11 相克
本日更新3回目です。
続きは明日の予定です。
『よし状況は大体把握出来たよ。さてと気を取り直してそろそろ本題に移ろうか。君の師匠としての最初の仕事だね』
「ではいよいよ魔術を教えて頂けるのですね?」
そう言ってエステルが期待に瞳を輝かせる。
『まあそう焦んないでよ。今まで魔術を使った事がない君としては、基礎からじっくり教えて貰いたいところだろうけど、それは一旦後回しにさせて貰うよ』
「……何故でしょうか?」
折角待望の魔力を手に入れたのだから、すぐにでも試したいと願っているエステルに対し、ステラは待ったをかける。
『というのもね。君の魔術適性はまだ不完全なのさ』
「……不完全ですか? 既に十分に高いと思うのですが?」
エステルの貴族証に表示された値は、上級魔術師さえ飛び超えて魔導師の域へと手が届く程だった。エスエルの年齢を考慮すれば、破格であると言ってもいい。実際、年上の次期王候補であるアルヴィスを既に上回っているのだから、それはまず間違いないだろう。
『ノンノン。その程度で満足してちゃボクに追いつくなんて到底無理さ』
「……確かにそうかもしれませんね」
『うんうん、理解が早くて結構だよ。やっぱり君は優秀な生徒だね』
「それはどうも。ですが具体的にはどうするのですか?」
魔術の適性なんてモノは、普通上げようと思ってもそう簡単に上げられるものではない。成長に応じたある程度の上昇は見込めるものの、やはり生まれ持った部分が大半を占めるからだ。
だからこそエステルにはステラの言葉の意図がイマイチ理解出来ずにいた。
『エステル。なぜ君が魔力を全く保持していなかったのか、その理由が分かるかい?』
「その口振りから察するに単に才能が無かった、という訳ではどうも無いようですね」
『そうさ。あれだけの魔術適性を有していながら、保有魔力が0だなんて普通なら絶対にあり得ない話さ。ならそこには当然何らかの原因が存在するに決まっているよね』
一般に、保有魔力と魔術適性にはある程度の相関関係があると言われている。しかしエステルに関してはそれが全く成立してはいなかった。そしてその原因について、ステラには既に察しがついている様子であった。
「そうですね。ステラにはそれが何だか分かるという事なのですか?」
『そうだよ。まあこれは推測も入るけど、エステル君の保有魔力が0になったのは多分刻印の儀式の後からだと思うよ』
刻印の儀式とは、貴族の子女が5歳となった際に執り行われると儀式の事を指す。彼らの魔術的な才能を確認する最初の場であるが、何よりも刻印の儀式という名の通り、王候補者たる資格である小聖印を手に入れる唯一のチャンスでもあった。
「そうなのですか? しかし何故そのような事に?」
刻印の儀式によって、これまで魔術的素養が窺えなかった子供が、魔力に目覚めるといった事象は時折発生していたが、その真逆となる例については、これまで寡聞にして耳にしたことがなかったエステル。
だがステラの言い分は今のところどれも正しく、エステルは彼女に対し一定の信頼を寄せつつあった。
『まあなんというかね。有体に言っちゃえば、君はちょっと適性が高過ぎたんだよね』
「適性が高過ぎた……ですか?」
魔術適性が高い事によって何故不都合が生じるのか、エステルにはその言葉の意味がまるで理解出来ずにいた。
『そっ、確か君の両親ってどっちも魔導師だったんだよね?』
「父はそうですね。ですが聞いた話では母は魔導師に匹敵する程の実力はあったものの、小聖印は持たなかったようです」
どれだけ強かろうとも、魔導師の称号は小聖印を持たないものには与えられない。そして平民出身であるエステルの母が、小聖印を持つ事などその性質上まず有り得ない話であった。
『……ふぅん。まあいいや。何にせよ2人とも高い魔術適性を持ってたのには違いないよね? 父親が闇、母親が光かな?』
「ええ、そのはずですが」
『その両親の血を継いだ君は、闇と光、その両方について高い魔術適性を持って生まれた訳だ。そんな君が刻印の儀式をするとどうなるか。その答えは簡単さ。闇と光、2つの小聖印を君は同時に手にしたんだよ』
「……ですが魔術刻印など、どこにも見当たりませんが?」
そう言って自身の両手の甲をマジマジと見つめるエステル。その白く透明感のある肌には、刻印はおろかシミ一つさえ窺えない。
『君に2つの魔術刻印が刻まれたのは間違いないよ。それは断言してもいい。ただね魔術刻印って言うのは、肉体に実際に傷を付ける訳じゃないのさ。だから所持者から魔力の供給が無ければ、刻印が浮かび上がる事も無いんだよね』
「……それはそうでしょうね。ですが魔力を得た今でも変わらず刻印が見えないのは、どういった了見なのでしょうか?」
『そこが重要ポイントだね。その前に一つ確認させて貰うよ。小聖印を複数所持した人間って、今はどのくらい存在するのかな?』
「小聖印を複数ですか……。一番有名なのはアレクシス陛下ですね。確か光と――」
『ああ詳細は今はいいよ。しかしたったの3人かぁ……なんか思った以上に少ないね。だから――なのかな?』
恐らくエステルの思考を読み取ったのだろう。そうしてステラは黙り込み、しばし思考の海へと沈んでいく。
「あの……ステラ?」
『ああ、ゴメンゴメン。ちょっと考え事をしてたよ』
長い沈黙に耐えきれずエステルが呼び掛けると、ステラがハッとした様子で反応を見せる。
『えっとね、聖印の複数所持についてなんだけど、実はちょっとした制限が存在しててね。闇と光の聖印の同時所持がまさにそれなんだよ』
「……そう言えば婚姻制度の中に確か、闇と光の小聖印持ち同士の婚姻を禁止したものがありましたね。てっきり両方の小聖印を持った子供が生まれる事による混乱を防止するのが目的かと思っていましたが……」
小聖印を持つ者が次期王の候補者となる。そして2つの王家の継承権を持った人間の存在によって巻き起こる混乱など、いくらでも想像出来るだろう。
『まあ表向きはそんな理由なのかもしれないけどね。実態は全く別なのさ。光と闇、2つの聖印を同時に所持してしまうと、聖印同士の相克が発生しちゃって、所持者は魔力を奪われてしまうんだ』
「……と言う事はもしや私の保有魔力が0だったのも、その聖印の同士の相克とやらが悪さをした結果という事なのですか?」
長年、自身を苦しめた諸悪の存在を知って尚、エステルには目立った動揺は見られない。
『正解だよ。そして今も君本来の魔力は奪われたままなんだ。君の貴族証に表示された保有魔力はね、実は全部ボクから奪い取ったモノなんだよ』
「ようやく話が見えてきました。奪われた私本来の魔力を、何らかの手段で取り戻そうという話なのですね?」
ステラの言葉を受け、エステルが話の核心へと迫っていく。




