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行き過ぎた好奇心は、変なものを引き寄せる

作者: 紗音

 静かな靴音が硬い床に反響する。それは一定のリズムを保ち真っ直ぐに進む。両隣には歴史を感じさせる厚めの本が大量に仕舞われている本棚。延々と続くかのような長い廊下の奥に、それはある。

 人々の願いの集合体。悪であれ善であれ、それは手に取るものの願いを叶える。時には、本人でさえ気づかぬほど奥深くに仕舞われた記憶でさえ、読み取ると言う…『奇跡の書』が。

 しかしそれを見たものは存在せず、一種の都市伝説として知られている。


「都市伝説って言うよりさあー、これって一種の怪談じゃね?」

「なんで?」

 昼休みでの晴れた空の下、制服を着た少女二人が、裏庭のベンチに座っていた。

 棒切れアイスの棒切れだけを加えたまま、ベンチにだらりと両腕を投げ出した状態で座っている少女に、その隣でアイスボールを食べながら小樟ここのぎひなは聞き返した。それに唸り声をあげながら答えを探す少女に、理由も無く言ったのかとひなは呆れた。棒切れを口の端で上下に振りながら、だってさー、と少女は間延びした声で答えた。

「なんでも願いを叶えてくれるのはいいけどさ、物には限度ってものがあんじゃん?もし願いが人殺しだったらそれだけでバッドエンドだしさー、人の心覗いて願い叶えることもあるでしょ、その本って。もしその願いが自殺とかだったらさあー考えただけで寒気が襲ってこない?」

 話の内容のわりにあっけからんと言い切った少女に、ひなもばっさりと切り返した。

「じゃあ考えなきゃいいじゃん」

「いやー、興味ある物のことは考えちゃうって。無理無理」

 笑いながら立ち上がりゴミ捨ててくる、と言って立ち上がった少女に、ひなは何とはなしに聞いた。

「その都市伝説の出どころの場所って、在ったりするの?」

静雅じょうが図書館って所。その地下室」

 あんたも気になるんじゃん、と茶化したように言って少女は今度こそベンチを後にした。

 少女が去った後、最後のアイスボールをかみ砕いて、ひなも教室に戻るべく立ち上がった。


 学校の帰り、ふと貸出期限ぎりぎりの本があったことに気づき昼休みに話した図書館に行った。

 受付の司書さんに本を確認してもらい、直ぐに出ていこうとした。しかし、つい目で地下への扉に目がいってしまう。少女の言っていた通り、ひなも都市伝説でしかない本が気になっていた。本気であるとは思ってない。もし都市伝説になったきっかけの本があるならば、それを見て見たいと思ったのだ。

 図書館の地下は関係者以外立ち入り禁止だ。人の目が多い放課後に地下への扉に近づくのはあまりよろしくない。多少残念に思いながら、その図書館を後にした。


 夜、寝る前ベッドに入ろうとして、図書館の事を思い出す。今なら人の目を掻い潜り地下に行けるかもしれない。しかし、図書館自体にもう鍵がかかっているだろう。頭では分かっていたが、ひなは好奇心を抑えることが出来なかった。

 図書館に来ると、辺りは暗く街灯の光は頼りない。途端に怖くなったが、ここまで来たからにはと図書館の扉のノブに手をかけ、回す。ガチャリと言う音を立てるだろうと思われたノブはすんなりと回り、難なく図書館に入ることが出来た。警備は大丈夫なのか、と一瞬不安に思ったが今は目の前の欲求が上回っていたため、そのまま先へ進んだ。帰り際に見つけた地下への扉へと。

 奥に進めば進むほど足元は暗く頼りない。ひなはジャケットのポケットに手をのばし、入れておいたペンライトの明かりをつけた。薄暗い足元に怖々と進みながら、ようやく地下の扉に手を伸ばした。何故かこちらも鍵はかかっていない。疑問に思えるほど、ひなは冷静ではいられなかった。恐怖を押し殺し、一気に扉の中に身を入り込ませる。

