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陰陽姫  作者: 篝 円夜
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国立燐音学園

 


 初めて此処を訪れた者は恐らく、この個人の所有地とは思えないほど広大な敷地に迷うことになるだろう。その広く閑散とした敷地の中に、古く伝統的な日本家屋の屋敷があった。


 屋敷もまた広く複雑な構造をしており、侵入者を拒む造りをしていた。そもそも()()()侵入者ならばこの屋敷の敷居を跨ぐどころか、広大な敷地をぐるっと囲っている塀の外から投げた小石すら敷地内に入れられないのだが。


 そんな屋敷の一番奥、四方を障子で囲まれた座敷の中央にこの屋敷の主人ーー緋奈村(ひなむら)優人(ゆうと)ーは座っていた。壮年の彼の口や目元には浅く小じわが刻まれており、明るく色素の薄い茶髪の中には時折白いものが混ざっている。彼はただ目の前にいる少女に事実を告げるだけだった。


 「燐音学園……ですか?」


 優人の向かいに正座をして座っている黒髪黒眼の少女ーー羽積(はづみ)偲乃(しの)ーは驚きも動揺も隠す事なく素直に疑問を口にした。


 「そうだよ。君と(みちる)にはこの春から、燐音学園高等科に通ってもらう。学部は別々だけどね」


 そう言った優人は、自分の隣りに置いてある白い封筒を取り、中に入っている2枚の書類を取り出し偲乃 に渡す。

 偲乃が渡されたのは、2枚の入学許可書。片方には“陰陽部”もう片方には“科学部”と記されている。


「しかし、浅路様が亡くなられた今、後ろだての無い満様が通われるには随分酷な学園だと思われますが……」

「分かっているよ。満が学園で受けるであろう扱いも容易に想像できる。」

「でしたらっ…!」


 切り揃えた黒髪を高い位置でくくっている、先に鈴がついた朱色の髪紐が感情にあわせて揺れる。普段は感情を表に出さない冷静沈着な偲乃だが、自分が仕える主人のこととなると話は別だ。

 そんな偲乃を見て、優人は内心くすりと笑う。どんなに冷静に振る舞おうと、中身は15歳の少女である。


「でもね、偲乃ちゃん。この緋奈村という鎖に繋がれたままでは、満はきっと壊れてしまう。少し休む時間が必要なんだよ」

「その先に待っている仕打ちに目を瞑ってもですか⁉」

「僕だって娘が心配ないわけじゃないよ。でも、満はそんなことで潰れる器じゃない。……それに君たちには普通の学園生活を送ってもらいたいんだ。勉強をして、友達を作って、楽しいことをたくさんして…」


 真っ直ぐ目を見つめられ、そのままそらせなくなる。主人と同じ茶色の瞳は、熱くなった感情を少しずつ冷ましていった。この瞳に見つめられると、偲乃は弱い。


「それに、君がいるから僕は満を安心して行かせられるんだ。信用してるよ。満も君も……」


 信用しているーー偲乃にとってそれ以上に嬉しい言葉はない。もう一度、手の中の許可書を見、そして顔を上げる。


「わかり…まし……た。優人様の御命令でしたら……」


 渋々、承諾の意を伝える。確かに満には休息が必要であろう。だからと言って、酷い扱いを受けると予想されている学園へ、みすみす通わせるのはどうかと思うが。

 予想されているのなら、偲乃が取る行動はただ一つである。


「私は全力で満様をお守りします」

「ありがとう……。君ならそう言ってくれると思ってたよ」


 強い意思を持った闇色の瞳を見つめ、優人は優しく微笑む。つくづく我が娘はいい従者を持ったものだ、と。


「学園では始終、満に付いている必要はない。寮も別々だよ。満がどう扱われようとも極力手を出さないで欲しい。自分で解決させなければ。そのために学園に通わせる訳だしね」

「…はい」

「でも、満に手を出そうとする()()()は、全部駆除してくれちゃって構わないから」


 いつもと違う黒い笑みを浮かべる優人のその姿は、娘を心配する“父親”そのものだ。父親の娘に対する愛情は本物である。


 当の娘は父親をこの世の何よりも恐れているというのに。





〓〓〓〓〓




 太政官布告七四五号ーー天社神道禁止令ー


 明和3年に発布されたこの法令は、政府が“迷信や邪説を民間に流布するもの”として天社神道、もとより『陰陽道』を廃するために発せられたものだった。これにより1000年以上もあり続けた陰陽寮は廃止され、占術や呪術、祭祀を司る陰陽師も歴史の公の舞台から姿を消すこととなる。


 迷信や邪説。そう思われるのも無理はない。陰陽師たちは、世の中のほとんどの人が目にすることができない“何か”を操り、一般的に占術、呪術と言われるものを行っていた。


 生から生まれる“陽気”

 死から生まれる“陰気”


