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102 グラントの決意と

 ステラと騎士王家の取引が終わり、いよいよ話し合いも終わりを迎えるその間際。

 ほとんど黙っていたグラントが意を決したようにその口を開いた。


「ステラ様。俺からも一つ構わないだろうか?」


「うん? まあ言うだけならタダだよ?」


 ではと、グラントがステラの前に跪き、頭を垂れて言葉を発する。


「どうか……俺も一緒に連れていってはもらえないだろうか?」


 グラントはエステルたちの旅への同行を望んでいた。


「んん? どういうこと?」


「俺は我が女神――エステルへと剣を捧げる覚悟でこの場に立っている。もし彼女がこの国を出るというのなら、俺もついて行きたいのだ。決して足手まといにはならない。なのでどうか……」


 純粋な魔術の腕ではこの場の騎士たちに僅かに劣るものの、グラントには冒険者として培った数々の技能がある。

 各国を旅する上では、頼りになる人材だと言えるだろう。


「うーん。多分エステルは君が想ってるような子じゃないよ。けれど酷く純粋な子だからね。きっと君の手には余ると思うよー?」


 ステラには珍しくグラントを(おもんばか)っての言葉だ。

 もっともそこに特別な理由などなく、ただの気紛れではあったが。


「……それは理解しているつもりだ。彼女がただの心優しい娘だとは俺も思ってはいない」


 命を救われ、多くを救うエステルの姿を見て、最初は彼もそう思っていた。

 だがそれはきっかけに過ぎず、少女が抱く闇を覗いた今も尚、彼の心は囚われたままだった。


「そっ、なら別にいいんじゃない? ただ、もしエステルの邪魔をしたら容赦なく始末するからね?」


 必要とあれば彼女らは容易く外道を行う。

 それを受け入れずに人道を振りかざして行く手を阻むならば、彼女らは迷わずその排除を選択するだろう。


「ああ。その時は好きにしてくれて構わない」


 グラントも覚悟の上の選択だ。

 常人の彼にとっては目に見えた茨の道だ。

 しかし恋とは麻薬に似たモノで、こじらせた中年男性を惑わすには十分過ぎた。


「ならエステルにはボクの方から伝えとくよ。あ、それともう一人同行者が増える予定だから、それは覚悟しててね」


「それはもちろんだが……。一体誰なのだろうか?」


「ふふっ、それは後のお楽しみって事で。まあ君よりは強いから安心してよー」


 言われたグラントは、すぐさまブラッドたちへと視線を向ける。


 彼より強い可能性がある者の心当たりなど、この国においてはこの場の4人の他にいなかったからだ。

 だがその全員が首を横へと振る。


「ああ、そうだ折角だし、ちょっと工房を貸してくれない?」


「それは構いませんが……。一体何をなさるおつもりで?」


「何、ちょっとしたサプライズさ」


 ステラは最強の大魔導師であると同時に、希代の魔導技師でもあった。

 とはいえ、エステルの肉体では出来ることも限られるが、その範囲においてちょっとしたプレゼントを用意しようと企んだのだ。


 借りた工房にて小一時間作業をしたステラ。

 その表情はなんとも晴れやかで、そして肉体の持ち主にはまず出せない華やかさがあった。


「さてと、それじゃそろそろボクは失礼するよ。いい加減エステルに肉体を返さないと怒られそうだしね」


 それからも細々とした打ち合わせが為され、やがて満足したのかステラがそう告げる。


「では最後に一つだけ……。我らの始祖がステラ様にした仕打ちは許されるモノは思っておりません。ですが、その報いを受けるべきは騎士王たる我だけです。なので、もしその時はどうか我一人の首でお怒りを鎮めて頂ければ……」


「あははっ、どうだろねぇ。ボクってば割と気分屋だからさ。まっ、君たちがエステルにとって――ひいてはボクにとって利用価値がある限り、そう悪いようにはしないよ」


 ブラッドの決死の懇願だったが、しかしステラには軽く受け流されてしまう。


「それじゃあ、まったねー」


 そんな軽い別れの挨拶と共にステラの――少女の肉体が光へと包まれる。

 何らかの魔術を発動し、眠るエステルの意識を覚醒させているのだ。


 そうしてステラの意識は表から追い出され、肉体の本来の持ち主――エステルが目覚める。 



 意識を取り戻したエステルは、すぐにステラから事情の説明を受ける。


「なるほど。では雷の大聖印を譲って頂けるのですね?」


「……決闘で負けた以上、それは当然のことだ」

 

 ブラッドとて端から譲るつもりではいたのだ。ただそれは騎士王の座と共にと考えていた。

 しかしその考えはステラによって強硬に拒否され、名目上はブラッドが騎士王のまま、大聖印だけがエステルへと譲渡される運びとなった。


「継承の儀式は後日、執り行う予定だ。だが秘密裏に行う必要がある以上、少し準備に手間取るかもしれん」


「了解しました。ですがなるべく急いで頂けると助かります。この後も何かと予定が詰まっておりますので」


「一つ尋ねても良いだろうか? 次はどの国へと向かうつもりなのだ?」


「まだ確定ではありませんが、次は恐らく――」


 エステルの口から、次の目的地について語られる。


「あの国か。ならば冒険者として成り上がろうとしても恐らく無意味だろうな」


 いくら魔術に秀でていても、実際に平民を貴族へと引き上げる国は実はそう多くは無い。


 エステルの祖国たる双聖国もその一つだ。


 彼女の母ローゼンマリアが貴族となったのは、特例的な処置であった。

 10年戦争に際して、平民の身でありながらあまりに活躍しすぎた彼女。その報酬を渋るための例外であったのだ。


 それさえも父ハインリヒの強い後押しが無ければ、まず実現しなかっただろう。

 そして彼女以降に平民から貴族へと成りあがった者は一人もいない。


「ええ、その辺の事情は既に聞き及んでいます。一応いくつか手段は考えておりますが、詳しくは国内に入ってから判断するつもりです」


 アズール商会に頼んで色々と情報を集めてもらっていたが、彼らとて平民である以上、他国の貴族相手には大した伝手は持っておらず、決め手となる情報に欠けていた。


「ふむ……。今後はテイワズ貴族という扱いになる以上、なるべく他国での派手な行動は慎んでもらいたいのだが……」


 途中で中断したとはいえ、あれ程大々的に叙任式を執り行った以上、エステルのテイワズ貴族入りはほぼ確定だ。

 彼女としては大聖印の入手後については特に考えていなかったのだが、今後もテイワズ側の協力を得ることになった以上、多少の配慮は必要となるだろう。


「分かりました。善処は致します」


 とはいえ別にそれは最優先の課題でもなく、状況次第ではテイワズ側にいくら迷惑が掛かろうとも彼女はもはや気にしない。

 ブラッドたちはその事実を察しつつも、ステラの手前何も言えずにいた。


 その後儀式に関してなど細々とした打ち合わせが行われて、その日の会談は終了となった。


これで予定していた2章のイベントは概ね消化しました。

あとは数話ほど事後処理的な話を挟んでから、次の国へと出発予定です。


続く3章からは、割と頭のおかしい連中が何人も登場予定です。

テイワズが如何にマトモだったか、それを感じて頂ければ嬉しいですね。


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