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105 出立の日

 テイワズ国内での用事を全て終えたエステルは、夜明け前に一人こっそりと都市から抜け出していく。


 わざわざそんな事をしたのは、下手に見つかって騒ぎになるのは面倒だからだ。

 時間はともかくとして、本日そうする事自体はブラッドたちにも予め告げていたため、そう大きな騒ぎとはならないだろう。


 だがそんなエステルの行動を読んでいた男が一人、その道中に立ち塞がる。

 冒険者ギルドの長にして、自身もAランクの凄腕冒険者である巨漢の老人だ。


「あら、こんな朝早くにどうしたのですか? ドルヴァンさん」


「……お主に一つ話しておきたいことがあったのじゃ」


「なんでしょうか?」


「お主……全ての大聖印を集めているそうじゃな?」


「ええ、それに何か不都合でも……?」


 即座にハルパードゥンケルを構えて、戦闘態勢へと移行するエステル。


「待て待て、誤解するでない。今更止めなどせんよ。いや内心では止めたいとは思っとるが、それで止まるお主では無かろうて」


「それはそれは……ご理解頂けているようで助かりますね。では本日はどのようなご用件で?」


「わしの目的は忠告じゃよ。お主の祖国の王が一人、聖王アレクシスについて少し話したい事がある」


『アレクシスねぇ。君の記憶の中だと、たしか年齢不詳のちょっと線の細い美青年って感じだっけ?』


 エステルの中でのアレクシスの印象は、父ハインリヒと仲の良い友人だった事と何よりその強さだ。


「ああ、あの方は御強いですからね。確か、魔術適性においても公式には第一位なのでしたよね?」


 一応、各国の王たちの魔術適性値については、王同士の間では共有が図られている。

 もっともどこも自己申告の値であり、参考値程度に過ぎなかったが。


「そうじゃな。あの王は魔導師としても紛れもなく強い。それはまず間違いなかろうて」


 大陸最強と名高い魔導師相手に警戒すべきは当たり前に過ぎる話だ。

 わざわざ出向いて忠告すべき事とはちょっと思えない。


「……何が言いたいのですか?」


「わしは大昔に一度あやつと対峙したことがあってな。その際、奴から得体の知れぬ妙な力の発露を感じたのじゃ」


 そう前置きしてドルヴァンは語る。

 明言こそしなかったが、それは恐らく10年戦争の時の話だろう。



「お主が聖王アレクシスか! 一つ手合わせ願おうか!」


 既に冒険者として名を馳せていた壮年のドルヴァンが、若き日のアレクシスへと襲い掛かる。


 放たれた強烈な大斧の一撃を、アレクシスは腰の剣を抜き放って受け止める。


「うらやましい話だなぁ。冒険者でもこんなに強い人がいるなんてね」


 アレクシスの発するその声に侮る色は無い。

 事実、彼は明らかにドルヴァンに押されていた。


「ふんっ、どうも接近戦は不得手のようじゃな!」


 一方のドルヴァンは、半ば勝利を確信しつつあった。

 相手の身体強化は確かに驚異的であったが、肝心の身のこなしがお粗末に他ならなかった。


 実際にドルヴァンが斧を振るう度に、アレクシスは苦悶の表情を浮かべていたし、その動きはどう見ても受け止めるだけで精一杯としか映らなかった。


 そんなアレクシスの様子から、彼を遠距離戦に特化した魔導師だと判断し、ドルヴァンは攻勢をより強める。

 属性魔術を行使する暇を与えないためだ。


 推察そのものは正しかったが、しかしそれだけではアレクシスという男を測るには足りなかった。


「仕方がないね。僕ももう少し本気を出すとしようか」


「何を余裕ぶっておる! それ以上身体強化を強めたところで、わしの勝ちは揺るがぬわ!」


 現時点でさえ、強過ぎる身体能力を使いこなせていないアレクシスだ。

 これ以上下手に強化し過ぎれば、自滅する恐れすらある。


 ドルヴァンはそう思っていたが、しかし現実は違った。


「たしかに僕の身のこなしはお粗末だよね。でもね、やりようはあるんだよ」


 そうアレクシスが呟いた瞬間、彼の纏う雰囲気が明らかに変化する。

 だがそれをこけおどしだと断じたドルヴァンは怯まない。


「ふんっ、戯言を抜かすでない!」


 ドルヴァンの大斧がアレクシスの横っ腹に綺麗に突き刺さる。


「なっ!?」


 だが大斧は皮の一枚さえ切り裂く事が出来なかった。

 

