scene3 すまほぴんち
結局、家を出るまでに充電は六十二パーセントまでしか回復しなかった。
一日中使いっぱなしでいるわけでもなし、さすがに帰りまで耐えてくれるとは思うけれど……朝から余計な心配事を抱えてしまうのは憂鬱以外の何物でもない。
満員電車の中で慧真から届いた「ついたよ」のメッセージを確認すると、バッテリー残量が六割を切った。
「あと二駅」と返事をして画面を落とそうとしたけれど、すぐに「きたざわさんも来た」と絵文字入りのメッセージ。スタンプを返して、残量五十八パーセントのスマホをカバンに突っ込んだ。
北沢さん、私より先に着いてるんだ。
伏し目がちの澄まし顔を思い出す。あの子、慧真と二人きりだとどんな感じなんだろう。
昨夜のグループチャットの中で、今日は私と慧真の二人に北沢さんも加わって一緒に登校することになっていた。いつも私と慧真が待ち合わせているキオスクに、北沢さんも集まろうという話だ。
正直、慧真と二人きりの時間が減ってしまうのはちょっともったいなく思ってしまったけど――北沢さんといること自体は嫌でもないし、一応、友達宣言もしたし、
お守りを無くしてしまった罪悪感も、忘れられるような気がしたし。
電車が到着する。開いた扉の反対側に立っていた私は、降車する他の乗客があらかたいなくなるのを待ってから、集団の後ろにそっと続く。ホームに出たところで、またもや振動するスマホ。
真面目を気取っていたって、私だって人並みにスマホ中毒だ。バッテリー残量のことが一瞬頭をよぎったけれど、右手は自然とカバンの中を漁ってしまう。
「あっ」
余計な心配事があったせいだろうか。引っ張り出したはずのスマホはカバンの口に少し引っかかって手を離れ、勢いをつけて外界へ放り出された。
反射的に手を伸ばす。遅い。そのくせ私の目はスローモーションのように、手帳型が開いていく様をはっきりと捉えていた。このままでは地面に激突して画面が割れるか、傷だらけになるかーー。
そんな、絶望の中で、
ぽっかりと開いた穴に、スマホは吸い込まれた。
「――え?」
困惑は、一瞬。
その一瞬のうちに、観察する。
穴は、私の腰ぐらいの高さにある空間に浮かんで、私の方を向くようにして斜め上へ口を開けている。掌を広げたよりも少しだけ小さくて真ん丸な穴。穴の向こうは周りより暗いということも、明るいということもなくて、その中には未だに落ち続けるスマホが見える。
反射的に伸ばしていた手が吸い込まれる直前、穴は縮まって消えた。
「痛った!」
声が漏れたのは、後ろから何かが突然肩にぶつかったからだ。思わず肩に触れると、覚えのある四角いものが五指に収まる。見ると、たった今穴の中へ吸い込まれていったはずのスマホだった。
いくつかの視線が向けられているのを自覚して、何でもない風を装った。
思考の止まったまま改札を抜けたところで、いつもの明るい声がする。
「おっはよーう!」
笑顔の漏れてしまわないように二人のもとへ歩み寄ると、昨日のことなんて忘れたみたいな慧真が無邪気な笑顔を向けてくる。
「おはよう、慧真。うるさくて柑菜も困ってるよ」
「わかちょんひどいー」
「わ、私は、べつに……」
よくあるやり取りだとも知らずにあたふたする北沢さんに正対し、今度は柔らかく笑顔を作る。
「おはよう、柑菜。おまたせ」
え。
さっきの穴、なに?