 途端に、暗かった部屋の明かりがついた。突然の光にひなは目を瞑った。ようやく光に目が慣れてきた頃、ゆっくりと目を開けた。息をのむ。目の前には、一本の長い廊下が続いている。両隣の本棚に入っている本は、どれも年季の入ったものばかり。その奥に、異彩を放つ本を見つけた。茶色や黒、深緑という背表紙の中に並ぶ紫色の本。ひなは一直線にその本に向かって行った。

 本を取れば、埃は少しもついていない。まるで新品の様に紙は白く、表紙は新品独特の艶を持っていた。何処にも題名と言えるようなものは無いその本を、ひなは開こうとした。開けなかった。

「開けてどうするの?」

 明らかに自分でない声が、頭上で聞こえた。本を開こうとした手を阻むように、別の手がひなの手を覆っている。顔を上げると、一人の青年が静かな目でこちらを見ていた。その静かな瞳のまま、青年は先程と同じ質問をもう一度繰り返した。

「開けて…確かめたいだけ」

「何を確かめるの?」

「これが…都市伝説の本なのか」

「その都市伝説っていうのは?」

「なんでも願いを叶えてくれるっていう…善でも、悪でも」

 ひなを見つめたまま、青年はふーんと興味なさげに呟いた。しかし、少女の瞳を覗き込んで青年は楽しそうに言う。

「君の願いは何?何が欲しいの。富、不老不死、永遠の愛。君は復讐なんかには興味は無いでしょ」

「無いわ」

「じゃあ何が欲しい?」

 青年の言葉にひなは首を傾げて考えた。特に浮かんでくるものは無い。青年の瞳は期待に満ち満ちている。ひなはさらに悩んだ。その姿を見て、今度は青年が首を傾げた。

「無いの?欲しいもの」

「特には…お金は必要だけど、特に今欲しいものは無いし、不老不死なんて規格外な事考えたこともないし、愛だってポイって投げられたものを貰っても嬉しくないわ」

 本を見ながら、ひなはもう一度首を傾げた。欲しかったのは『願いを叶えてくれる本』ではない。

「私、本物が欲しかったの」

「本物?」

「そう。願いを叶える本その物が。本自体が本物でなくても構わないわ。『願いを叶える本』という都市伝説を作った元の本があれば、それを見てみたかっただけなの」

 要は、ただの知的探求心だと存外に言えば青年はポカンと口を開けてひなを見た。そしてその表情が段々と強張っていく。強張りは段々と溶けてその口元が笑みの形になる。最終的に腹を抱えて笑い出した青年に、ひなはただ状況が飲み込めてないキョトンとした顔で始終青年を見ていた。


 ようやく笑いの納まった青年に、ひなは本を差し出した。青年は不思議そうに少女を見たが、取りあえずと言うふうに受け取った。

「いらないの?」

「別に本自体を手に入れたかったわけでもないし、一番最初にあなたが本を開けるのを止めたから、それは開けてはいけないものなのでしょう?なんだかそれを知れただけでも満足だわ」

「そう?…君は、本物が知りたいんだよね?」

 唐突にそう言った青年に、ひなは困惑しながらも頷いた。しかし、青年は今まで見せたどの笑みよりも楽しそうに語ってみせた。

「じゃあ、教えてあげる。この本は見た目だけのまやかし物でね。本の噂の元は僕だよ」

「…え?」

「本は人をおびき寄せるための餌に過ぎない。願いを叶えているのは本でなくて僕。僕が本の中の住人ってわけでもないよ?この本はほんとにまやかし物だから」

 だから、君は僕が知りたくて来たんだねと至極楽しそうに言った青年にひなは困惑して腰を抜かした。地べたに腰を下ろすよりも先に、青年がひなを抱き抱えた。

「僕も君に興味が沸いちゃった。だから、僕も君のことを知って行くことにするよ」

 よろしくね、と蕩けるような笑顔で言われた内容にひなはひきつった笑顔で答えることしか出来なかった…

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