 万物はこの二つで構成される。勿論、それは人にも当てはまる訳で。多くの人間は陽気と陰気を同じだけ持っている。しかしながら、どんなことにも例外は存在する。



 ひとつは生まれつき体内に保持している陽気量が、陰気量よりも圧倒的に多い者。これを“見鬼”と呼ぶ。このバランスが崩れると、普通の人には見えない陽気、陰気が見えるのだ。見鬼は遺伝性はなく、非常に少ない確率で生まれる。幼い頃は陽気量の方が多かったが、年齢を重ねるに連れ、二つの量が均等化するという事例も少なくない。よって、成人してなお陽気量が多い人は非常に稀である。


 もうひとつは陽気を体内で生成することができ、更にこれを操ることができる者。それが“陰陽師”である。これは遺伝するものであり、血筋が大きく影響する。古くは平安時代まで遡る家系などが数多くある。

 陰陽道が廃止され、公的には陰陽師の必要性がなくなっても、存在し続けなければならない理由があった。



 ーー物ノ怪(もののけ)

 

 全く陽気が含まれないもの。陰気だけで形成されたそれは、即ち死の塊である。古来から陰陽師と一部の人間ーー見鬼ーにしか可視できないその存在は、度々人間に“悪さ”をしてきた。それは、物ノ怪が見えない人々にとっては“不可解なこと”で収まるものだ。


 しかし、厄介なのは自我を持った物ノ怪である。陰気を吸収し続け、巨大化した物ノ怪は、自分で陰気を作り出す。陰陽師のように体内で作るのではない。あらゆる生き物を殺し、世の中の均衡を崩すのだ。人間の死から生まれる陰気は他の生き物より多く、より物ノ怪に襲われやすい。歴史上、疫病や神隠しと呼ばれてきたそのほとんどが、成長し過ぎた物ノ怪の仕業だった。


 そんな物ノ怪に唯一対抗できるのが、陰陽師である。陰陽師はその特異な技を使って、体内で生成した陽気を物ノ怪に送り込み“中和”するのだ。中和したものは、“無”となり自然に還る。陰陽師はそのような自然循環の手助けを千年以上続け、世のバランスを保ち続けて来たのである。


 そんな理由で、陰陽道が廃止されても全国へ散らばった陰陽師たちは、その技も血脈も途絶えさせることなく、ひっそりと暮らしていた。

 彼らは互いに干渉はしなかったが、ひとつだけ暗黙の了解というものがあった。彼らの千年以上積み上げてきた叡智の結晶である“技”は、決して他人……陰陽家以外の人には見せてはいけない。ということであった。




 時は過ぎ、第二次世界大戦が激化したころ、戦死者の増加により、陰気量も増え、それに比例して物ノ怪の数も爆発的に増加した。その物ノ怪たちは次々と人間を襲い出した。各地で起こる原因不明の大量死に政府は困惑した。


 そこに名乗りを上げたのは、一人の少年である。ーー緋奈村浅路(あさじ)ー。当時14歳だった彼は、歴代の陰陽師の中でも屈指の実力者であった。


 彼は当時の首相の元に直接訪れ、こう言った。この大量死の原因は物ノ怪である。陰陽師(自分達)にしか退治することは出来ない、と。

 普通なら、即刻捕まり連行されてもおかしくない状況であった。しかし、幸運なことにこの首相は見鬼であったため、浅路の陽気を見ることができた。浅路は禁忌を破り、陰気を中和させるところを見せたのだ。首相は見たこともない現象に驚いたが、その原理などどうでもよかった。藁にも縋る思いで、浅路に助けを求めた。


 浅路は各地にいる同志たちに声を掛け、物ノ怪を一掃した。こうして、政府は物ノ怪という不確実なものを認めざるを得なくなったのである。政府は物ノ怪について対処する“退魔庁”なるものを設立し、初代庁官にまだ若い浅路を就けた。以後、40年間浅路は庁官を務め続け、陰陽師の地位を確立したのである。


 しかし、時代は変わっていくものである。科学の進歩により、人工陽気生成装置ーー別名 EARTH(アース)が開発されたのだ。これにより、陰陽師でない者にも物ノ怪を退治することが可能になった。そして物ノ怪退治は、陰陽師よりも科学士が行うことが主流となり、両者の間に確執が生まれた。


 増加する物ノ怪に対して、より優秀な科学士を必要とした政府は、科学士を専門に育成する特殊学校を設立しようとした。

 しかし、浅路は科学士だけを育成しても溝が深まるばかりだ、と意見し、陰陽師の育成も同時にすべきだと主張した。当時、既に現役を引退していた彼だが、今だ庁内外に絶大な権力を誇っていた。彼の一言により、科学士の学校に半ば無理矢理、陰陽師の部が増設されたのである。



 その学校こそが、日本唯一にして最大規模のの対・物ノ怪専門の陰陽師と科学士を養成する“国立燐音学園”である。






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