 実は彼女なりにユリウスの事は尊敬していた。


 疑似大聖印という大きなハンデを背負いながらも、国を治めていたその手腕。

 魔力を持たないながらに、魔術習得を目指していた彼女にとって、その事実は心の支えとなっていた。


 だが子のアルヴィスは、天性の才に溺れただけの口先だけの煩い男であった。

 魔術の勉強を邪魔されたことなど数知れず、彼に対しては良い印象など一切持っていない。


 その天性の才すら実は大したことも無かった事実を知った今では、その評価は地に落ちていた。


「それに私自身も、両親に似ているとは言い難いですし……」


 かつて聖女と呼ばれた彼女の母ローゼンマリア。

 それと今の自身を比較すれば、全然違うように感じていた。


 もっとも母親のようになりたいと思ったことなど、彼女は一度もない。

 

 剣聖の再来と謳われたその剣術の腕前には憧れたが、ただそれだけだ。

 メイドのリタから伝え聞いた彼女の生き様は、エステルの目指す場所とは程遠かったからだ。


「そうなのか? しかしカトレア様の話では、君は母親と良く似ているそうだが……」


 テイワズ騎士の中で、ローゼンマリアと直接剣を交わした経験があるのはブラッドの妻カトレアだけだ。


「それは容姿の話でしょう? 聞く限り性格の方は、全く違うようですし」


「そうだな。確かにそうだ……」


 エステルの言葉に、グラントは納得した表情で頷く。

 

 彼にとってエステルは女神であった。


 噂に聞く限り確かにローゼンマリアは聖女なのだろうが、そこに彼はなんら魅力を感じない。

 彼の心を揺さぶるのは、目の前に超然と佇む可憐な少女だけなのだ。


『ねぇ、そろそろ寝た方がいいんじゃない? 続きは道中でゆっくりすればいいと思うよ』


 エステルがグラントの部屋を訪れたのは、寝具の使い心地を尋ねるためだった。

 しかし話が妙な方向へと発展し、気が付けば随分と時間が経っていた。


「それもそうですね。ではお邪魔しました。ごゆっくりお休みください」


「あ、ああ……」


 愛する少女と一つ屋根の下で眠る。

 その事実に今更ながらに気付いた彼の内心は狼狽で荒ぶっていた。


 女を抱いた事は数あれど、ついぞ恋愛というモノを知らなかった彼は、今更ながらにその機微の難しさを知る。


 かくして彼は、緊張のあまり眠れない夜を過ごす事になるのだった。


ネルトゥスに関する話題が出たところで、次回からはそちらの側のお話となります。

10話程を予定しています。


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