「ならばもう一度じゃ!」


 大斧を引き、再度振りかぶろうとするが、しかし動かない。


「ふふっ、捕まえたよ」


 アレクシスが空いた左手の指2本でそれを摘まんでいたからだ。

 しかも押さえるのではなく、引っ張る事で大斧の動きを封じていた。


「ぐぅっ、離せぃ!」


 しかしドルヴァンがどれだけの力を込めようとも微動だにしない。


 体格では明らかにドルヴァンが上、身体強化の度合いではアレクシスが上だろうが、指2本と両腕ではあまりに大きな差が生じる。

 どう考えてもドルヴァン有利な状況を、ただただ圧倒的な力だけでねじ伏せられていた。


「な、なんじゃ……その力は……」


 アレクシスの異常な強化ぶりは、ドルヴァンの知っている身体強化魔術とはもはや別物であった。


 その意見を支持するように彼の本能が、何かを必死に訴えかけている。

 ただ、ドルヴァンにはそれが何かを知らないが故に理解出来ない。


「我が国でも、あなたのような優秀な人材を発掘できるよう、仕組みを整えないといけないね」


 ドルヴァンの事を心底惜しむような口調で、しかし何のためらいもなくアレクシスが右手の剣を振るう。


「あれ? おかしいなぁ……」


 ドルヴァンの命を刈り取るはずのその剣閃は、右の膝下を切り裂くだけに終わる。

 アレクシス本人も、その圧倒的な力を完全に使いこなしている訳ではなく、それが手元を狂わせた。


「ぐぅぅっ!?」

 

 苦悶の声をあげながら、ドルヴァンは大斧を手放し、アレクシスから離れるように後ろへと倒れる。

 

「やっぱり僕は剣の扱いが苦手なようだね。ならこっちで――」


 手折れたドルヴァンを見下ろしながら、今度は剣を頭上に掲げるアレクシス。

 魔術でトドメを刺そうとしているようだ。


「くぅぅ、無念!」


 ドルヴァンは死を覚悟した。

 そしてアレクシスから魔術が放たれようとするその間際。

 戦況の変化を告げる笛の音が鳴り響く。


「やれやれ、あっち側も押されてるのか……。ホント、テイワズって厄介な相手だね」


 そう呟きながら、アレクシスは踵を返して去っていく。

 右足を失ったドルヴァンを独り残して。


「わしは助かったのか……。だが……。くそっっ!!」


 アレクシスの心変わりの契機となったのは、笛の音だが、それが全てではない。

 彼はドルヴァンの才能を惜しみ、それと同時に彼がもう戦えない事を見抜いていた。


 地面に横たわったドルヴァンが、右足の痛みさえも忘れる程に恐怖していたからだ。

 圧倒的かつ得体の知れない力を扱うアレクシスの存在に。


 結局、アレクシスの予想は当たり、以後ドルヴァンが戦場に立つことはなかった。


 戦後、ドルヴァンは冒険者を引退しギルドマスターへの道を進んだ。

 傷を治さなかったのも、アレクシスへの恐怖を克服出来ずにいたからだ。

 

 だが彼は、エステルが再生魔術を扱う姿を見て、かつてのアレクシスと似た何かを感じとっていた。

 それもあって彼は現役復帰を決意したのだった。



「なるほど。そんな事があったのですか」


『へぇ、異常な身体強化ねぇ。いくつか心当たりはあるけど、この大陸内で限れば候補は1つじゃないかな?』


「(それは一体……?)」


『多分彼が言ってるのは法力の事だろうねぇ』


「(法力……ですか? それはなんでしょうか?)」


 エステルとしても初耳の単語だ。


『そだねぇ、まあ魔力の機能特化版とでも言えばいいのかな? 無属性魔術にしか利用出来ない代わりに、運用効率とかがとっても良くなるのさ』


「(なるほど。使いこなせば便利なようですが、やはり扱いが難しいのですか?)」


『法力を元から持ってるならともかく、魔力から法力に変換するのは結構大変だね。感覚的には魔力の属性変換なんかにまあ割と近いんだけど、習得難易度は桁違いだよ。あの馬鹿弟子どもでも結局出来るようになったのって、たしかヴァナディースだけだった気が……』


「(では私にもその法力とやらの扱い方を教えて下さい)」


『その辺はもっと後の話さ。君の場合はまず先に属性変換を出来るようになってからだね』


「(……はい)」


 ステラの正論に不肖不肖ながらに頷くエステル。


「ドルヴァンさん。大変役立つ情報を頂きどうもありがとうございます。聖王アレクシス、確かに油断ならない相手のようです。ですがどの道あの方と戦うのは、最後となるでしょうから」


