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1 落ちこぼれの少女

「やはり魔術とは素晴らしいものですね」


 本棚から取り出した一冊の魔導書を読み耽りながら恍惚とした表情を浮かべる少女。

 彼女の名はエステル・フォン・シュヴァイツァー。シュヴァイツァー伯爵家のご令嬢である。そして先程漏れ出た台詞からも分かるように彼女は魔術をこよなく愛していた。


 だがそんなエステルには大きな悩みがあった。


「はぁ……。なぜ私には魔術の才能が無いのでしょうか?」


 そう悲しそうに呟きながら懐の金属プレートを取り出すエステル。そこには彼女の魔術の素質に関する情報が記されていた。


◆◆◆


[名前]エステル・フォン・シュヴァイツァー

[保有魔力] 0

[魔術適性]

光:F

闇:F

火:F

水:F

風:F

雷:F

土:F


◆◆◆


 各属性の適性を示す欄には、その全てに最低ランクであるFの表示が並んでいた。これは魔術の素養に劣る平民であっても珍しい程の適性の低さであった。だがそれ以上に問題なのが、保有する魔力量を示す欄に記された0という数字である。


 魔術の素質とは一般に血縁による影響が大半を占めると言われている。

 そして彼女の両親は共に大戦の英雄と呼ばれた程の優秀な魔導師だ。ならばと彼女もその優れた能力を両親から引き継ぐ事を期待されていた。だがそれも彼女が5歳となるまでの話だった。


 貴族の子女達は通例5歳の誕生日を迎えると、魔術適性や保有魔力を確認するための儀式を行うのだが、エステルは絶望的とも言える魔術的才能の欠如を示してしまう。平民であっても多少の魔力は有するとされる時代にあって、これは他に類を見ない特異な事態であった。当然、悪い意味で。

 結果、エステルは貴族失格の烙印を押され、その地位からも追放されかける。だがそんな窮地を救ったのが彼女の父親ハインリヒ・グレイス・シュヴァイツァーであった。


「どうか私に免じて、魔導院卒業まではその判断を下すのを待っては頂けないだろうか」


 三英雄の一人であるハインリヒにそう頭を下げられれば、国の上層部であってもある程度は聞き入れざるを得ない。その甲斐あって、エステルは魔導院を卒業する15歳まで猶予を得る事となった。

 だが魔導院とは本来、国の未来を背負う貴族の子女たちが魔術を学ぶべく通ういわばエリート養成校なのだ。そしてエステルとは違い彼らは皆、魔術師として十分な素質を有していた。そんな中で魔力を一切持たず、また魔術を全く扱えないエステルが落ちこぼれと蔑まれるまでに大した時間は必要なかった。


「おいっ! お前目障りなんだよ! さっさと出て行けよ、この落ちこぼれ!」


「そうだそうだ! この貴族の恥さらし! ゼロ女ー!」


 魔導院での生活において、エステルがこのような罵詈雑言を浴びる事などもはや日常茶飯事であった。


「(はぁ。私も暇では無いのですけれど……)」


 もっとも当のエステル本人はこのような罵声をいくら浴びようとも、それで落ち込むような殊勝な性格はしていない。

 それよりも今すぐ図書館へと向かい、魔術の知識を一つでも多く学びたいと考えていた。それこそが今の状況を脱する一番の近道であると、彼女は直観的に理解していたのだ。


「やれやれ、なんの騒ぎだ?」


 しかしそんなエステルの儚い願いは聞き入れて貰えなかったようだ。

 同級生たちが無駄に大声で騒ぎ立てた事で、上級生の耳へと届いてしまったらしい。貴公子然とした青年とその取り巻き達が、エステル達の方へと向かって来る。


「はぁ。……また君かエステル。いくら父君が英雄だからといって、あまり好き勝手やらぬことだな」


 心底呆れた声でそうエステルへと告げた青年の名は、アルヴィス・グレイス・ユングヴィ。彼こそがこの国の頂点の一人――ユングヴィ聖王の嫡男にして、次期ユングヴィ聖王の最有力候補と目される人物でもあった。


「……」


 しかしエステルはただ同級生たち罵声を浴びせられていただけだけなのだ。それに何ら反論すらしていない。今もアルヴィスにいくら見下されようとも、こうして沈黙を保っている。にもかかわらず彼らの視線はただただ鋭くなるばかりだ。


 別にエステルは自己主張の出来ない少女ではない。むしろ本質的には我が強い方へと分類されるだろう。それでも彼女が沈黙を選択したのは、彼らとは対話が成立しないと既に悟っていたからだ。そしてそんな態度こそがますます彼らを苛つかせてしまうようだ。


「エステル。君が少しでも誇りを知るというのなら、自ら貴族の地位を捨てるべきではないのか?」


 努めて諭すような表情でそう述べるアルヴィスであったが、その本音は至って単純なものだ。結局のところ彼らは魔術を扱えない落ちこぼれのエステルが、由緒正しきステラ魔導院に在籍している事が単に気に食わないだけなのだ。


 しかしエステルにも引けない事情がある。彼女は貴族の誇りや矜持など欠片も持ち合わせていなかったが、一方でその地位には固執していた。というのも魔術に関する知識の多くは貴族が独占しているからだ。そのため貴族でなければ触れられない魔術の知識は多い。魔導の英知が所狭しと敷き詰められた、ここステラ魔導院の付属図書館などその際たるものであると言えよう。


「……」 


 魔術をこよなく愛し、また魔術師としての栄達を望むエステルにとって、それらを知る機会を奪われるなどどうあっても許しがたい事だったのだ。


「ふんっ! 口もまともに聞くことが出来ないのか。だが覚えていろよエステル。僕が王位を継いだ暁には、最初の仕事として貴様の追放を行うぞ! それまでのあと半年間、精々我が国の品位を汚さぬよう大人しくしているがいい!」


 エステルに無視された事に余程腹を立てているのか、貴公子然とした仮面を放り投げてそう吐き捨てるアルヴィス。


「(そうですね。今日はあちらの棚の魔導書を読むとしましょうか。そこに求める知識があれば良いのですけれど……)」


 しかしそれを言われた当人はというと、その意識を既に図書館の方へと飛ばしており、アルヴィスの言葉など全く聞いてはいなかった。


「くそっ、こんな落ちこぼれの相手をした僕が馬鹿だった! 行くぞ!」


 黒のマントを翻してアルヴィスが去っていく。それに取り巻き達も続く。

 エステルに罵声を浴びせていた同級生たちもアルヴィスが散々苦言を呈した事で満足したのか、笑顔でこの場を後にする。

 そうして残されたのはエステル只一人。


「ああ、やっとで道が空きましたね。急ぎ図書館へと向かわなければ……」


 そうしてエステルもまた駆け足でこの場を後にする。


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