scene5 接触
「なんで逃げたんだっけ」
駆け込んだ空き教室で、最初に声を発したのは私の方だった。眼鏡の女子生徒は疲れたような呆れたような顔でため息を吐くと、じとりとこちらを見上げた。
「不思議な力はみんなにばれたくないものですよね?」
見透かしたような目。言わんとすることは理解できたけれど、なんだか対抗心も湧いてきてしまう。
「そうとも限らないんじゃない?」
眼鏡は、今度は深く深くため息をついた。
「不用意に使わない方が良いですよって、そう言いたかったの」
「はじめからそう言えば良いのに」
眼鏡はショートボブの髪をおさえるように頭を掻いて、面倒くさそうな顔をする。
「あなたの趣味にあわせたつもりだったんですけど」
「なにそれ」
「好きなんですよね。能力バトルとか、魔法少女とか」
言葉が出なかった。当たっていたから。学校では、まだ誰ともその手の話をしたことは無いはずだった。視線を逸らした先で、謎の女子生徒の足元が目に入る。青。同級生か。
「私が誰か気になりますよね」
からかうような声音。視線を上げると、やっぱり見透かした目。
「そりゃ思うでしょ。怪しすぎ。なにこの展開」
「A組の篠山菜々華です」
え、無視?
「無視してないですよ。知りたがってたから教えただけ」
篠山と名乗る同級生の、にこにこ笑顔。見透かしてるんですよ、っていう目。なんだか、こっちまで笑ってしまいそうになる。
頬を押さえて、クールに、クールに、考える。じゃあ、私の名前知ってますか、って。
途端、私の気持ちにつられるようにして、篠山は顔を背けて吹き出した。
「神崎和花さん、察しが良すぎ」
「心を読む能力じゃん、すご!」
耐えきれなくて、私も笑い声をあげる。咄嗟に、声が大きすぎやしなかったかと廊下の方へ目をやった。たぶん大丈夫。とりあえず人影は無い。
「――それで、私に何か用だったんだよね」
笑いが静まってからの私の第一声は、篠山菜々華を再び吹き出させた。
「いろいろ面白い想像してるところ悪いけど、べつに大した用なんて無いですよ。ただ、ひとつだけアドバイスをしに来ただけ」
「大した用だよ、アドバイスだなんて。だって私、初心者だもん、この能力の」
失笑、された。心を読まれているのを承知で思う。失礼だなこの子。
「神崎さん、舞い上がってますけど、それ借り物だから……貸してる人に話聞きに行った方が良いですよって伝えに来ただけ」
「なにそれ。借り物って」
「言葉通りの意味ですよ。いろいろ説明聞いた方が良いと思うから、相談室に行ってください」
ついさっき笑いあったのが嘘みたいに、眼鏡のショートボブは事務的に言い放つと私に背を向ける。
教室を出て行く小柄な背中を眺めながら、私は表情筋の動くままに、薄暗い空き教室でどうしようもない笑顔を垂れ流した。篠山はなんだかちょっとうざかったけど、借り物っていう言葉はちょっと引っかかったけど、これで、確定したのだ。
他の異能力者がコンタクトを取ってきたということは、
私の「空間を繋げる能力」が、本物なのだと確定したということだ。
「やっっっっっば……」
なんだか、雄叫びでもあげたい気分。
だってさ、こんなの、まるで――
何もない空間に、手をかざす。トイレでやった時の感覚を、思い出す。
ほら、今度はもう、こんなに簡単に――
窓は閉まっているはずなのに、冷めた外気が頬を撫でた。