 相克の関係上、光の大聖印の入手はどうしても最後となる。

 なので、少なくともエステルの方から攻撃を仕掛ける予定は当分は無かった。


「そうじゃったのか。じゃが、いずれにせよ油断は禁物じゃぞ?」


「ええ、もちろん心得ていますよ」


「そうじゃな。お主はそういう奴じゃったわい」


「では今度こそ出立しますね」


「うむ、引き留めて悪かったの。それとじゃ……嬢ちゃんがやった事は、決して手放しには褒められぬ事じゃったが……」

 

 恐らくエステルたちが行ったマッチポンプ作戦について言っているのだろう。


 冒険者や騎士たちの被害は最小限に抑えられたとはいえ、それでも決して0ではなかった。


 ヘヴンリードラゴンやその配下のスカイドラゴンたちは人死にが出ないよう配慮していたが、低位の魔物たちは割と好き勝手やっていたせいだ。

 だがエステルたちの策謀がなくとも、遠からずアンズーは大群を率いて戦都へと攻め入っていたし、その際はもっと組織だった嫌らしい攻め方となっいたのは予想に容易い。

 また事前調査においてもエステルの存在が無ければ、グラントを筆頭とした多くの貴重な冒険者たちが犠牲になっていたはずだ。


 そもそもアンズーの正体とてエステルが暴いた訳で、それが無ければ間違った対応によって被害がより拡大していた可能性もある。


 様々な事情を総合的に判断すれば、エステルの存在によって救われた人間の方が明らかに多い。

 それはまず揺るぎない事実だった。


「少なくとも多くの冒険者たちがお主に救われた。わしも含めてな。だから……そのなんじゃ……一応、感謝はしておる。だから達者でな」


 ドルヴァンの立場としては、本当はエステルの行動を強く批難すべきなのだろう。

 それだけの事を彼女はやらかしている。


 だが、彼はエステルの事を酷く気に入ってしまっていた。

 彼女の幼く可憐な容姿も相まって、実の孫娘か何かとつい錯覚してしまう程に。

 

 他にも色々と言いたいことはあったが結局、彼はそんな応援の言葉を掛けるだけしか出来ずじまいだった。


「ええ。お世話になりました。ああ、そうでしたこれ。たしか欲しがってましたよね?」


 そう言ってマジックバッグから隠蔽阻害の黒マントを取り出すエステル。


「これは餞別です。どうか受け取って下さい」


「……覚えておったのか。すまんな。急じゃったから、こちらは何も用意できておらぬ。そうじゃな。もしこの都市に戻った際には、必ずギルドへと顔を出すのじゃ。お主の気が済むまで飯でも奢ってやろう」


『あーあ。言っちゃった。ボク知らないよー』


 軽くそう言うドルヴァンに対し、憐れみの声を向けるステラ。


 エステルが気が済むまで食べると言う事は、丸1日ずっと食べ続けるという事なのだが、生憎と彼はそれを知らなかったようだ。

 もっとも彼ほどの資産家ならば、老後の貯蓄がちょっと寂しくなる程度の被害で収まるだろう、多分。


「ではさようなら。皆さまにも宜しくお伝えください」


 そうしてエステルはドルヴァンとも別れ、西へと進んでいく。


『良かったねー。その時は店の在庫を5件分くらい空にしてやろうよ』


「はぁ、そうやって大食い扱いしないで下さい。至って普通ですよ私は」


 遠征中など食料が限られている時には、彼女は人並み以下しか食べない。

 だがその一方で、気にいった食べ物を見つければ在庫が切れるまで延々と食べ続ける。


 彼女は果たして、小食なのか大食いなのか。

 所詮それらは切り取られた場面場面で移り変わる不確定な事実に過ぎないのだろう。


『はいはい。さてと、これからの予定を確認しとくよ。まずは軽く観光をしてから、ウォーデンとの国境付近でグラントと合流。それから――』


「ああ、その前に実は一つ新しい魔術を思いついたんです。それを道中で試しても構いませんか?」


『へぇ、新しい魔術ねぇ。属性魔術を使えるようになった訳じゃないんだよね?』


「ええ、残念ながら雷の大聖印の助けだけでは、足りなかったようです」


 なんとなくそんな予感を覚えていたらしく、彼女に目立った動揺はない。


『となると無属性魔術かぁ。どんなのだろ?』


「では早速お見せしますね」


『あっ、ちょっとストップストップ! 流石にそれはマズイって!!』


 エステルがこれから何をやらかそうとしているのか、その心を読んで知ったステラが、慌ててそれを制止する。


 そうして次の目的地へと向かいながら、にぎやかに街道を進んでいく師弟。

 少女と師匠の活躍の場は、そうして次なる舞台へと移っていく。


これで2章は終わりです。

明日にリオンの閑話を投稿し、明後日から3章開始の予定です。


3章の内容についてなど活動報告に書きましたので、良ければ御覧ください。

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